4 現役女子高生ななみのSSS

「ふっ……どうしようもねえな、さすがのお前でもまだ完全には回復していなかったか七海。ほぼ全くエーテルを発していないぞ。それに腰も入っていなければ、踏み込みもまだ甘い……」


 ――ブゥウン……!?




 彼女の猛攻を、間一髪のところで勇は抜き身で幽導灯ライトリーダーを盾に、顔のすぐ側で意図も容易くガードしてみせた……。

 しかも余裕の表情を浮かべ、もう一方の手では涼しげに紅茶まですすっている。


「そ、そんな……あたしの力では、この暴漢を追い払うことさえできないっていうの!?」


『よく分かりませんが、娘の命を救ってくれた恩人の頼みとあらば……これも致し方ありません。このわたしの身体でよろしければ、どうぞ娘の目の前で思う存分に蹂躙してくださるといいですわぁっ!』


 苦悶と恥じらいに満ちた表情で奈緒美はそう叫ぶと、大胆にも自らが着ていたバスローブの襟元に両手を掛け、その溢れんばかりの女体を今にもさらけ出さん――。


 ――としたところで、彼は大慌てで止めに入った……。




 昔から美女1人の為に国同士の争いの火種になるだとか、そんなことも相まって美人薄命だとか言われているが、この奈緒美を見ているとそれが眉唾物でもないことがよく分かるだろう。

 

 勇は優しく奈緒美の手を取り、改めてこう訂正した。


「すまなかった奈緒美さん……(実はあまり大きな声では言えないんだが、ちょっと趣味で官能小説を書いていまして)……その、つい誤解させてしまうような言い方をしてしまった。すまない!」


 それを聞いた2人からは、驚きと共にはぁ……と安堵のため息が漏れた。


 そう……仮にもこの物語において主役の一端を担う彼は、奈緒美に耳打ちをして打ち明けた部分こそあまり他人には公言できないものの、そこまでの過ちを犯してしまうような人物ではないのである。

 勇の真の狙いはそのような外道が考えることではなく、もっと別のところにあったのだ。


「改めて2人に問います……おれが所属する警備会社に、七海さんを【準幽導警備員】として迎えたい! この子には、その極めて稀な素質が充分にある。ちなみにこれはまだおれの推測でしかないが……母親である奈緒美さんあなたにも、もしかするとあるのかも知れない。だから、もし良ければ奈緒美さんも尽力してはもらえないだろうか……?」


「もう、最初からそう説明してくれれば良かったのに……でも【幽導警備員】て言うんだあれ、何だか変わってて面白そう。それに素質があるんでしょあたし! それにもう高校生だし、調度アルバイトを始めてみてもいいかなと思ってたとこなのよね。お給料ももちろんもらえるんでしょ、少し大変そうだから、額によっては前向きに考えたいんだけど、いいかなぁ……ねぇお母さぁん?」



 参考までに、本来であれば現状の警備業法第14条の規定により、満18才以上でなければ警備員になることはできない。ましてや高校在学中などは論外である。

 したがって、本来であれば彼が悩んでいたように法を犯す・・・・ことになるのだが、SSS幽導警備業務というのは特殊な業務内容であることから、未成年者がこの業務に関わった事例が戦後の昭和期やそれ以前からも全くない訳ではなかった。

 それもさる事ながら、彼女にはこの業務の秘匿性とその稀有な素質も踏まえ、勇が模索した結果今回は特例として【準幽導警備員】という位置付けを提案してきたのである。

 もちろん、通常の警備業法とは別にSSS幽導警備業法というものも当然のことながら存在するが、この件についてはその第1条に記されている。



 (SSS幽導警備業法第1条より抜粋)

 幽導警備員になる為の要件については一般的な警備員に則したものとするが、特に緊急性を要する場合はこの限りではない。



 またそれ以前に、夜間の未成年者の外出は青少年保護育成条例でいう深夜徘徊に抵触することになるが、この場合は母親である奈緒美の同意と彼の同伴があれば可能ということになる。


