お隣さん

yuzuhiro

第1話 2人の距離は数センチ

⭐︎私たちは名前がない時から知り合いなんだよ?


☀︎意識ないから知り合ってねぇだろ


⭐︎う〜、またそういう意地悪なこと言うんだから


☀︎いいからとっとと進めるぞ


⭐︎あっ、待ってよ


「う〜! もう無理! 痛い痛い痛い! もうダメ〜! 殺せ〜!」


「はいはい。もう少し落ち着いてね。あっ、頭見えてきたよ。ほらっ、触ってみて」


☀︎この無駄にうるさいのは大野美咲。俺の母親だ。うちは土地家屋調査士の父、大野智也と司法書士の母が自宅に事務所を構えて働いている。ちなみに親父は出産に立ち会ってない。


⭐︎なんで?


☀︎母親曰く「いても役に立たないから仕事してろ」だってさ


⭐︎あ、はははは


「えっ? 頭? うわっ! 毛が生えてる!」


「赤ちゃんの髪の毛よ」


「本当だ。もうちょっとだからね」


「うん、まだ頑張れそうだね。ほらっ! いきんじゃだめだからね。あくまで自然に」


「ん〜! 痛い! やっぱり無理!」


「無理じゃない! だから食べすぎ注意だって何度も言ったじゃないですか!」


⭐︎えっ?


☀︎太り過ぎて産道が狭くなってたみたいだな。ほんと、迷惑な話だ


「そんなこと言っても! ご近所に美味しいうどん屋さんがあるんだから仕方ないじゃないっ、も、もう無理〜!」


「ほらっ、あと少し! あっ、うどん屋さんは後で教えて—」


『おぎゃ〜! おぎゃ〜!』


「う、生まれたの?」


「お疲れ様でした。元気な男の子ですよ〜。えっと5時48分出産っと。ちょっときれいきれいしますね〜」


☀︎大野朝陽おおのあさひ。7月7日 AM5時48分 身長55cm 体重3800g 俺は大野家の次男として生まれた


⭐︎同じく7月7日の夕方 同じ病院で私も生まれたんだよ


「んっ」


「頑張れキミちゃん」


「は〜い、旦那さん。少し離れててくださいね」


「あ、すみません」


「あ〜、仲良いのはわかりましたが少しだけ手離してくださいね〜」


☀︎仲良い夫婦だな


⭐︎いまでもこんな調子なの。ソフトウェア開発をしている父、小野周平と専業主婦の母、美樹が私の両親です


「午前中の大野さんとは大違いね。はいっ、奥さん頑張りましょうね。……はい、旦那さんは離れる」


⭐︎お父さん、呆れられてるよ


☀︎ラブラブでいいんじゃないか?


⭐︎他人事だからって〜


「んっ! はあはあ。んっ!」


「はい、奥さんいきまない! 自然に!」


「は、はい!」


「キミちゃん!」


「おぎゃ、おぎゃ」


「う、生まれた〜!」


☀︎おっさん1番喜んでるんじゃないか?


⭐︎も〜、恥ずかしい


「奥さん、かわいい女の子ですよ」


「はあはあ。あ、ありがとうございます」


☀︎初めて抱いた我が子はとても愛おしく


⭐︎柄にもないことやめて〜。もう、からかってるだけじゃない

小野夕陽おのゆうひ。7月7日PM5時50分 身長38cm 体重2100g 小野家の長女として私は生まれました


 私たちは同じ病院の新生児室の隣同士のベッドにいたの手を伸ばせば届く距離


☀︎新生児じゃ動けないし、箱みたいなのに入れられてたから手を伸ばしても壁があるぞ


⭐︎もう。黙っててね。この時のお互いの距離は数cm。運命の赤い糸なんて必要のない距離だよ




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