前編<竜之介>6
竜之介を追い返したところで事態が改善されたわけではない。
竜之介はまた来ると言っていたし、私と竜之介の疑惑の写真は龍二さんに握られたままだ。
とはいえ、自分の心配はあまりしていなかった。結婚だろうが何だろうが、アレクが側にいるのだからどうにでもなるだろうと思っていた。
それより頭を占めているのはミハルのことだった。
「安樹。もう寝なさい」
「だってさ……」
日付が変わる頃になってもミハルは帰ってこない。
私はコタツに入ってうとうとしながらも、どうしても布団に入る気になれない。
「ミハル、誘拐されてたりしないかな」
さらさらの銀髪にきらきらの碧の目。女の子よりかわいいミハルだから、一目見ただけで連れ去ってしまう人もいるかもしれない。
「あの子はもうすぐ二十ですよ」
「襲われてたりしないかな」
「あの子は男の子です」
ミハルの姿を思い浮かべながら、私は居ても立ってもいられなくなる。
「どうしよう。私探してくる!」
「安樹。もう寝なさい」
そうして最初の会話に戻る。
アレクに半ば強制的にベッドに押し込まれた後も、私はごろごろ転がりながら不安で頭をいっぱいにしていた。
「うー……」
私はベッドから起き上がって、携帯電話を手に取る。
昼間から電話もメールも山ほどしているのに、一向にミハルと通じない。だから余計に心配で、私はリダイヤルを押していた。
うずうずしながらコール音を聞いていて、数秒後コール音が切れた。
「はーい! りょうでーす」
真夜中とは思えないほどのハイテンションで、小動物系の女の子の声が通話に出た。
「り、りょうちゃん? なんで、これミハルの携帯……」
「んーとね、今美晴君電話に出られないんだぁ。だからりょうが取ってあげたの」
「それなら、えと」
私が何か言おうとする前に、りょうちゃんは言葉を続ける。
「ねえ、安樹ちゃん。美晴君、迎えに来てほしいって」
「迎えに……」
「美晴君かわいそうなの。一人じゃ帰り方わからないんだって。だから、迎えに来てあげてよ」
私の中で幼い頃からの使命が目覚める。
「……そうだ」
ミハルが天敵の家にいるからって何だ。自分が結婚させられそうだからどうだというんだ。
私の隣にミハルがいないということは……ミハルは今一人なんだぞ。
「ありがとう。すぐ迎えに行くよ」
部屋を横切って外に出ようとした私に、りょうちゃんがおっとりと言う。
「じゃあ五分経ったら下まで出て来て」
「え?」
「りょうが送ってあげる。いーい? 今から五分だよ」
はいスタートとりょうちゃんが宣言するので、私は反射的に壁掛け時計を見上げる。
それとほぼ同時のことだった。
リビングに電話の音が響いた。数秒して、アレクが電話を取る気配がした。
「安樹。起きてますか?」
さらに数分待つと、今度は私の部屋の扉をノックしてアレクが顔を覗かせる。
「少し出かけてきます」
「あ、ああ。誰からの電話だったんだ?」
「レオですよ。こんなハタ迷惑な時間にかけてくるのは彼しかいません」
私はちらりとミハルのことを考えた。最近ミハルの声は父に似てきたから、うまくすればアレクをごまかせるかもしれない。
私に直接電話してくればいいのにとちょっとむっとしたけど、私はベッドに座って足を振っていた。
「五分」
言われた通り五分待って、私は大急ぎでコートを羽織って外に出る。
マンションの入り口には黒くて車体が長い車が横付けされていた。さすが芸能人なんだなぁと感心していると、車にもたれかかっていたりょうちゃんがこっちに近付いてくる。
「一分二十二秒の遅刻―。もう、うっかりさんめ!」
きゃっと笑って、りょうちゃんは人差し指でデコピンする。
巷ではりょうちゃんボイス集というものが出回っているそうで、りょうちゃんがCMで口にしたこの台詞も収録されているそうだ。
「ささっ、中へどうぞー」
車の後部座席の扉は内側から自動で開いて、りょうちゃんは先に私を中へ入れる。
「いってらっしゃーい」
「えっ!」
私の目の前で扉をバタンと閉めて、りょうちゃんは外に残った。
満面の笑顔で手を振る彼女が、外からは見えないほど黒く目隠しされた窓の向こうで遠ざかっていく。
あまりに静かだったから気付かなかったが、車はとっくに走りだしていた。
「さて、はるか。どこに行こうか?」
私は覚えのある声に全身を震わせた。
私は恐る恐る前を見る。
「……龍二さん」
向かい側の席に座っていた男性が、暗闇の中でくすりと笑った。
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