「ん……なんだ報酬のことか。そうだなぁ……たとえアルバイトでも危険手当てやその他にも諸々の手当てが付いて……まぁ、日当で万額くらいは軽く出るぞ。何せ特別職国家警備員のアルバイトだからなぁ……援交なんかよりも社会勉強にもなるし、よっぽど良心的だろ」


 そんな彼の言葉を聞いた七海は、「誰が援交なんかするかっ。やっぱこいつ変態だわ」と呆れ返りながらも、充分と乗り気にはなっている様子が見て取れた。


 やはり高校生ともなれば、何かと金銭の使い道が出てくるのは当然であろう。

 しかし、母親の奈緒美は未だに首を縦には振らず未だに迷っていた。それもその筈……奈緒美にとって七海は大切な1人娘であり、更にこの勇と行動を共にするであろう彼女にとっては、2つの危険が常に隣り合わせということになるのだ。このような状況を考えれば、誰だって娘のことが気掛かりになるのは当たり前のことである。


 やがて奈緒美はようやく決心が付いたのか、静かに顔を上げるとソファーにゆっくりと座り……その重たい口を開け静かにこう答えた。


『いいでしょう……ただし、わたしから3つだけ条件があります! 1つ――七海はあくまで学生です。そちらのアルバイトは夜勤帯ですから、学校生活に支障がないよう休日前の金曜や土曜だけの限定とさせて頂きます。 2つ――わたしはこれでもクラブで、チーママとして大事な業務があります。残念ながらそちらにお伺いする訳には参りません……。3つ――今度また七海が危険な目に会いそうな時も、また柳楽さんの手で必ず娘を守ると約束してください!』


 筋金入りの天然セレブなキャバ嬢かと思いきや、彼女もまた人の親である。ここ一番という時には、娘のことをきちんと考えた条件を提示してきた。

 その凛とした眼差しは、約束を決して反故にさせまいという決意を秘めており、母性愛から来るその包容力のある魅力的な美しさは、ここに至っても変わることはない。


「うちのお母さんね、こう見えてこの市内界隈じゃあ方々に顔が利くから、あたしにもしものことがあった時には拳銃チャカとか持った連中に追っ掛けられて後ろからズドン……何てことだってあるかも知れないんだからぁ♪」


「…………ッ!」


 その時、奈緒美の目が一瞬だけ妖し気な笑みを浮かべ、七海を見つめたのを彼は見逃さなかった――?


「でで、でも……珍しいよ。お母さんがあたしのことで条件付きだとしても折れるなんて、滅多にないんだからぁ♪」


 あの負けん気の強い七海が、何を焦ったのか今口に出そうとした話の内容を一変させたような気もしたが……定かではない。


「オ、オホン……では奈緒美さん、1つ目の指定曜日勤務の件はこちらもそれで構わない。2つ目の奈緒美さんの件はおれも当然無理なことは承知の上で、一度言ってみたかっただけで……もちろん、それで構わない。そして3つ目のお嬢さんを守るという件、謹んでお受け致します……七海さんはこのおれが例えこの身に代えてでも、必ずお守りすると約束しよう!」


 彼も珍しく責任感のあるしっかりとした言葉で、誠意を示した。


『柳楽さん……その言葉を待っていました。七海は少々跳ねっ返りなところもある不束者の娘ですが、本人も多分……うふふ、あなたのことを存外気に入っているようですから、こちらこそどうか末長くよろしくお願い致します』


