83th Chart:ビーティーの思惑


 本隊と敵の主力が血みどろの砲撃戦を繰り広げているころ。北東方向では『インヴィンシブル』率いる遊撃隊と、敵護衛隊の熾烈な砲雷撃戦が酣となっていた。


 唸り声を上げる機関、頭上を圧する敵弾の飛翔音と突き立った海水の柱が崩壊する轟音。そして右舷側を睨んだ砲身が鳴動すると、強烈な衝撃と共に8発の12インチ砲弾が飛び出していく。

 ややあって、6000ヤードを飛びぬけた砲弾は黒煙を棚引かせる巡洋艦を包み込むように落着し、閃光と共に黒っぽいものが飛び散る様が垣間見えたかと思うと、直立した頭部を覆い隠すほど高々とした水柱を噴き上げた。


「敵1番艦に命中弾! 速力低下! 」

「『インフレキシブル』、敵3番艦に命中弾! 」

「敵4番艦轟沈! 『インディファディガブル』です! 」

「『インドミタブル』より通信! 【損害軽微、鎮火ノ見込ミ】」

「――――フン、度胸だけは買ってやれるが。蛮勇もいい所だな」


 次々と舞い込んでくる報告と、双眼鏡の先で黒々とした黒煙を噴き上げながら崩れ落ちつつある敵巡洋艦を見つつ、遊撃隊指揮官――リチャード・ビーティ大将は冷笑を浮かべ独り言ちた。

 遊撃隊、特に先頭を航行する第1巡洋戦艦戦隊は、同航する4隻の巡洋艦級海神――ニューヨーク級に砲火を向けている。

 彼らは8インチ連装砲2基と同単装砲2基を主砲とする装甲巡洋艦相当の海神ではあるが、既にビーティーが直卒する4隻の巡洋戦艦によって蹴散らされつつあった。

 インフレキシブル級の8門の12インチ砲が咆哮するごとに、数発の着弾の火炎と閃光を迸らせ確実に海神の命運を削り取っている。対照的に、海神の8インチ砲弾はインフレキシブル級巡洋戦艦の主要装甲区画を貫通することはできず、被害の大部分は甲板の板材や、脆弱な装甲しか持たない速射砲に限定されていた。

 唯一、旗艦『インヴィンシブル』の後方を進む『インドミタブル』は、後部の非装甲区画に2発の直撃弾を受けて黒煙の尾を棚引かせていたが、火災の勢いは既に衰えつつあった。


「第2巡洋艦戦隊より報告! 【目標群ベータ、戦力ノ50%ヲ無力化セリ】」

「第1巡洋艦戦隊より通信【目標群アルファ、潰走シツツアリ】」


 第1巡洋戦艦戦隊の奮戦に負けじと、後続する2個巡洋艦戦隊からは相次いで明るい報告が舞い込んでくる。ブラックプリンス級、アキリーズ級各4隻で編成された部隊は、直掩に着いた水雷戦隊と共同し迫りくる海神を撃退しつつあるらしい。


「遊撃隊はおおむね優勢、と言えるでしょう」


 遊撃隊参謀長ジェラルド・キース大佐の言葉に、軍帽を若干斜めに被った海軍大将は「当然だ」と軽く頷いた。


 当初、面舵を切って南進に移る本隊と分かれ、針路を変えず東進を続けて敵の北方から側背面へと回り込もうとした遊撃隊だが、当然の様に邪魔が入った。

 敵本隊の北側に寄り添うように展開していた30隻ばかりの護衛艦隊が、遊撃隊の東進に合わせて一斉回頭を行い併進。4隻の装甲巡洋艦はそのまま同航戦を挑み、比較的小型の巡洋艦6隻と30隻の駆逐艦は、3つの水雷戦隊に分かれ装甲巡洋艦の支援砲撃の元で突撃を敢行してきたのだ。

 この時、遊撃隊は2列の単縦陣を形成していた。

 インフレキシブル級を擁する第1巡洋戦艦戦隊に、第1、第2巡洋艦戦隊が続く砲戦部隊。その南側に第5、第1、第2、第3、臨時水雷戦隊で構成された水雷戦隊が位置する。ちょうど、砲戦部隊が水雷戦隊を盾にするような格好であり、第1から第3水雷戦隊が、順に砲戦部隊の各戦隊の直衛を担う位置取りだった。

