91th Chart:死闘


「両舷前進一杯!敵2番艦、左舷20度、距離1500!40㎜機関砲、撃ち方始め」

「最大出力での航行は命令違反では?」

「ハッ、黙っとけ。――面舵一杯!漂流した1番艦の後ろに回り込むぞ!」


 罅の入った羅針儀に陣取ったライが一応の確認を取るが、予想通りの答えに苦笑を零した。

 この絶体絶命と言ってよい状況下で『綾風』の能力を出し惜しみする暇はない。政治で作られた命令が、常に最前線の人間を守るわけでは無いのだ。有瀬が指揮不能になり、サキが永雫に発破をかけた時はどうなる事かと思ったが、この様子ならば問題ないだろう。

 航海長の安堵を掻き消すように4基のガスタービンがこれまでに無い程の咆哮を上げたかと思うと、『綾風』の3000トンを超える艦体が猛然とダッシュを始める。

 白波を噴き上げた駆逐艦を逃すまいと敵2番艦が咆哮し、前部砲塔が砲火を吹き延ばしたが、一瞬前まで『綾風』がいた海面を大きく爆破したにとどまった。

 お返しとばかりに、射界に敵を収めていた4基の40㎜連装機関砲が猛然と鋼鉄の暴風雨スコールを叩き付けていく。苛烈な戦闘を潜り抜けてなお、左舷側の3基と前艦橋の1基は生き残っていたため、最大で毎秒16発の40㎜砲弾が殺到する事になった。

 発砲から2秒と経たず、飛来した無数の40㎜破砕曳光焼夷榴弾が轟音の飛沫を海神の背に赤く刻む。元々航空騎への攻撃を想定した弾頭であるゆえに、海神の主要装甲区画を貫くことはできないが、薄い構造鋼しか持たない小口径速射砲を文字通りなぎ倒すことはできる。

 小柄な砲塔に真っ赤な彼岸花が咲き乱れたかと思うと、次の瞬間には穴だらけのガラクタとなって沈黙する。中には弾薬に引火し、被弾の火花を押しつぶす火炎を迸らせて散華する砲塔もあった。

 それでも幾らかの砲塔は発砲に成功する。10発近い小口径砲弾が遮二無二空を駆け抜けると『綾風』の周囲に水柱を噴き上げた。その内2発が第3魚雷発射管に命中し炸裂。赤い光が弾け波除のシールドが金属質の絶叫と共に捲れ上がり、5本ある発射管が力任せにへし曲げられた。

 周囲を包むように降り注ぐ小口径砲弾の雨の中、舵が一杯にまで切られたことで艦首は右へと回り始め、逆に半壊したマストを含む上部構造物が徐々に左へと傾いていく。航跡は艦尾に、徐々に大きな円弧を描き始めている。


「奴さん。『綾風』の足についてこれないようね」

「いきなり敵が40ktオーバー叩き出せば、偏差もズレるさ。主砲2番、3番、撃ち方始め!煙幕摘弾は?」

『瓦礫の下敷きで使用不可です!』

「だろうな。1番2番、魚雷発射用意、非常発射に切り替え」


『切り替え良し!』とのハクの報告が伝声管から伝わってくる。一つ頷き、ちらりと左舷側を見やった。窓の奥には、こちら側に左舷を見せながら反航していく敵2番艦の姿が有る。ちょうど『綾風』は、敵艦から見て左舷前方で回れ右をする形だ。

 回頭中にこちらも左舷の横腹を見せる格好になってしまうが。『綾風』の能力は桁外れの速力だけでは無かった。

 艦首が右へ右へと回っていく中、艦尾側に背負い式に配置された3連装2基6門の速射砲が、その射線上に敵艦の姿を捉える。これまでの戦いの潜り抜けた後部測距儀からはじき出された射撃諸元を元に、6本の砲身が僅かに俯仰。ややあって各砲塔1門ずつの順次射撃が始まった。

 砲口から漏れ出た衝撃波が大気を打ち据え、砲身の下からは一抱えもあるほどの金属薬莢を吐き出し、連続した砲煙が航跡波の上を流れていく。『綾風』が震え吐き出された砲弾は、海を這うほど低いカーブを描いて巨大な主砲塔に突入すると弾け、赤と黒の破片を躍らせる。