 そう言うと奈緒美は深々と頭を垂れ、その美しい柳腰をしならせこれがお手本と思えるような、丁寧なお辞儀で応えてきた。


 ここでもし彼女が着物でも身に付けていようものなら、国外に向けて「これぞ大和撫子だ」と世の男たちは声を大にして言うに違いない。

 こんな女性が嫁にいたら、胸を張って「自慢の家内です」と公言することもできるだろう。


 勇は奈緒美が返事の際に言った言葉の綾に、多少の違和感を覚えながらも、そんな妄想を膨らませ彼女の旦那さんのことがとても羨ましく思っていた。


「ちょ……ちょっとお母さぁん。もぅそんな訳ある筈がないじゃなぁい! どうしてあたしがこんな変態ロリコン中年警備員のこと、気に入らないといけない訳えぇ? 冗談じゃないわよもう、お母さんの方が年も近いんだし、これでもう少しマトモな男だったらねぇ……あっ! で……でもそのぉ、さっき約束してくれた時のあなたの言葉は、あたしも……す、素直に嬉しかったわ。あぁあ、あたしだってねぇ……いぃ、いつまでも守られてばかりいるつもりは、ないんだからねぇっ!」


 やはり七海は、奈緒美が跳ねっ返りと言うように本人の性格もあるのだろうが、まだ子供っぽい幼さが残っている。だが、気の強い娘がたまにこうしてデレるのを見て、可愛いなと思わない人はいないだろう。


 【親子丼】……か、2人とも本当にそう決して不可能ではないくらいの年齢差なのだ。そういった妄想に駆られてしまうのは、どうしようもねぇ。

 いかん、こんなことを考えていたらそれこそウッカリと邪気が生じてしまいかねないぞ。

 大体この2人をこれ以上こうして横に並べるのは、男にとって精神衛生上よろしくないだろ。そう、例えるなら……飢えた猛獣の目の前にフライドチキンとステーキを、同時にちらつかせるようなものじゃないか。


 勇は首を左右にブンブンと振り、頭を冷やした。


 奈緒美さんからの同意を得ることもできたし、そろそろこの辺で話しを切り上げたいところだが、まだ旦那さんからも同意を得る必要がある。

 この2人の年齢を考えると、まだ若手で成功した大人物なのかも知れない。まだ仕事から帰ってきていないのだろうが……そういえば七海がさっき妙なことを言い掛けていたな。


「それでは、この度は本当にありがとうございました。お2人の決断に会社を代表して感謝を申し上げたい。ところで……ご主人はいつ頃戻って来られるんだろうか? さぞ一角の人物ではないとお見受けするが、七海のお父様にもお許しを頂かないと……」


 勇が2人の方へ目をやると……奈緒美の口から次のような説明があった。



 奈緒美さんの旦那さん(七海の父親)が、その昔とある有名なドリフト族の頭をしていた頃――レーサーを目指していたご主人は、その夜ある峠道で非公式のレースが行われていたが、その際に大きな事故に巻き込まれそれにより大怪我をしたことが元で、そのまま帰らぬ人となってしまったらしい。

 それも七海を産む少し前のことで、以来ずっと奈緒美さんが女手ひとつで彼女を育て上げてきたのだそうだ……。

 と、いうことはだ。今の話しを聞く限り、奈緒美さんの年齢はまだ30代になったばかりか、おそらくそれ位……おれと1つか2つしかそう違わないということになる。



「……2人ともすまない。立ち入ったことを聞いてしまった……」


「もう……あんたもお母さんの前じゃ妙に律儀なとこあんのねぇ。あたしはお父さんとか会ったこともないし、別に気にしなくてもいいんだってば」


『えぇ、これからはあなたにも満更無関係の話しでもないでしょうけど……ねっ、柳楽先生♪』


 あっさりと言う七海は時期的にともかく、奈緒美の何か含みのある言い方に勇が気になっていると……彼女がこちらに片目でウインクを投げかけ、彼の耳元にそっと口唇を近付けてこう耳打ちをしてきた――。


『……(Webで官能小説【風と共に勃ちぬ】を執筆なさってる柳楽勇雄なぎらいさお先生ですよね? わたし先生の大ファンで、まだ処女作の頃からもうずうっと愛読していますの♪)』


 ……ッ!?


 柳楽勇雄なぎらいさおとは、紛れもなく小説に投稿しているいさむのペンネームである。


 そうか……!