 対して敵は大型の装甲巡洋艦級4隻の単縦陣に、小型の巡洋艦2隻、駆逐艦10隻で構成された水雷戦隊の単縦陣が3群。

 純粋な巡洋艦の数でも、駆逐艦の数でも勝っている上に、巡洋戦艦と言う【格下殺しの極地】の様な艦が4隻も味方に付いている。敵にしてみれば、砲戦で叩き潰される前に一か八かの肉薄雷撃を敢行するしか手は残されていなかった。

 白波を蹴立てて遮二無二突入を図る敵水雷戦隊に対し、遊撃隊司令部は『インヴィンシブル』から近い順にアルファ、ベータ、ガンマの名を付けた。

 最強の砲火力を持つ第1巡洋艦戦隊は4隻の敵装甲巡洋艦を相手取り、第5水雷戦隊が万一に備えて待機。後続する部隊は、第1巡洋艦戦隊と第1、第2水雷戦隊がアルファを、第2巡洋艦戦隊と第3巡洋艦戦隊がベータの相手をし、臨時水雷戦隊は単独でガンマの牽制を行うこととした。

 寡兵の臨時水雷戦隊で、巡洋艦2隻、駆逐艦10隻というほぼ倍の敵を相手取らせることに幕僚の一部から5水戦を応援に回すべきと言う意見も出たが、タダでさえ寄せ集め部隊であるのに、これ以上艦を増やしても混乱を助長するだけであり、牽制ならば十分可能だと唱えたビーティーに一蹴された。

 もっとも、ビーティーの頭の中では”この大海戦を通じて仮想敵国の艦を一隻でも多く葬り去ってやるべき”という意見がちらついていたのも事実ではあったが。


「臨時水雷戦隊の被害は? 」

「『ファルコ』沈没、『シャスール』、『アクィラ』大破。旗艦『ブレーメン』中破です! 戦闘可能な残存艦艇は、防巡1、駆逐4」

「敵戦力は? 」

「巡洋艦は全滅した模様ですが、駆逐艦9が残存! 」

「やはり烏合の衆に一個水雷戦隊は厳しいか。――第2巡洋艦戦隊に伝達【『ケンブリッジ』、『ロスシー』、攻撃目標変更。目標群ガンマ】」


 旗艦『インヴィンシブル』の艦橋から命令電が放たれると、第2巡洋戦艦戦隊の後部に位置しているブラック・プリンス級装甲巡洋艦の2隻――『デューク・オブ・ケンブリッジ』、『デューク・オブ・ロスシー』が、臨時水雷戦隊が単独で迎撃に当たっていた目標群ガンマへと、一艦あたり4門の9.2インチ23.4㎝単装主砲を向ける。

 艦の前後と側面に設けられた箱型の砲塔が右舷後方へ旋回し、僅かな時を置いて矢継ぎ早に発砲を開始した。

 斉射では無く1門ずつの順次砲撃ではあるが、9.2インチの巨弾が我先に殺到してくるため、狙われた目標群の海神にしてはたまったものではない。

 臨時水雷戦隊所属艦から降り注いだ小口径砲弾の細い水柱の中を、第2巡洋艦戦隊2隻から解き放たれる巨大な水柱が1発ごとに精度を増しながらにじり寄っていき、程なくして最前列に居た駆逐艦級の背部に直撃弾の爆炎が踊って大きくよろめくと、見張り員の喜色に富んだ声が響く。


「ガンマ、4番艦に命中弾!」


 直後、直撃弾を受けた海神の後方を進んでいた5番艦も火炎に包まれた。

 閃いた火炎の直径自体はやや小ぶりではあったが、膨れ上がった爆炎は消えることなく連続する。機関砲の如く飛来した小口径砲弾が、先に着弾した砲弾の爆発が収まる前に飛び込んでいるのだ。凡そ20秒もたったころ、5インチクラスの砲弾を無数に被弾したその海神は、炎上する海上浮遊物となり漂流を始める。