「目標に命中!命中弾連続します!しかし、未だに主砲は健在の模様!」

「主砲の砲口初速は早く貫徹能力もあるが、流石に戦艦の主砲防盾は抜けん」


 左舷側後方へと移り行く敵2番艦を横目で見つつ、ボヤキにも似た独白を零す。

 駆逐艦に乗ってはいるが、有瀬はあくまでも砲術畑を耕し続ける鉄砲屋だ。

 艦の主砲によって敵を仕留めることができない現状に、思った以上にストレスを感じているのは否めない。

 しかし、不利な状況だからこそ出来ることもある。状況が最悪でも最高でも、常に味方にとって最善を追求する事に揺るぎはない。


「――――だが、ここまでドッカスカ打ちこめば、当たりゃしないだろ?」


「敵艦発砲!」の言葉を見張り員が言い切るより前に、2発の主砲弾が『綾風』を襲う。

 薄い構造鋼しか張られていない航海艦橋の上を、16両編成の特急列車が最高速度で突っ走っていくような轟音が鳴り響き、窓枠に残った防弾ガラスの破片が慄く様に震えた。

 しかし、直撃すれば確実に『綾風』を葬り去る筈だった2発の12インチ砲弾は、防空指揮所に散らばった瓦礫や有機物の破片の一部を衝撃波で吹き飛ばすにとどまった。頭上を通り過ぎた砲弾は煙幕の向こうへと消え去り、微かな着水の音が伝わってくる。

 連続する主砲弾の弾着は確かに敵の主砲塔を貫くことはできない。だが、正確無比なな砲撃は、砲身基部に集中する弾着は砲身を揺るがし、射線を僅かに狂わせる奇蹟を製造した。

 海神の一撃を辛くも逃れた『綾風』の中央では、逆撃の一矢が引き絞られていた。




「甲板要員退避良し!射点に着きます!」

『左舷魚雷、発射始め!』


 有瀬の命令が届いた瞬間、「イヤーッ!」と奇妙な掛け声とともに、ハクがいかにも非常用と分かる赤く塗装されたごついレバーを押し下げる。

 面舵一杯により大きく左舷側に傾斜した『綾風』の甲板上、真横に向けられた1,2番発射管の後部から爆発音が響いたかと思うと、圧搾空気の白煙では無く砲煙に似た黒褐色の煙を引きずりながら2本の槍が解き放たれた。海中に着き立った魚雷は青白い航跡を残して、波濤の向こうへと姿を消しつつある。


「発射完了!本艦射数2!――――しっかしまぁ、コイツで看板ですなぁ」


『了解』の返事を聞きつつ、ハクは苦笑いすら浮かべて役目を終えた3基の5連装発射管を見やる。

 最後部の3番発射管は最後の最後に小口径砲弾2発を被弾し、5本並んだ発射管は引き裂かれ、半分ほどを覆っていた装甲カバーも完全にめくれあがってしまっている。さしずめ、暴発したクラッカーの様相だ。素人目に見ても工廠に戻って大規模な整備が必要なことが簡単に解る。

 最後の魚雷を発射した1,2番発射管も例外ではない。2基とも装甲カバー自体は原型を保っているが、どちらも大小の破片が乱雑に突き刺さり、彼方此方に凹みが目立つ。そして、本来ならば圧搾空気などを導く配管がのたうっているはずの魚雷発射管後部は、数枚の後部ハッチが吹き飛び薄い煙を噴き上げていた。

『綾風』において圧搾空気が使えない場合、発射管後部の非常用装薬によって発射が為される。簡単な構造であるため堅牢且つ信頼性も高いが、今回の様に発射管自体にダメージを与えかねない代物だった。

 とはいえ、『綾風』が最後の牙を解き放ったのは確かだ。もはや瓦礫の山と化した中央甲板から視線を海に戻しながら、ハクは煙幕に身を浸しつつある海神に、おまけとばかりに芝居がかった嘲笑を投げつける。


「――――腹いっぱい喰らって逝けクソ野郎」


 甲板にバラまかれたマストや発射管の残骸の下では、凝固しつつある赤黒い血がこびりつきつつあった。






 右回頭を完了させた『綾風』は、永雫が魚雷を命中させ横転しかかっている1番艦の左舷側――1番艦の残骸を2番艦との盾に利用する位置を目指し、41kt以上の最高速力で航行を続けている。また、後部の2,3番砲塔からは砲身が赤熱しそうなほどの速度で12.7㎝砲弾が吐き出され続けていた。後方からにじり寄る敵2番艦の艦上では、間断なく着弾の華が咲き乱れ、爆風と共に黒っぽい破片が紙吹雪の様に宙を舞う。


