第2話「義妹『秋月結愛』について」
「兄さん、ごはんできた……」
自室の扉をノックして、そう声をかけてきたのは、俺の義妹の
「ああ……すぐに行くよ」
俺は振り返って、そう応える。
すると、結愛はなぜか不思議そうな顔で俺をまじまじと見ていた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない……」
そう言うと、結愛はそっと首を引っ込めて、扉を閉めてしまった。彼女が階段を下りていく音が幽かに聞こえた。
次の瞬間、俺は、はっと息を吐きだした。知らぬ間に息を詰めていたようだ。いきなり話しかけられると、どうしても身構えてしまう。まだ、「妹」が居る生活になれていないからだろうか。
結愛が俺の「義妹」になったのは、おおよそ一か月前のこと。俺の母と彼女の父が再婚したのだ。
母に交際相手が居たことは寝耳に水で、それは結愛の方も同じようだった。両親たちは結婚するかどうか、ぎりぎりまで迷っていたらしく、結果、俺はほとんど何も知らされぬまま、新しい父親と妹と暮らすことになったのだった。
一月前に越してきたばかりの二階建ての家は、まだ慣れない。俺はどこかふわふわとした足取りで階段を降り、一階のダイニングへと向かった。
「湊。早く座りなさい。今日は結愛がご飯を作ってくれたのよ。すごくおいしそうよ」
「ははは、結愛はずっと家事をしてくれていたからな。料理は得意なんだよな」
実母と義父は楽しそうに笑って俺を食卓に迎え入れた。
「ああ……おいしそうだね」
俺は我ながら、どこかぎこちない言葉でそう応えた。
ぶっちゃけ、まだこの新しい「家族」には、慣れていない。別に認めないとか、嫌だって言ってるわけじゃない。俺だってもう高校生だ。親の再婚にケチをつけるほど子供ではない。だが、単純にまだ肉体と精神がついていっていないだけなのだ。
故に、我ながらどこかわざとらしい言葉を漏らしてしまうのだ。
「……兄さん、ごめんなさい……後ろ、通ってもいい……?」
俺の背後には料理の盛られた皿を持っている結愛が立っていた。俺が中途半端なところに立っていたせいで、ダイニングテーブルの方に料理が置けなくなっていたようだ。
「あ、悪い」
「ううん、大丈夫……」
俺は結愛に道を譲りながら、彼女を観察する。
結愛の背丈は非常に低く、平均的な男子高校生の俺の胸元程度の高さだ。中学三年生なのだが、かなり幼い顔立ちをしていて、未だに小学生に間違われるようだ。色素の薄い細くしなやかな髪は、真っ赤なリボンでツインテールにまとめられている。
大きな団栗眼は長い睫毛で覆われていて、小さくとも通った鼻や薄い桜色の唇と合わせて、まるでアンティークドールのような造られた美のようなものを感じさせる。彼女自身の私服もフリルやレースがあしらわれたものを好むあたりもその辺りの印象を加速させる。今日も今まで料理をしていたとは思えないような、まるでドレスのようなワンピースを着ていた。さすがにこれは部屋着とは思えない。彼女もまだこの新しい「家」をすべて呑み込んだわけではないのだと思う。
結愛は持ってきた大皿をテーブルの真ん中に置いた。
「うわあ、これもおいしそう。結愛、これはなんて料理なの?」
「……チキンの香草焼き」
「あー、これが香草焼きってやつなのね? すごいわね、結愛、母さんなんかよりずっと料理上手ね」
「……料理、好きなだけだから」
結愛は消え入りそうな声でそう答えた。
家族が増えたときにうちでは一つの「ルール」が作られた。
お互いのことはきちんと「家族」らしい呼び合いをすること。
俺は始め、新しいできた父親を「啓介さん」と名前で呼ぼうと思っていたが、それは却下され「父さん」と呼ぶように言われた。
「少しでも早く本当の家族になりたいからね」
啓介さんはそう言っていた。
繰り返すが俺も餓鬼ではない。そんなところで反抗して、水を差す気はさらさらなかった。よって、俺は結愛のことを「結愛」と呼び捨てにすることとなったし、結愛は俺のことを「兄さん」と呼ぶこととなった。
食事をしている間も会話は続く。
「いやあ、家族で食べる食事はうまいなあ」
啓介さんはそう言って豪快に笑う。
本当の家族だったら、わざわざそんなことは口に出さないだろうななどと少し意地が悪いことを考えたが、俺は何も言わなかった。
ふと気になって、隣に座っている結愛の方に目をやる。
結愛は肉をフォークとナイフで小さく小さく切り分けながら、少しずつ口元に運んでいた。そんな様子がどこか小動物チックに思えて、俺は思わず、口元を緩めてしまう。
そんなときに結愛がちらりとこちらを見た。
「……なに?」
そう言って、彼女は小首を傾げる。
食事をしている姿をじろじろ見られていたとしたら、彼女もいい気はしないだろう。
「いや、なんでもないよ」
俺はそう言って、誤魔化した。
というように、俺と彼女の関係は悪くはないが、良いと言えるほどのものではなかった。これから、何か月も、場合によっては何年もの、時間をかけて、少しずつ俺たちは「兄妹」になっていくのだろうか。俺は漠然とそんなことを考えていた。
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