 列強の駆逐艦と互角に渡り合えるはずの海神をほぼ一方的に嬲り者にした艦は、前後に備えた3基の三連装砲塔の砲口から冷却水を流しつつ、次なる目標に照準を合わせていた。


「ガンマ1、3を共同撃沈。5に至っては、たった一隻でほぼ一方的に蹂躙とは。しかも砲撃で。やはり、アレは駆逐艦じゃなくて小型の巡洋艦ですな」


 艦橋に詰めた砲術参謀が、巡洋艦と駆逐艦2隻を血祭りにあげた『駆逐艦』に、呆れとも羨望ともとれる言葉を零した。

 彼がどの艦の事を言っているかなど考えるまでもない。大損害を受け、戦闘能力を喪失しつつある臨時水雷戦隊の中で、正しく孤軍奮闘を続ける異色の戦闘艦。

 ビーティー自身も、観艦式にて遠目から確認しただけだが、まさかこれほどの戦闘能力を秘めているとは思いもよらなかった。

 そして彼も、砲術長と同じく彼の艦の戦闘能力に対しては好意的な評価を下しつつある人間の一人だった。


「それに付け加え、魚雷も15射線装備している。わが軍の駆逐艦300隻と、アヤカゼ・タイプ50隻の交換でも十分に釣りがくるな。何なら、主砲だけ引っぺがして欲しいぐらいだ」


「もっとも、ランニングコスト的には微妙かもしれんがね」どこか遠い目を造ったビーティーだったが、それも一瞬の事だった。古今東西、軍隊にとって最強の敵は自国の財布の紐を握りしめる官僚や政治家たちだ。それは、《連合王国》も《皇国》も変わらない。


「もうすぐ、敵は遁走に移るでしょう。その場合は」

「早急に敵新型戦艦と交戦している第2、第3戦艦戦隊を救援せねばなるまいな」


 作戦参謀の意見に耳に同意しつつ双眼鏡を右舷後方へ巡らせれば、今まさに遊撃隊が対峙している敵の群れの向こうに、黒煙を幾筋も噴き上げる味方艦隊――本隊の姿をかろうじて見ることができた。



 現在、戦闘は大きく分けて二か所で行われている。



 一つは、遊撃隊と護衛隊の戦闘であるが、これはもう間もなく遊撃隊の勝利と言う形で決着がつくだろう。散々に討ち減らされた護衛艦に、8割以上の戦力を残した遊撃隊を崩壊させる余力はない。


 問題は、味方の戦艦が集結した本隊と敵主力の砲撃戦だ。

 当初、西進する敵に対し、北から南へ並びつつT字を描いた本隊だったが、主力である第2,第3戦艦戦隊が早々に被害を受けた挙句、味方が北進するため一斉回頭した直後、敵の本隊も北への針路をとり始めたことで作戦に大きな亀裂が入ってしまった。

 T字戦は有利な体勢から集中砲火を加えられる利点があるが、その有利な状況を維持――すなわち、敵の針路を塞ぐように先回りするためには、敵よりも優速であることが絶対条件だ。

 初戦こそうまくT字戦に持ち込めたが、ドレッドノート級を除く大部分の艦の速力は20kt程度であり、海神の主力艦と大差はない。T字を能動的に描き続けるのは、もはや不可能であることは明白だった。

 とはいえ2列の単縦陣を描いていた敵は、北へ回頭しつつ1本の長大な単縦陣に陣形を変更しつつあるが、如何せん数が多いため隊列後方は2列のまま味方にT字を描かれている。

 全体としては、イの字のような形で同航戦に移りつつあると言えるだろう。

 しかし、現状を見る限り戦況は優勢とは言い難い。本隊を構成する列の彼方此方から黒煙が吹き上がり、その数は南の部隊――第2、第3、第1戦艦戦隊に特に多い。第2戦艦戦隊に至っては、全艦が中破以上の損害を受けている。

 この大損害は、敵艦隊の後方に控えていた7隻の新型戦艦によるものだ。背負い式に配置された2基4門の主砲は、T字を描かれているというのに、ラウンドテーブル級と遜色ない砲撃能力を発揮している。的が小さくなる分、T字の優位性はもはや失われていると見るべきだろうか。