「敵艦の発砲まであと何秒だ?」


 有瀬の問いに「17秒!」とストップウォッチを握りしめたサキが叩き付ける様に返答する。互いの位置関係を素早く計算した彼は、誰にも聞こえない様に舌打ちした。


 ――次の発砲までは、無理だな


 残り時間では『綾風』が1番艦の残骸の影に隠れることはできない。何とかしてもう1撃、主砲による砲撃を躱さねばならなかった。赤い焔が踊る敵の背甲上に据えられた12インチ連装砲は、全身を真っ黒に染めながらもこちらを睨み続けている。あと10秒そこそこで崩れ落ちそうには見えない。


 ――所詮は、蟷螂の斧と言うわけか


『綾風』の主砲では敵の主砲塔を始めとする主要装甲区画を打ち抜くことはできない。これが20.3㎝8インチ砲、せめて15.2㎝6インチ砲ならば、致命傷はまだしも戦闘不能に陥れることは可能だろう。いくら速射性が高くとも、戦艦級海神の装甲は駆逐艦にとってはジェリコの壁に等しい。


「水雷長、対潜噴進弾の再装填は?」

『こうも後部甲板でドンパチ賑やかにやられてちゃ無理ですよ!待機はしておきますが……』

「さっきと同じように1斉射分でいい。直に残骸の影に入る。まあ、どのみち」

『なんです?』

「主砲もそろそろ弾切れだ」


 あっけらかんと言い切る有瀬に『救いは無いんですか!?』と船精霊の絶叫が届く。之ばかりは仕方がない。瞬間火力の増強に伴う経戦能力の低下、これは連射式兵器の宿命だろう。


「副長」

「な、なんだ?」

「――――ダッシュキノコとか持ってないか?」

「はぁ?」


 ハクの様な言動に毒気を抜かれたらしい永雫に「何でもない」と笑う。

 怖気を隠すためとはいえ、この世界の住人が知る筈もない軽口を叩く余裕が残っていたのかと少々自身でも驚きながら、航海艦橋の影に消えつつある敵2番艦の方を睨んだ。

 左舷後方へと消えた敵艦は、艦の回答により右舷後方に居るはずだが、直接視認することはできない。時計を確認し、敵の発砲間隔から割り出したその時が迫っていることを悟る。


「総員、衝撃に備え!一撃来るぞ!対爆隔壁閉鎖!」


 誰もが彼の指示に弾かれたように動き、手近な物に体を固定する。

 ライは羅針儀の手摺を握りこみ、サキと永雫は手近なシートに腕を回した瞬間、航海艦橋の右舷側の煙幕が発砲の閃光を受け止めて淡く輝いた。


 ――来る!


 航海艦橋の主だった乗員の脳裏に過ったソレは、殆ど直観にも等しかった。

 砲口から迸った爆圧に蹴飛ばされ、400㎏近い12インチ砲弾が大気を震わせ飛び出した。黒褐色の砲煙を後に残し煙幕が横たわる空を捩じり切り、衝撃波を従えた2発の砲弾は、なおも浴びせられる小口径砲弾の火箭を弾き飛ばすように突き進む。

 1発目は右舷艦尾側の至近に着弾。艦尾直下付近で炸裂し、『綾風』の後部を蹴り上げる。

 直後、これまでに無い程の衝撃が艦後部から前へと走り抜け、続いて3000トンの艦体を構成する鋼材が戦慄いた。

 何かが壊れるような音に強烈な炸裂音が続く。炸裂音は2度3度と連続し、航海艦橋の後部から熱を帯びた衝撃波と共にオレンジ色の光が回り込む。


「づぅっ!」

「――っ」


 永雫が悲鳴と共に体を掻き抱くようにうずくまり、有瀬は何とか両腕をもぎ取られるかのような激痛を精神力で抑え込む。何が起こったのかは、報告を待つまでもなかった。

『綾風』の右舷側160度からほぼ水平に突入した対艦砲弾は、3番砲塔の左半分を根こそぎ吹き飛ばしつつもなお前進し、後部艦橋左舷側の2番砲塔のバーベットに突き刺さって炸裂した。放出された炸薬のエネルギーは2番砲塔に繋がる3つのマガジンドラムに直撃。そこに残っていた弾薬を誘爆させる。

 揚弾塔を駆け上がった爆圧は砲塔に達すると、高度に機械化された対艦速射砲を蹂躙した。無骨でありながら勇壮さを感じさせていた箱型の砲塔は、一瞬身震いしたかと思うと装甲の継ぎ目から閃光を発して膨れ上がり、火柱へとその身を変じさせた。

