後編<りょう>8
いつかは父と伯父が衝突する時がくると思っていた。
引き金を引いたのは、母を連れて行った父なのか、安樹を手に入れようとして俺を傷つけた伯父なのか、どちらかだろう。
だが一度戦争になってしまえば、どちらが悪かったかなど考えても無駄なのだ。
あとは、どちらかが倒れるまで殺し合うだけ。
「安樹が浅井君と婚約したわよ」
翌日、父が出かけている間に、由衣から電話がかかってきた。
「本人に会って聞いたわ。あの馬鹿、早まりやがって」
由衣は悔しそうに電話口で呟く。
「成人式の日に祝言を挙げるんですって」
今は十二月の二十一日だ。ちょうど成人式の二週間前だった。
普通はひと月もしない内に結婚式を挙げたりなどしない。伯父は焦っているのだ。どうして成人式にそこまでこだわるのかわからないが、意図的に合わせてきたと見ていいだろう。
「あたしでも少しは想像つくのよ。あんたたちのお家事情ってやつが」
何も言わない俺に構わず、由衣は言葉を続ける。
「龍二さんも楓さんもこの結婚に乗り気だった。あんたの家のアレクセイだって、あんたの父親でさえ反対はしてなかった。たぶん、これが一番穏当に片付く方法なんでしょう」
もう片付かないかもしれない。俺は黙って耳を傾ける。
「……でも安樹が思い通りに動くかなぁ」
その名前を聞くと、俺は光に照らし出されたように目の前が明るくなる。
由衣は苦笑して言った。
「一般人だって、ドリル一個持っていればヤクザの家の奥まで行っちゃうからね。あの馬鹿だとどこまで行っちゃうかしら」
俺は久しぶりに苦笑する。
俺たちとは他人のはずなのに、由衣は俺たちを助けてくれる。
「しっかりしろ、美晴。あんたも負けないくらい馬鹿のはずよ」
他人だからこそ、由衣はただ友達だというだけで俺たちを応援してくれているのだろう。
通話を切って、俺は立ち上がる。
俺は安樹に拒絶されたら自分の存在意義を見失ってしまったくらい、自己がない人間だと知っている。
今の俺は安樹から自由になった。もう安樹の意思に縛られない。俺だけの人生を歩むことができる。
安樹と違う俺が、本当にやりたいことは何なのか。
三日ほど過ごす内、俺はクリスマスムードで盛り上がる南仏の街中で足を止めた。
雑貨店のショーウインドーの前で、俺はリボンをみつける。
こちらに来てから、俺はずっと髪を解いて肩に垂らしていた。その俺の姿が、窓に映る。
そこに小さな俺の姿が重なった気がした。まだ髪を結ぶ前だから髪も短く、服装も男の子っぽかった、遠い昔だ。
あの時、俺は何を思ってリボンを見ていたんだろうか。俺は別に、女の子になりたいという願望も持っていなかった。
ただ俺は大急ぎでリボンを買って、弾けるように笑いながら家に走って帰った。
ふと思う。あの頃と今の俺のどこが違うのだろう。
もちろん体はずいぶん大きくなった。声も低くなって、顔立ちも男っぽくなった。
でも毎日安樹のことを考えているのは、何も変わりがない。
君に喜んでほしくて、笑ってほしくて、君を守りたいと思う気持ちには少しも変わりはない。
君は俺にとって一番大切な子だ。
俺は確かに昔とは違う。でもその違いは、本当に忌むべきものなのか?
体が大きくなったなら、俺はその体で君を庇うことができる。君より強くなったなら、俺はその力で君を守れる。
ずっと安樹と溶け合っていたいと思っていた。だがそれより、安樹と別に生まれた方ができることはたくさんある。
君から分かれても、俺が君の双子で、君に一番近いことに変わりはない。
一緒に来ていた父に、俺は先に帰ると告げた。
俺は携帯電話を操作して、一つの番号を呼び出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます