第15話 見える希望
せっかくの息抜きの日は散々な形で終わってしまったが、怪我の功名、そのおかげで状況は一気に進展した。
「敵の結界の張り方が分かったわ」
帰宅してからおよそ一六時間後。あと数時間もすれば日付が変わる夜に、三人はリビングにて顔を合わせていた。
戦いの疲れでついさっきまで寝ていた令だったが、起きてみれば体は随分と回復していた。疲労が取れたのは言うまでもなく、昨日散々打ちのめされた体からは、痛みがかなり引いている。一番ダメージが大きかったと思われる腕も、今では触れれば痛みが走る程度にまではなっている。どうやら咎負いは回復力も人並み以上らしい。
「ちょっと、直路木君。聞いてるの?」
「え? ああ、聞いてる聞いてる。結界が何とかって。で、結界って何?」
鼻筋を蹴られた。
「痛ってぇ!」
「こんなか弱い私の蹴りを受けて、咎負いが痛いわけないでしょ」
「いやでも結構――」
「そんなことはどうでもいいの! それより結界の話よ! 結界の説明は前にしたでしょうが! なんで覚えてないの!?」
「あたしたちが、この町から出られないようにしてる魔法だよ」
藍子のフォローでなんとなく令は思い出した。
「あー。そいえば説明されたかも」
「それで、なんで急にわかったんだ? やっぱり昨日の?」
「ええ、そうです。昨日あった不自然なことも、これで説明がつきます」
そう前置きすると、一乃は続けた。
「まず、昨日の大きなゴーレムが、私の魔法で見れませんでしたよね? そこから私は、敵が私の占術をくぐり抜ける魔法を見つけ、ゴーレムに掛けたと推測しました。そして、視えないゴーレムを恐れて一晩中逃げ回りました」
令と藍子は頷いた。
「でも、結局視えないゴーレムは襲ってこなかった。罠かと思って何度か探りを入れても、私たちが休んでいる間に奇襲を掛けてくることもなかった。もし、視えないゴーレムがいるのなら、そうするメリットは敵にはないはずなのに・・・・・・。このことから、視えないゴーレムは、はじめからいなかった。敵は、私の占術から逃れる術をまだ知らないと考えていいと思います」
藍子が首を傾げた。
「・・・・・・でも、そう考えると、あの化け物みたいなゴーレムは、一体何だったんだ? その推測だと、あのゴーレムは、たまたまあの場所にただ一人で突っ立ってたってことか? しかもあんな強力なやつが」
「ええ。わたしもそれはおかしいと思ったんです。だから、あのゴーレムがあの場所にいることに意味があるとしたら、と考えました。そこで思い当たったのが、あのゴーレムが結界の柱となっているかもしれないということです」
「結界の・・・・・・柱?」
「結界にはいろんな種類があるんですけど、基本的には結界を張りたい場所のどこかに、魔術的な道具、柱を設置する場合が多いんです」
「今回の場合、それがあのゴーレムかもしれないと?」
「ええ。そう考えたなら、全てに説明がつきます。あんなところに一体だけいたのは、あの場所が結界を張るのに必要な場所だったから。異常なほど強かったのも、私の占術で視えなかったのも、結界を張るための柱を簡単に発見、破壊されないために強力な魔法をかけていたと考えれば納得いきます」
うーん? と令が、頭上にクエスチョンマークを浮かべ始めたが、二人は無視した。
「つまり、残りのその結界の柱を全部壊せば、結界が解ける? いや、そもそも昨日一つ壊された時点で結界は解けてるかもしれないのか?」
もしそうなら、これは藍子達にとってかなり有利な展開だ。
結界が解けていれば、この町から逃げるという形で咎負いを狙う魔法使いから逃れることができる。いや、そこまでしなくとも、一乃の占術を駆使して敵の探知に引っかからないようにしているだけで、敵に『結界が解けている間に逃げられた』と思わせることが出来るかもしれない。
藍子の顔に、笑みが差した。が、流石に現実はそこまで甘くはなかった。
一乃は首を振った。
「残念ですけど、結界はまだ破れてません。どうやら、柱が壊されても一時的に他の柱で補うことができるみたいです」
この部分だけは理解できたようで、令が手をポンと叩いた。
「なるほどな! じゃあ、その柱を全部ぶっ壊せばいいんだな?」
「いえ、全部じゃなくてもいいわ。残った柱が他の柱の力を補いきれなくなるまででいいのよ」
苦笑交じりに一乃はそう返した。
藍子は少しだけ机に乗り出した。
「それで、柱は全部で何本あるんだ?」
一乃は組んでいた足を組み替えた。
「この町に結界を張っている柱の総数は、全部四つありました」
「四つ・・・・・・。ということは、昨日あたし達が倒したあのゴーレムを引いて、あと三つか」
「いいえ。実はもう一つ、柱は既に破壊されているんです」
意外な事実に令と藍子は、目を見張って一乃に視線を注いだ。椅子にもたれかかった姿勢のまま、一乃はうれしそうな笑みを浮かべて、その視線を受け止めた。
令が口を開く。
「どういうことだ?」