 幾多の砲弾を吐き出していた長い砲身が緩慢に回りながら空高く吹き上げられ、艦上に膨れ上がった爆炎により『綾風』の後部が一瞬沈み込み、艦首が微かに空へと突きあげられた。


「2番、3番砲塔大破、発砲不能!2番砲塔にて火災発生!」

「後部弾薬庫、隔壁閉鎖による防御成功しました!」

「後部艦橋中破!」

「後部40㎜連装機関砲大破!」

「後部25㎜機関砲群、左舷側全滅!」



 もたらされた報告は、『綾風』が戦闘能力に致命的な損傷を受けたことを再確認する以上の意味は無くなっていた。

 軽快艦艇を蹴散らし、航空騎を退け、海の王者たる戦艦にすら一歩も引かず戦い続けていた速射砲は、ただの1撃で瓦礫の山と化してしまったのだ。元々、弾片スプリンター防御程度しか想定されていない軽量装甲に、戦艦の重要区画を真正面から打ち抜く役目を持たされた戦艦の主砲弾を防げる道理はない。永雫が執念で築き上げた先進技術は、速度と質量の乗算と言う原始的な暴力の前に、遂に膝をつくこととなった。

 3番速射砲は誘爆こそしなかったモノの、無残に引き千切られた姿を甲板上に晒している。頭の半分を吹き飛ばされた惨死体の様な有様だ。2番速射砲の跡地からは赤く縁取られた黒煙が轟轟と噴き出し、鉄くずの堆積場と化した後部艦橋を燻している。

 それでも、マガジンドラムの即応弾をほとんど使いきっていたこと、重量増加と複雑化を覚悟して搭載した、下部弾薬庫の対爆隔壁の閉鎖が間に合ったことで爆沈と言う最悪の事態から逃れることはできた。

 永雫は両腕を締め上げる激痛に耐えつつ、俯きそうになる顔を上げる。戦場の現実に晒され、圧壊しかけている理性を精神が無理やり蹴り上げた。

『綾風』私の娘はまだ死んでいない。剣は根こそぎ叩き折られたが、何者にも負けない足は残っている。さらに、今私たちは敵の死角に潜り込んで射線を切った。何もかもを諦めて投げ出す贅沢は、まだ早いはずだ。


「――――有瀬、今なら」


 意を決したように煙幕に紛れての退却を進言しようとした永雫は、相次いで飛び込んできた報告によって二の句をつげなくなってしまった。


「舵機室浸水!」

「後部左舷機関区で火災発生!3,4番緊急停止願います!」

「右舷機関区に浸水発生!1番停止願います!」

「両舷停止――――どうやら、もう少し遊んで行けってことらしいな。副長」


 火焔に縁どられた黒煙の柱を棚引かせながら、『綾風』は減速しつつ沈黙した敵1番艦の影へと滑り込んでいく。





「ぶっは!し、死ぬかと思った!――――点呼ォーっ!」


 大げさに咳き込んだハクが身を起こし叫べば、周囲で自分と同じようにうずくまっていた分隊員が次々に返事をした。自分と指揮下の分隊は後部指揮所の右舷側前方に集合したところで砲撃を受けたため、後部艦橋そのものが盾となって誘爆から逃れられたのだろう。「何たる悪運」と顔を煤と血で汚した隣の分隊員がニヤリと笑う。


『後部弾薬庫注水!両舷停止!――水雷長、生きてるか!?』


 突然、隣に垂れ下がった伝声管の残骸から艦長の声が響いてきた。あちこちで管が破損しているせいか、酷く聞き取りづらい。

 上を見上げれば拉げた後部艦橋、もとはそこに導かれていた伝声管だろう。彼方此方痛む体を引きずりながら、不格好な金管楽器に口を向ける。


「死んでるっていえば帰っていいですかね?」

『冥途の土産に海神持ってくなら許可するさ。御覧の通り、本艦は主砲を全て喪失した。対潜噴進弾の再装填はできるか?』

「可能です。ですが、このままどさくさに紛れてトンずらするのはどうですか?」

『機関区で火災と浸水だ、しばらくは動けん』

「是非もないですね。っと、魚雷は……」


 足元に転がっていたストップウォッチを拾い上げるが、文字盤に金属の破片が突き刺さって完全に破壊されている。舌打ちと共に海へ投げたのと同時、遠雷の様な轟きが空気を伝わってきた。