「陛下の座上する『キング・エドワード』も心配です。もし――」


 航海参謀の言葉が途中で詰まる。その先を口にするのは、いくら現実主義的な観点から物事を論じるべき参謀であっても憚られたのだろう。一歩間違えれば不敬罪となりかねない言葉に、ビーティーはあえて頷いて見せた。


「そうせぬために、我々が居るのさ。本艦の27.5ktの俊足は、この様な時の為に有るのだからな」


「主役は遅れてやってくるものだろう?」と芝居がかった口調で手を広げながら、頭の中では次なる機動を組み立ててゆく。各水雷戦隊は多少の脱落艦を出したがまだまだ戦える。臨時水雷戦隊は予想通りあまり当てにならず壊滅状態だが、現海域での救助に当てればよい。

 強力な兵装を持つ『アヤカゼ』のみ引き抜き、他の水雷戦隊に合流させれば戦力の補填できる。

 それに、ソードフィッシュを蹴散らし、制空権を握った敵の航空騎も気になる。遊撃隊は強力な砲雷撃能力を有してはいるが、対空火力は細やかなものだ。虎の子のインヴィンシブル級を予想される脅威から守るためには、ぜひとも連れて行かなければならない。

《皇国》海軍の、それも駆逐艦に戦果を上げさせるのは少々癪ではあるが、《共和国》や《帝国》の連中に戦果を献上するよりはよほどマシだろう。

 ビーティーの頭脳によって戦力に計上された駆逐艦が、また1隻敵艦を屠ったのはその直後の事だった。





「敵7番艦に命中弾多数! 落伍します! 」


「撃ち方止め」と有瀬が命じた直後、効力射に移っていた3基の3連装砲塔が速やかに沈黙すると同時、砲口から冷却水があふれ出した。濛々と噴き上がる水蒸気が海風に拡散され、零れ落ちた冷却水が甲板上に散らばった空薬莢に触れて沸騰しながら海へと流れていく。

 右舷側では『綾風』の5回の連続斉射によって20発以上の12.7㎝砲弾の直撃を受け、眷属水雷発射管の誘爆により上部構造物を中枢神経系ごと根こそぎ吹き飛ばされた駆逐艦級の海神が、轟轟とした黒煙を背負って減速しつつあった。


「次なる目標、敵9番か」

「目標群ガンマ、反転! 遁走に移ります! 」

「撃ち方待て。主砲弾再装填急げ」


 間髪入れず、さらに後方の駆逐艦へ砲口を向けようとしたとき、右舷ウィングに陣取った見張り員から、歓声混じりの報告が飛び込んでくる。見れば、臨時水雷戦隊が相手取っていた目標群ガンマの残存艦艇――駆逐艦4隻が、煙幕を展開しつつこちらに背を向けて逃走に移っていた。

 黒々とした背に手を伸ばすように、左舷前方を進む第2巡洋艦戦隊や、前方を進む臨時水雷戦隊の僚艦、目標群ベータを撃破した第3水雷戦隊の各艦が砲火を向けているが、赤熱した砲弾は煙幕に吸い込まれるだけで戦果は判然としない。

 有瀬は主砲弾の再装填を急がせつつ、艦橋直上の防空指揮所に連絡を取った。


「防空指揮所、敵制空騎は? 」

『味方弾着観測騎を全滅させたのち、撤退に移っています。方位一-○-○』

「了解。制空権が敵に渡った以上、空襲の恐れが大だ。対空見張り厳と為せ」


『了解』と短く返答が返ってくる。

 残念ながら、艦隊司令部から対空戦闘用意の命令は最後まで出なかった。

 ソードフィッシュを血祭りにあげた敵戦闘騎に空爆能力が無いことを見抜いた、と言うよりも海神による空爆の危険性を十分認識していないと考えるべきかもしれない。河西少佐から聞いた、航空騎対水上戦闘艦の戦訓や研究は、皇国海軍ほどは充実していないという分析は事実だった。事ここに至っては、10騎近いソードフィッシュとパイロットの血をもって、遊撃隊司令部の楽観論が正されることを期待する他ない。


