第2話 おっちょこちょい

「ごちそうさまでした」


「あらっ、朝出産したばかりなのに元気ですね。完食ですか?」


「えっ? 足りないくらいですよ? ちょっとコンビニまでおやつを買いに———」


「だめですよ大野さん。外出は認められませんからね」


☀︎恥ずかしいとしか言いようがないな


⭐︎げ、元気でいいと思うよ


☀︎笑いこらえてないか?


⭐︎へっ?


「小野さん晩御飯どうしますか?」


「うれしくて胸がいっぱいで、今は食べられそうにないです」


⭐︎……お母さん


「キミちゃん、少しでも食べて体力回復しなきゃ。よし、僕がコンビニで何か買ってくるよ」


⭐︎……


☀︎何かコメントないのか?


⭐︎ノーコメントでいいかな?


「本当に仲良しですね」


「当たり前じゃないですか! 妻の身に何かあったらどうするんですか!」


「周平さん、そろそろ帰らないと。明日仕事ですよ?」


「大丈夫さ。入院中は有給取るから! キミちゃんが実家にいる間に仕事して、家に戻ってきたら育休だよ」


☀︎ドヤ顔だな


⭐︎もう、いや


「私は大丈夫だからちゃんと仕事してね? じゃないと赤ちゃんに会わせる顔がないわよ」


「そんな! 僕は君と子供のために生きているのに!」


「小野さん、病室なのでお静かに」


☀︎いい親父さんじゃないか


⭐︎笑いこらえてるよね?


「おう! お疲れ様。頑張ったな」


「智也くん、お疲れ様。もう見てきた?」


「見てきたぞ。俺に似て凛々しい表情してたな」


「まだお猿さんだよ。タクくんこっちおいで」


「お母さん、おつかれさま。弟見てきたよ」


☀︎これは俺の8歳年上の兄貴の卓也たくや。この頃はまだ可愛げがあったんだな


⭐︎朝陽くんのこの頃は?


☀︎……まあ、おいおいとな


「そう言えば智也くん。例の小林さんの案件はどうなった?」


「あ〜、今日も連絡してみたけど境界で隣ともめてるみたいだな。もう少しかかりそうだ」


「そう。今月中に融資実行しないと金利変わっちゃうわよ」


「まあ、はっぱかけておくわ。それより赤ちゃん見に行こうぜ。美咲大丈夫か?」


「うん、少しは動かないといけないしね」


「僕、お母さんと手繋いであげるよ」


「ありがとうね、タクくん」


☀︎誰だこいつ?


☆かわいいね


「あらっ、先客がいたのね」


「あっ、こんばんは」


「確かお隣の部屋でしたよね?」


「そうです。小野と言います」


「私、大野です。よろしくね。小野さんも今日だったんだ」


「はい、夕方に」


「へぇ〜、ピンクの帽子ってことは女の子ね」


「はい。大野さんのところは男の子ですか。朝でしたよね?」


「うん。夜中に陣痛始まってね。これで男の子2人目。いつまで天使でいてくれるかしらね」


☀︎いまでも天使だよな?


☆もう堕ちちゃってるよ


☀︎失礼なやつだな


「小野さん、どうですか?」


「はい、なかなか上手に飲めないみたいです」


「そうですか。焦らなくても大丈夫ですからね」


「げぷっ」


「は〜い、いっぱい飲んだね。えらいえらい」


「あら、大野さんとこは食欲旺盛ですね」


「身体も大きいからですかね〜」


「あれっ? さっききたばかりですよね?」


「あはははは。は〜、小野さんとこの子、おっぱい大きすぎて飲みにくいんじゃない?」


「ふぇ? か、関係ないと思いますよ」


「いいな〜、私なんて期間限定Bなのに」


「はいはい、大野さんセクハラですよ」


☀︎……


☆えっ、あっ! うぅぅぅ〜


☀︎遺伝だな


☆……大野さんセクハラですよ


☀︎遺伝だな


「げっぷ」


「は〜い、小野さんいいですよ〜。赤ちゃんだいぶ飲むの上手になりましたね」


「はい、まだ時間かかっちゃうときもありますけどちょっと安心しました」


「小野さんも終わり? 一緒に戻ろうよ」


「あっ、大野さん。よろしくお願いします」



「小野さんはこの辺に住んでるの?」


☀︎個人情報だな。断っていいぞ


⭐︎普通のコミュニケーションだよ


「いえ、実家がこっちで出産の間だけです。自宅は隣の小牧市です」


「そうなんだ。私は逆で実家が小牧で結婚してこっちにきたんだ」


「旦那さんのお仕事の関係でですか?」


「仕事って言うより旦那の実家がそばにあるの。うちは旦那と共同で事務所やってるんだけど、ついでだから実家のそばにするかって言って春日井になったんだ」


「じゃあ、ひょっとしたら旦那さんのこと知ってるかもしれませんね」


「だね。大野智也って知ってる? いま32歳」


「私より7歳年上ですね。う〜ん、ちょっと記憶にないです」


「あははは、まあそんなもんよね。小野さんも明日退院でしょ?」


「はい、大野さんのおかげで寂しい思いしなくて良かったです」


☀︎騒がしいのが取り柄だからな


⭐︎そんなことないよ?


「良かったら連絡先交換してもらえませんか?」


「もちろん、スマホ部屋にあるから後で交換しよう」


「あっ、大野さん。提出書類の件でお話しがあるんですけどナースセンターまできてもらえますか?」


「げっ! 不備でもありました? ごめんね小野さん、また後でね」


「はい」


☀︎代書屋が書類不備って大丈夫かよ?


⭐︎たまには仕方ないよ


「キミちゃん、忘れものない?」


「あ、うん。大丈夫よ。じゃあ大野さん、ありがとうございました」


「いえいえ私何もしてないよ。また連絡してね」


「はい、それでは失礼します」


「は〜い。気をつけてね」


☀︎なあ、俺たちまだゲップだけだぜ


⭐︎あはははは


「お母さん、おかえり!」


「ただいまタクくん。お利口さんだった?」


「うん。だって僕お兄ちゃんだもん」


「そうだね。えらいえらい。さて、小野さんにメッセでも……」


「どうした?」


「あちゃ〜! 小野さんと連絡先交換するの忘れてたよ」


⭐︎こうして私たちの距離は隣の市にまで広がりました

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