後編<りょう>9
コテージに戻って来ると、既にりょうは部屋の中に入り込んでいた。
リビングのテーブルに腰掛けて、にこにこと底の読めない笑顔を浮かべている。
「母さんの死の真相を教えてくれ」
俺が切り出すと、りょうは面倒そうに首を傾けた。
「でもりょうがそれを教えても、りょうには何の得にもならないんだぁ」
テーブルから足をぶらぶらさせながら、りょうは言う。
俺は懐から拳銃を取りだした。それをテーブルの上に置く。
「ふうん?」
りょうは拳銃に目を止めて、それを手に取る。
「りょうにこれ、くれるの? そう。じゃあ使わせてもらうよ」
玄関の方に物音がして、父が帰って来たのがわかった。
ただいまと言って近づいてくる父の声に、りょうはふふっと笑った。
りょうはテーブルから飛び降りて、部屋の入り口に鍵をかける。
扉のノブがカタリと音を立てた。
「ミハイル? 何で鍵なんてかけてるの?」
訝しげな父の声が、扉の向こうから聞こえる。
「りょうね、一度生で見てみたかったものあるんだ」
りょうは懐から弾丸を一つ取りだして拳銃に装填すると、ハンカチで俺の目を覆った。
「ちっちゃいことで死のうとするミハルにできるかな?」
シリンダーを回転させる音がした。弾がどこに入っているのかわからなくなる。
撃鉄を起こす音がして、俺の手に拳銃が戻される。
「どう? 本気で死んでみない?」
俺は自分の頭に銃口をつきつけて黙った。
馬鹿なことをしている自覚はある。でも俺の中の激しい部分が、その程度できるだろうと俺を突いた。
引き金を引くと、手元でカチリと音が鳴った。
ハンカチを目から下ろして銃を見ると、俺が渡した銃ではなかった。りょうに弾の入っていない銃へすり替えられていたらしい。
「……よろしい。死ぬだけの覚悟があるなら、君は僕と同じ世界に来た」
りょうはいつかの少年と同じ静かな笑みを浮かべた。
テーブルから下りて俺の歩み寄ると、りょうはうなずく。
「君の知りたいことを教えよう……と言いたいけど、君はもうわかってる。君の考えてる通りだよ」
俺が息を呑むと、りょうは俺の耳に口を寄せて囁くように言った。
「僕に見せてよ。僕では描けなかった、ハッピーエンドを」
壁が叩き破られるような音が部屋に響き渡った。
「ミハイル!」
父が扉を蹴破っていた。父が懐に手を入れる前に、りょうが拳銃を俺の頭に向けていた。
「動かないで。おじさんも映画みたいなシーンが見たい?」
きゃっと笑って、りょうは俺の頭に拳銃を強く押し付ける。
「要求は?」
父は表情を消してりょうを睨んだ。父の目は、りょうを食いつくすくらいに激しい怒りで染まっていた。
りょうは意地悪くそれを見返すと、甘えた声で言った。
「りょう、これから告白するから。おじさんたちに聞いてもらいたいの」
もじもじしながら、りょうは拳銃を持っていない方の手で携帯電話を操作する。
「あ、もしもし。龍二さん? 話したいことがあるんだぁ」
少しの時間の後、りょうは父の方も見てもったいぶるように言う。
やがてりょうは唇を引き上げてその言葉を告げた。
「りょうの本名はね、浅井
通話の向こうの龍二の声は聞こえない。りょうは楽しそうに続ける。
「龍二さんが、「遥花を馬鹿にした」ってだけで殺した、龍一の子」
りょうは芝居がかった仕草でため息をついて、涙を拭うふりをした。
「りょう、憎かったんだぁ。龍二さんもだけど、遥花さんが一番」
ふいにりょうはぎらつく目で前を見据えて、くすりと笑う。
「……だからりょうね、遥花さんを殺しちゃったんだぁ」
父の目の奥が本物の殺意で染まる。おそらく龍二も今同じ顔をしている。
りょうは手を広げて高らかに言った。
「さあ、おじさんたち。りょうを殺してごらん。……できるものならね!」
りょうは俺を突き飛ばして、携帯電話を床に投げる。
何かの金属が引き抜かれる音がした。
「伏せて!」
父は俺に覆いかぶさる。視界は真っ白に染まって、何もかもが見えなくなった。
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