「とりあえず、勝ちはしたか」


 惨憺たる思いと共に敵騎を捕捉していた双眼鏡を下ろしたとき、そんな一言と共に、ほう、と小さなため息が聞こえた。

 隣を見れば、胸をなでおろしている永雫の姿が有る。

 考えてみれば、彼女にとっては初めての艦隊同士の砲撃戦だ、元々技術屋である少女にとっては感じるストレスは自分の比では無いだろう。

 思わず、「大丈夫か? 」と声を掛けそうになるがグッとこらえる。全ての危険を承知で、自ら大海戦に同道することを望んだ永雫の覚悟を、安い常套句で軽んじたくはなかった。

 もっとも、飲み込んだ言葉が数瞬の間をおいて自分に返ってきたのには内心驚かされたが。


「いや、それより大丈夫か? 有瀬。妨害以外に何か異常は無いか? 」

「――――いいや、皆無だ。だが、電探はダメだな。一寸先は闇、いや白か」


 冗談めかした艦長の言葉に「そう……か……」と永雫の顔が悔恨に歪む。有瀬は「気にするな」と苦笑して見せるが、ますます彼女の顔の影を暗くする戦果しか挙げられなかった。永雫は恨めしそうに天井を仰ぎ、屋根を形成する鋼板の向こうに存在するであろう障害を睨みつけた。


 戦闘開始直後、『綾風』は電子の目を奪われた。


 艦のマストに搭載された対空、対水上電探は、上空から放射された強力な妨害電波により動きを封じられてしまったのだ。それから現在に至るまで、電測室の捜索用のPPIスコープも射撃管制用のBスコープも、真っ白な画面を出力するのみで役に立たなくなっている。

【夢】の世界の経験で、否と言うほど同種の現象を知っている有瀬はともかく、永雫もこのホワイトアウトが電子妨害手段Electronic Counter Measuresによるものであることを即座に看破し、歯噛みした。

 永雫からしてみれば児戯にも等しい電探しか搭載していない――搭載できなかった『綾風』にECMに対処できる対・電子対抗手段Electronic Counter-Counter Measuresが搭載されているはずもない。

『綾風』は、従来通りの光学観測と光学測距をもって戦闘を潜り抜けることを余儀なくされていた。


「幸い、今日は雲が薄く視界は開けているし味方も多い。それに、これでも専門は砲術でね。火器管制電探がなくとも、光学照準さえ真面なら戦果は挙げられるさ」


 艦後方に顎をしゃくる。

 有瀬の示した先では、一連の戦闘で『綾風』の連続斉射によって炎上する漂流物となり果てた海神が黒煙を噴き上げながら力なく浮かんでいた。

 臨時水雷戦隊の各艦が、外洋のウネリに翻弄される中、有瀬は従来の光学照準で的確に射弾を叩きこみ、最終的に単独撃破2、共同撃破3の戦果を挙げていた。無駄弾は電探射撃を併用した時よりも格段に多かったが、それでも並みの艦長に出来る芸当ではない。事実、臨時水雷戦隊の旗艦を務める『ブレーメン』からは「Großartig御美事」と異例の電文が送られてきている。

 彼の鉄砲屋としての能力に、もはや呆れにも似た何かを抱きつつはあったが、内心の奥底では化膿した傷口の様に鈍い痛みが精神を焼き続けていた。



 ――ボクから一つ助言をしておこう。エナちゃん謹製の電子の眼、それにあまり頼りすぎない事だ。さもなくば、右往左往する味方に飲み込まれ、気が付けば海の藻屑と消えているだろう



 これが、ミラヤツの警告の真意なのだろうか?上空からの強力なECMによって『綾風』の電子の眼を奪うことが。だが、それにしては――。

 論理ではない、女の勘と言うべき部分が鳴らす警鐘は、一秒ごとに大きくなりつつある。あのうさん臭い女の警報は、この程度の事象を指したものではないという確信にも似た不安。

「電探が無くとも戦える」と豪語する艦長に、うまく理屈づけて説明できないもどかしさに奥歯を噛締めた時、凶報が舞い込んできた。


「方位一-〇-〇に大編隊! 我が方に近づく! 数30以上! 」


 とっさに見上げた瑠璃の瞳に、それまで傷一つなかった蒼空にゴマをバラまいた様な黒点の群れが映った。





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