「覚えてない? 一週間くらい前、あなたと藍子さんが二人でゴーレムと戦ったあの日、私が見つけられなかったゴーレムがいたでしょう?」
確かにいた。あのときは、そのゴーレムに見つかったことが原因で、ゴーレムを全滅させなければならなかった。
「まさかそのゴーレムが・・・・・・」
「そう。柱だったのよ」
「でも、あのゴーレム別に普通のゴーレムと変わらなかったぜ?」
「それは、町中に設置するためにあんまり魔法で強化出来なかったからだと思うわ。今回使われている結界は、この町の魔術的に意味のある場所に柱を置くことで町全体に結界を巡らせるタイプみたいだから、結界のためにあそこに柱を置かざるえなかったんでしょうね」
「なるほど・・・・・・」
「だから、残りの柱の数は二つ。そして、この手の結界は一つの柱じゃ機能しない。だから、あと一つ柱を壊せば、あたし達は勝ったも同然よ」
三人の目に光が灯った。迎えるべき朝が、たった一つ山を隔てた先にあるのだ。
台無しとなった休日がもたらしたものは、それだけではなかった。
「しかも、どうやら直路木君は罰の力を得てるみたいじゃない」
「え?」
令は聞き間違えたのかとすら思った。全く身に覚えのないことだ。
「自覚なかったの? あなたの頑丈さと身体能力、今はもう普通の咎負いを超えてるわよ?」
困惑する令に、横から藍子の腕が突き出された。半袖から覗く藍子の腕は、その甲側全体に痛ましい紫色の痣が広がっていた。未だに腫れが引いておらず、痛みが伝わってきそうであった。
彼女は続ける。
「ほら、見てみなよ。昨日のゴーレムのを一回受けただけで、こんなだよ? お腹も似たような感じになってる」
藍子が顔を顰めて肩をすくめるのにつられて、令も同じような表情になる。
「でも君は、何発も食らってたはずなのに、ろくに痣もできてないじゃないか。しかもカウンターまで決めて。筋力も尋常じゃない」
「そう・・・・・・なのか?」
「結局、咎の自覚はないままなのね。・・・・・・一体どうなってるのかしら?」
どうなっているか知りたいのは令のほうだった。なぜなら、彼に罰の力があるということは・・・・・・。
「なんにせよ、その異常なフィジカルパワーは、あなたの罰よ。・・・・・・あまり、祝福できることではないでしょうけど・・・・・・」
「・・・・・・」
罰があるということは、令は昨日のどこかで咎を犯したということなのだ。だが、それがなにか分からない。
「俺、昨日なにか変なことしたか? 強いて言うならすげぇキレてたけど・・・・・・『キレる咎』とかあるのか?」
二人の少女も首を捻った。
「あるのかもしれないけど、体が頑丈になることとの関係がみえないよな・・・・・・」
「しかも、それが咎なら、それをとっくに後悔しててもおかしくないと思いますし・・・・・・」
もやもやした気分は残るが、考え続ける事でその霧が濃くなるのも嫌だ。令は、早々に考えるのをやめた。
「まあいいや。とにかく俺は強くなった。これで今まで以上にゴーレムとの喧嘩に強くなったぜ」
一乃がその言葉を受けて話を進めた。
「そうね。次の戦いも昨日並に厳しいかもしれないもの・・・・・・。気になってる問題としては、敵が新しい柱を作る可能性があるってことよ。一つ目の柱を壊してから一週間以上経ってる。柱となるゴーレムを作るのに時間がかかるとしても、もういつ新しい柱が置かれてもおかしくない。できるだけ早く動く必要があるわ」
一乃は立ち上がり、力強く拳を握った。
「今日はもう休んで、明日の夕方、一番人が多くなるその時間帯に動き出しましょう。二人とも、精神的にも肉体的にもキツいでしょうけど、ここが正念場よ!」
二人の咎負いは力強く頷いた。
ふと、令は窓から覗く月を見上げた。明るい室内からでも分かるほどに、月は煌々と輝きを放っていた。
藍子と初めて出会った日のことを思い出す。あのときも、廃工場に鋭い月明かりが差し込んでいた。そして、あの日を境にこの戦いへと身を投じることになったのだ。咎を負う者、咎負いとして。
自身の胸元を見た。服に隠されたその下には、咎負いの烙印がある。
一体自分の咎とは何なのだろうか。
いくら考えることを放棄しても、自然と浮かび上がってきてしまう疑問。
『罰』を半端に得られたゆえに、なおさら気になってしまう。
そもそも咎負いとはなんなのか。どうしてそんな力を自分たちは受けたのだろう。
彼の頭を疑問ばかりが埋め尽くす。だが、そのどれにも答えは出ない。
いつだってそうだ。知りたいことが、分からないままに事が終わっている。
だから彼は諦めるのだ。考える事を。
その日、二人の少女はなかなか寝付く事が出来なかった。明日の大勝負を前に、思うところがあったのだろう。
藍子は、夜遅くまでリビングでギターを引き続け、一乃もまた夜遅くまで、車庫に籠もってなにやら魔法関係のことをやっていた。
一方令は、いびきをかいて眠っていたのだった。
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