『――1本は当たったが、2本目は外れだな』

「耳が痛いですね、物理的にも精神的にも」

『日和って広角に撃ちすぎたな、僕の失策だ。で、対潜弾の再装填は?』


 チラリと隣を見る。ごつい対潜噴進弾を4つの発動機付き台車に1発ずつ乗せた部下が1つ頷いた。やはり持つべきものは、こちらの意を汲んで動いてくれる気の利く船精霊だ。目で「行け」と合図をする。


「いま台車に積み込みを終えました。自分も行きます」


 伝声管から漏れる『頼んだ』と言う声を背に、彼方此方ささくれ立った甲板を走り出す。

 奇蹟的に、台車を通す甲板のレールは健在だ。車輪の前に着いた板で瓦礫を弾き飛ばしながら、内火艇と後部艦橋の横を抜け、消火作業が始まった2番砲塔跡地を通り過ぎる。

 敵の砲弾が大きな運動エネルギーを伴いながら右舷側から突入したのが、この時は幸いした。衝撃波は右舷後方から左舷前方へと抜けたため、大きな瓦礫の大半は左舷側に散らばっている。4輌の貨車が20m余りを踏破するのにそう時間はかからない。

 艦後部の350㎜四連装対潜噴進弾発射基は、発射の際の爆炎から艦を守るため、艦後方に向けて開口部を持つ半円形のシールドが備わっている。4両の車列はその後方の開口部付近でブレーキを軋ませ停止した。


「よし、かかれ!」


 先頭の貨車を操作していた船精霊をハクと他の分隊員が追い越し、再装填に掛かった。台車の傾斜を利用して、1発当たり200㎏ある対潜噴進弾を甲板直下に収められている再装填装置へ滑り込ませる。役目を終えた台車は本来ならば反対舷側へ抜けるレールへ進ませるが、左舷側のレールは損傷により通行不可能となっていた。そのため、人力で脱線させ後続のルートを確保する必要が在った。

 対潜弾を呑み込ませるたび寄ってたかって貨車を押し倒し、後続の貨車を発射基へと押し出す。そうして3両目をヘロヘロになりながら横転させたとき、轟音が響き『綾風』が身を隠している1番艦の残骸が爆炎と共に大きくのけぞった。

 必死の形相で4台目に取り付こうとしていた分隊員のみならず、ハクまでもが呆然と火炎を噴き上げる【盾】を見上げる。

 大きく左舷側に傾斜しつつも辛うじて浮いていた海神の巨体は、火炎に縁どられながらみるみる沈降し始めた。また砲声が轟いたかと思うと『綾風』の反対側で爆炎が膨れ上がり、さらに速度が上がる。


「水雷長、これは――――」

「何ぼさっとしてるんですか!4発目を入れなきゃ再装填装置は動かせません!早くやりますよ!」


 ハクの怒声に我を取り戻した分隊員が作業を再開するが、内心では誰もが嫌な予感を隠しきれずにいた。

 1番艦が沈む速度は想像以上に速い。再装填と分隊の退避が間に合うかは微妙なところだろう。それも、艦内への退避では無くシールドの裏と言う半ば以上に賭けな選択を取る前提でだ。艦長は惰性で進む中でも舵を切ったのか、敵に対して艦尾を向けているようではあるが、艦の速力は未だ戻らない。

 強盗が戸を叩く部屋の中で、分解された銃を組みなおしている気分だ。視界が狭まり、手が震えそうになるが、培った訓練でそれらを抑え込む。


「弾薬庫再装填完了!」

「発射基への再装填開始します!」


 船精霊の水雷科員が立つシールド内部の甲板が鈍い音と共に振動し、筒を4つ並べた格好の発射基がややぎこちなく動き天を仰ぐ。先ほど予備弾を流し込んだハッチとはまた別のハッチが開き、黒光りする4発の対潜噴進弾がゆっくりとせり上がりはじめた。


「水雷長!敵が!」


 怯えるような部下の声に視線を巡らせたとき、水雷長の喉から乾いた笑いが漏れた。

 艦尾にそびえていたはずの1番艦の残骸は泡の海に一部を残すのみとなり、その向こうに煙幕の白い背景と共に敵2番艦の姿がはっきりと見えた。

 それもコチラに横腹を向け、前後2基の主砲塔に備えられた4本の砲身はピタリとこちらに狙いをつけている。最後の発砲は何時だ、と記憶をほじくり返す前に、水雷長としての勘に従い甲板を蹴った。


「後ろに飛び込め!」


 コンマ一秒の遅れもなく、水雷科員たちは身を翻し背後のシールドを乗り越え、倒れ込むように伏せる。直後、耳を弄する轟音と共にシールドの裏へ熱波を伴った噴射煙が吹き込んだ。

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