異世界転生は神の御許で

もくはずし

第1話

 ここは一体どこだろうか。先の見えないほどに長く、白い廊下。その一角で起き上がる。

 体を見ると、いつものジャージ姿。僕の体は5体満足にそこにあった。

 廊下は一本道で、等間隔にドアがついている。もちろん、僕の後ろの突き当りになっている部分にも、ドアがついている。


 朧気な記憶を辿ってみる。そういえば今日は新しいゲーム、プレツテ7の発売日だった。ほとんど外に出ない僕が珍しく買い物に出て・・・。

 そうだ、トラックに轢かれたのだった。ウキウキで家路を急いでいたとき、歩道に突っ込んできたトラックにもろに当たったのだ。そこから先は記憶がなく、今に至っている。


 ということは、ここは死後の世界なのだろうか。やはり外になんて出るもんじゃないな。

 でも、僕は一体ここで何をすればいいのだろう?


 試しに立ち上がって、手近なドアノブを捻ってみる。ちょうど後ろにある、突き当りのドアのものだ。鍵がかかっていないみたいだ。恐る恐る開けてみる。


 「次、キミの名前は?」


 机越しに座った白髪の老人がこちらを見ている。机の上には薄いガラス板のようなものがいくつも重なっており、後ろにはガラス板が敷き詰められた本棚のようなものもある。


 「ぼ、僕ですか? 宮藤学です。」


 「そうか・・・。おや、βの魂か。本世界の住人が輪廻を行く先を決める空間で、なぜ紛れているのじゃ?」


 「ベータ? どういうことでしょうか」


 「いや、なんでもない。手違いだろうとここに来るということは、転生の権利があるということだ。次の転生先じゃが、どんな世界を希望かな?」


 「いや、何が何やら・・・。それよりあなたは誰なんですか?」


 「そんなことはどうでもよい。しいて言えば《神》とでも言っておこう」


 《神》の部分の発音はまったく聞き取れなかった。僕の知識からすると辛うじて当て嵌められるものが、神という概念だという情報だけが頭に流れ込んできた。


 「しかし、なんじゃ。正世界のことはお前じゃわからんか。なら、ワシのおすすめに突っ込んでおこ・・・。ここなんかどうじゃ? お前の魂には忘却機能が存在しないから前世の記憶が引き継がれるが、この世界ならそれでも活躍できるだろう」


 老人の指先が宙で弧を描くと、僕周囲は真っ暗になった。ジタバタと出口を探すうちに、やがて意識が遠くなり、眠りについていった。



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 「行ってきます、ママ!」


 朝ごはんもそこそこに、家を飛び出す。今日は魔法技師高等学校の工作発表日だ。

 この世界は魔法が使えることが当たり前だ。物心がついてくるうちに前世の記憶も取り戻し、今では逆にこの世界の異質性に戸惑うことがある。

 しかし、体に至っては完全にこの世界のものである。意識せずとも簡単な魔法回路なら息を吸うように形成でき、重いものを持ち上げるだけの魔法なら目を瞑っていても発動できる。


 「今日の発表会は素晴らしいものでした! 先生顔負けの、魔法技師がたくさんいます! その中でも、特に優秀だったのが、マーナブ、君だ!」


 学生一同から、おおーっという歓声が湧く。既に僕の工作がこの世界で常軌を逸していることは周知の事実だ。


 「歯車の組み合わせで、本来は高度な魔法回路が無いと持ち上げることのできない重い鉄球を、これほどまでに簡単に釣り上げることができるとは! この作品は魔法技師会に推薦します!」


 魔法でなんでもかんでもできるこの世界は、逆に何もかも物理的制約に縛られていた前世よりも科学的ノウハウが低い。微かに記憶に残っている動滑車や電気の知識を駆使して、幼少のころから天才と謳われた。

 やれやれ、あの神様を自称する爺さんのセンスも悪くないじゃないか。こんなに易しい世界なら、僕も外に出れるというものだ。



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 目が覚めると、見たことのある白い廊下。

 ああ、そうだ。電気機械と魔法の組み合わせ実験の際、出力を間違えて研究所ごと吹っ飛ばしたんだっけ。あと50年は現役の発明家として称賛され続ける自信があったのに、勿体ないことをしてしまったものだ。

 ドアノブを掴み、躊躇なく回す。


 「おや、また君か。忘却機能が欠如している君には、同じ世界に二度行かせるわけには行かないのでな。次はここなんかどうじゃね?」


 意識が闇に飲まれていくが、もう暴れたりなどしない。次はどんな世界が待っているのだろう。ウキウキしながら、混濁の海に流されていった。



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 起き上がると、幾度となく見た景色が広がる。

 どこまでも続く白い廊下、突き当りのドア。

 

 今回の人生は非常に楽しいものだった。ドラゴンを討伐する冒険者、というのは今まで転生した世界の知識を総動員するにはもってこいの過酷な世界だ。

 周りの人間が鋼鉄の剣や鎧を着て白兵戦を行っている中、僕は魔法の槍を投げ、粒子レーザー砲台を何基も操り、巨大化した自分の体でドラゴンと一対一の取っ組み合いを行っていた。

 おかげであの世界は人間族にとっての楽園が築かれた。恐らく、今後100年くらいは新しいドラゴンが生まれてくることはないだろう。ドラゴンに対する戦闘術や、戦闘兵器もいくつか造った。

 全世界の人々から感謝され、老後も独りになる時間が取れない程に客足が途絶えなかった。これまで数多の人生の中でもトップクラスに充実した人生だったと言えるだろう。


 さて、次はどんな世界が僕を待っているのだろう。正直、もうどんな世界に放り投げられようが、勝ち抜いていける自信がある。今の僕は無敵だ!

 

 「よぉ、爺さん! 次はどんな世界に連れてってくれるんだ?」


 「相変わらず騒がしいやつじゃのう。どれどれ・・・。おや。お前さん、ワシが作った世界全てを踏破してしまったようじゃな。」


 「それ本当? じゃあ、一番最初の世界に戻してくれよ。魔法も高度文明も異種族も無いけれども、やっぱり時々帰りたくなるんだよねー。それに今の僕があの世界に戻れば、確実にあの世界をもっと良くできるよ!」


 「一番最初・・・。ああ、β世界のことか。悪いが、あそこにはもう戻れんよ。あそこはこの世界群を作る前の試作品みたいなものじゃ。もうなんの管理もしてないからな、β世界で作られた星々や生き物の魂はそのまま無へと還るだけじゃ。」 


 「え、じゃあ僕はどうすれば。」


 「言ったじゃろう。記憶が消せない者は、同じ世界に二度は転生できないと。まあ、β世界の魂にしては消滅する前の良い暇つぶしになったじゃろう。本来ワシら《神》が作った魂であれば、様々な世界を永遠に廻り続けるようにするのが筋じゃが。あの世界はもう、ゴミ箱の中で焼却処分されるのを待つ生ゴミのようなものに過ぎんからな。悪く思わないでくれ。」


 「そんなこと聞いていない! 僕にもその輪廻とやらに混ぜてくれよ! 消えるのは嫌だ!」


 老人は机の上のガラス板を手に取ると、指先で何かをなぞる。


 「悪いが、用済みの試供品にはもう興味ないのじゃ。元あるべき姿に戻りなさい。」

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異世界転生は神の御許で もくはずし @mokuhazushi

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