後編<楓>5
何となくぎくしゃくしたまま、俺と安樹はバイトを続けていた。
相変わらず龍二は足繁くクラブに通って来て安樹を呼ぶし、俺は一介のボーイという立場では邪魔することもできない。安樹が俺に疑いを持っている今では、すべてを打ち明けるのはリスクが大きい。
安樹が予定していたバイトの最終日、クラブではちょっとしたパーティが開かれた。
店のホールでお客様をお迎えして、小さなステージも作られた。元々ここには立派なグランドピアノがあるから、それだけで舞台は十分映えた。
演奏するのは、やはりポピュラーだからかピアノが一番多かった。けれどたとえば鈴子ママは琴、吹奏楽部に入っていた栞さんはクラリネットと、なかなか多様な演奏会になった。
「ボーイのはるかとレオです。バイオリンで二重奏を行います」
俺と安樹は父親に教わったバイオリンで二重奏を披露することに決めた。
お互いの呼吸を知り尽くしていて、どんなに訓練したバイオリニストよりもぴたりと合うと評判だった。
でも安樹と心がすれ違っている今はどうか。俺は舞台に上りながら今日何度目かの不安を噛み締めていた。
「ミハル」
調弦している俺の耳に口を寄せて、安樹はそっと言う。
「大丈夫。私がついてる」
その口調はいつも通りの安樹で、俺は思わず微笑んだ。安樹が側にいれば、俺の心は澄んでいく。
安樹と目を合わせて、第一音。
安樹の伸びやかな音を心地よく聞きながら俺も弾く。不安は安樹の一言で簡単に溶けていた。
曲が終わると、大きな拍手喝采が俺たちを包み込んだ。安樹が笑って、俺も笑い返す。
「やっぱりミハルとじゃないとな」
安樹が何気なく零した一言がとても嬉しかった。
頬にキスして、俺は安樹と肩を組む。
「ちょ、ちょっと。……もう、しょうがないなぁ」
安樹は恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐに俺の背中に腕を回してきた。
大丈夫、少しの喧嘩くらいで俺たちは変わらない。そう確信して、俺は客席の方を見る。
俺たちの演奏に湧いている客たちの中で、龍二だけは笑っていなかった。
龍二が手で鈴子ママを呼ぶ。奴が次に取る手段はわかっている。
さて、勝負だ。
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