砂ニ散ル
火侍
大好きなのに信じられなかった
「ごめんね、しーちゃん」
みっこが血に濡れた両手で私の右手を繋ぎながら謝ってくる。その小動物のような瞳からは滂沱の涙が流れていて、反対に口元は微笑んでいた。
「わたし、しーちゃんのこと分かろうとしていなかった。しーちゃんが私のこと好きだったの知らなかった。一緒にいたのに気が付かなくてごめんね。酷い女だよね」
「……ううん。私の方こそごめん。みっこのことが大好きなのに好きになりきれなかった。本当に酷いのは私の方だよ」
だって、と私は今にも事切れそうな声で続ける。
「だって、みっこのこと大好きなのに、大嫌いなんだもん」
※※※※
────私とみっこは幼馴染だった。
私が生まれた時にみっこの家族も隣に引っ越してきたみたいで、物心ついたときから私とみっこは一緒だった。私もみっこも外で遊ぶのが大好きで、特に近場の公園の砂場で遊ぶのが日課になっていた。
この砂場は私にとっても、みっこにとっても印象深い場所になったようで、小学校に上がってからも卒業して中学生になっても、そして高校生になった今でも二人きりで訪れて一緒に過ごすことが多かった。
私はみっこのことが大好きだった。それはもう病的なぐらいに。登下校する時はいつも手を繋いでいるし、学校内でも人目を憚らずハグをしていた。いつも私が一方的にスキンシップを図っていたけど、されるがままのみっこは笑顔を浮かべていて本気で嫌がることはなかった。そんな私とみっこだから、ずっとこのままで一緒にいられると思っていたんだ。
……でも一個だけ、みっこのことについて許せないことがあった。可愛い可愛い彼女のことが大好きで愛おしくてたまらないのに、どうしても憎い部分が一個だけあったんだ。
みっこも私のことが好きだった。でも私の『好き』とは違っていて、彼女が一番好きなのは私と一緒に遊んだあの砂場との思い出だと言っていた。ここだけ聞けば、まるでみっこが友達との思い出を大切にする良き友人のように聞こえるのかもしれない。だけど、みっこがあの砂場を語る時の表情は明らかに恋する乙女そのものだったのだ。そのことについてみっこに指摘してみたことがある。私の言葉にみっこは面食らった表情の後に、すぐに頬を緩めてこう答えたのだ。
「……そうだね。わたしはあの砂場で過ごした記憶を愛してるよ。それこそしーちゃんが私に向けるのと同じくらいの気持ちで」
私は絶句した。そして絶望した。
もし、みっこが好きなのが人だったなら、そいつを殺してみっこが私を好きになるように監禁すればいい。というか、そういう計画は練っていた。だけど、みっこが好きなものは記憶だという。そんなの、どうしようもない。彼女の恋愛対象が記憶なら、それも私との思い出というなら奪う余地がないじゃない。
だから、私はみっこのことが嫌いになった。大好きなのに嫌いになった。人を愛せないみっこをこれ以上愛し続けたって、意味がない。だって、みっこは私と結ばれないのにみっこだけは幸せになるんだもん。
だから、今日の夜に実行した。家から包丁を持ってきて、みっこをいつもの公園の砂場に呼んで、いつものように抱きつくフリをして刺した。深く脇腹に刺した。どうして、とみっこが驚きに満ちた声を上げる。どさり、と音を立ててその場にみっこが倒れる。それを見た私もすかさず自分の胸に躊躇なく包丁を振りかざした。いわゆる無理心中を図ったんだ。
血を垂れ流しながら私は砂場に倒れる。それから私は泣きながらみっこに全部話した。私の気持ちを、こんなことをした理由を、全部話した。そして冒頭に至る。
「みっこのこと、嫌いだよ。でも今は好きの気持ちの方が大きい。ごめんね、頭おかしいよね。でもね、今すっごく幸せなの。みっこと一緒に死ねることが。死ぬ時は一緒ってずっと決めてたらから。夢が叶ったから」
「大丈夫だよ、しーちゃん。わたし、しーちゃんのこと嫌いになってないから。今でも好きだから」
「ふふ、ありがとう。ねえ、みっこ。最期にキスしていいかな?」
「いいよ」
もうお互い長くないのだろう。既に私の視界は朦朧としているし、みっこも声がほとんど掠れていて弱々しい。
みっこの後頭部に手を添えて、そっと私は彼女の唇に口付けた。夢にまで見たみっことのキス。ファーストキスは少しだけ甘酸っぱくて、ほとんどは砂の味と感触がした。でもそんなのは些細の問題だ。みっことキスできたことに私の胸は歓喜に震えていた。ああ、なんて幸せな最期なのだろう。こんな気持で迎えられるなら、死ぬのは怖くない。……そう思っていたのに。
「ねえ、しーちゃん」
「なあに、みっこ?」
「わたしね、今すごく幸せなの。最期にここを選んでくれてありがとう」
はっ、と私はみっこの方へ視線を向ける。だけど、視界は掠れていて彼女の顔を捉えられなかった。
「最期に、この場所でしーちゃんに刺されてキスして死ぬ。なんて劇的で最高な思い出なの。本当にね、今までの人生の中で一番幸せなの」
待って、と声をかけようとする。だけど、もう声は発せず「ひゅー」と喉から空気が漏れる音しかしなかった。
「ありがとう、しーちゃん。わたし、幸せだったよ」
彼女は、また私を見てくれないのか。私が用意した最後の手段すらも彼女にとっては最愛の『思い出』となるのか。
再び、憎悪が湧き上がってくる。許さない、許せない。私はこんな気持で死のうとしているのに、みっこは。みっこは!
「──ひゅっ、み、っ……ぉ」
「さようなら、しーちゃん」
私の怨嗟の声はただの音として漏れただけで。
みっこの幸せそうな声を最後に。
大好きな彼女を信じきれないまま、私は憎しみだけを残して意識が途絶えた。
砂ニ散ル 火侍 @hisamurai666
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