 七海もさっきおれのことを何か言い掛けていたが、満更無関係でも~の意味は奈緒美さんが未亡人だからという訳か。

 我ながら簡単に考えて付けたタイトルだったが、こうして読者からの生声――しかも美女の口からそのタイトル名を言われると、こっちが恥ずかしくなる。まさかこれほど長年にも渡る長編になろうとは、何せ書き始めた頃は想定もしていなかった。


 しかも七海の母親の奈緒美さんが、事もあろうにこの目をトロンとさせた様子だと……熱狂的な分類の読者である。こうなっては女神もへったくれもないが、安易に喜んで良いやら何か複雑な気分になってくる。

 ダメだ……こんなことでは、おれはまたあの【親子丼】の妄想に取り付かれてしまう。


「えぇと、そ……それでは奈緒美さん、七海の入社にあたって必要書類を揃えてもらったり、こちらも装備品の準備とか新任教育の用意もしないといけないので、きょ……今日のところはおれもこの辺で帰ろうと思います。じゃあ、これで……」



 新任教育:警備員がその業務に従事する際に、必ず受講させなければならない教育のことで、基本と業務別教育合わせて20時間以上必要となっている。

 教育を実施することができる隊員は指導教育責任者の資格を有する者、または検定配置路線に指定されている道路で、その現場で誘導業務を行う資格を有した者が教育責任者から指定されていれば、その教育を実施することができる。



 必要書類:警備員になる為には通常の会社とは違って特に必要な資格はないが、警察や自衛隊など公的に重要な職に就く者と同様その信用性が強く求められる。例えば……反社会的団体に組みしていないとか、酒や麻薬の中毒者ではないといった証明書。自己破産や犯罪を犯してからあまり期間が経っていないこと等々。その素性を確かなものとする身元保証書などを、数多く揃えなければならない規定があるのだ。

 そして、この揃えなければならない書類の多さを面倒がって、採用を自ら辞退してしまう応募者も多々にしてある。



 尚もじっと見詰め寄って来る奈緒美を、勇は勿体ないと思いつつも避けるようにお辞儀をして帰ろうとした。


『あら先生、七海の教育って……何か課外授業でもされるんですか。それでしたらさっきお茶を用意する時に、お友達と学校の方に今日は体調不良でお休みしますと伝えてあります。せっかくですから柳楽先生の心のご準備さえよろしければ、娘をこのまま連れてって頂いてもよろしいのよ……うふふ』


 ッ――!?


 こ……心の準備って、急に一体どうしちゃったんだこの女性ひとは?

 確かにこっちとしても、教育を早く済ますことができれば、今夜からにでも彼女を現場に連れ出すことができるようになるのだが……。


 そう……彼もさっきから気になっていたことであるが、時折こんな美人の口から出てくるとは到底思えないような言葉が、彼女と話しているとその随所にそれが見られるのだ。


「あぁあ……柳楽さん。うちのお母さん一度こうなっちゃったらもうダメなんだよ。あたしも早く稼ぎたいし、早く現場にも出たいからさぁ……課外授業なんかじゃないとは思うんだけど、怪しいとことかじゃなければ一緒に連れてってよぉ!」


 美女と美少女が親子2人してこうなってくると、もはや蛇の生殺しというか……さながら愛欲の生き地獄である。

 七海の方も学校を欠席したことを既に聞かされていたのか、もうすっかり行く気満々になっている。


「あぁ、もう分かった分かった! 課外だろうが屋内だろうが、おれがしっかり教育するからあっ! じゃあ奈緒美さん、七海の入社に必要な書類のリストはここに置いておくから、ちょっと娘さんを事務所まで案内してきますね。連絡先もその書類にキチンと書いてあるんで、それじゃ夕方頃にはまたここに戻って来ると思うから……」


 勇は書類のリストと共に自身の名刺を机に置くと、これから未知の冒険へと乗り出すルンルン気分の勇者のような面持ちの七海に、肩に手を回されながら部屋を後にした。


 その後ろ姿は――あろう事かこれからホテルにでも繰り出そうとする援交女子高生と中年男性のまさにソレと、皮肉にも間違えられかねない2人であった……。



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