前編<ミハル>2

 シュートを決めて降り立つと、観客席のミハルと目が合った。

 私が手を振ると、ミハルは飛び跳ねて手を振り返す。微笑ましく思いながら試合に戻る。

 スポーツはどれもほどほどにこなせるけど、全身の筋肉を脈動させて汗をかくバスケットボールは一番気持ちがいい。

「いい試合だったよ、安樹」

「ありがとうございます!」

 試合終了後に先輩に褒められて、私は一礼を返した。

「安樹に黄色い声上げてる女の子もいたし」

「高校の時からなんですよ」

 廊下を歩きながら、同級生と先輩が話している。

「下手な男より男前ですから。見た目もほら、クールですし」

「クール……ではないですけど」

 けっこう落ち込むこともある自分を思い返して、私は頬をかいた。

 ふいに廊下の向こうから歩いてきた一団があった。競技場では男子の試合もあって、そちらもちょうど終わったらしい。

 一団の中で一際目立つ長身に、先輩たちは目ざとく気づいて駆け寄る。

「浅井君! 男子の試合どうだった?」

 周りに男の子たちはいくらでもいるというのに、彼にだけ殺到するのはいささか失礼な気もする。

「先行っててくれ」

「ああ、わかった」

 それでも他の男の子たちが怒らないのは、慣れているからだった。

 彼はがっしりした体格に百九十近い長身、目鼻立ちはくっきりとしていて、そして見事な仏頂面をしている。

 私には理解できないが、彼、浅井竜之介りゅうのすけは異常に女子に人気がある。

「安樹。話がある」

 彼が私を名指ししてきたので、私は顔をしかめた。先輩と同級生は、私と竜之介を見比べる。

「あ、先輩。浅井君、安樹の従兄なんですよ」

「そうなの。あ、ごめんごめん」

 先輩と同級生は何か含みのある笑みを浮かべてそそくさと去っていった。

 私は一緒に去りたい気持ちをおさえて、不機嫌に問いかける。

「何か用か?」

「まだバスケなんてやってたのか」

 竜之介は波の無い淡々とした口調で言ってくる。

「そろそろ女子らしいこともしたらどうだ。花なり、お茶なり」

「私の趣味じゃない」

「その格好。肩まで出したりして。髪もいい加減伸ばせ。そのままじゃ着物も着れんだろう」

 私はそろそろ怒りも忘れてため息をついた。

 竜之介は結構な家の長男で、古風な考えが根付いている。男子はこう、女子はかくあるべしというのが骨の髄までしみこんでいる。

 だから私に会うたびにあれこれと文句をつけてくる。やれ髪が短い、やれはしたない振る舞いはやめろ、それもしつこいくらいに同じことを何度も言う。

 しかもこの竜之介とは、小学校から同級生だ。事あるごとに私に突っかかるのを同級生たちは見て、仲がいいんだねと噂する。付き合っちゃいなよと言われたことも一度や二度じゃない。

 私は諦めて隣を通り過ぎようとして、その肩を竜之介の大きな手が掴む。

「安樹。話が終わってない」

「もういい。何話したって平行線だ」

 死んでも竜之介とだけは付き合いたくない。小言で耳が痛くて、一緒にいるのが耐えられない。

 たぶん私が恋愛に嫌気がさしたのは、竜之介と噂されたことが原因だ。絶対そうに決まっている。

「実家の方に顔を出せ」

「断る」

 母が結婚してから一度も戻らなかった古い家なんて、私だって行きたくないに決まっている。

「あすちゃん、お疲れ」

 ふいに私の後ろから馴染みの声が近づいてきた。

 ミハルはぱちりとまばたきをして竜之介を見る。

「あれ、リュウちゃん?」

 竜之介はミハルに気づくなり眉をひそめる。露骨に舌打ちをして踵を返す。

 去っていく竜之介に胸を撫でおろして、私はこっそりとミハルの手を握った。

「あすちゃん、どうしたの?」

「いつもの小言」

「リュウちゃんも懲りないねぇ」

 ミハルはあははと笑って私の手を握り返す。

「大丈夫?」

 私はちょっとだけ顔を歪める。

 竜之介の嫌なところは、昔から私より何でもできたところだ。それが女のお前じゃ敵わないといわれているようで腹が立ったから、つい私も対抗心を燃やして躍起になった。

 そりゃ、力じゃ敵わないかもしれないけど。勉強なら、無事同じ大学に入った時点で同等じゃないか。偉そうに見下ろすのはやめてほしい。

「リュウちゃんに振り回されちゃ駄目だよ、あすちゃん」

 ミハルの言葉に、口をへの字にする。

 ミハルだってかわいらしい顔立ちだけど私よりは背が高い。初めて彼に身長を抜かれた時は本気で泣いたなと、ぼんやりと思う。

「平気。子どもの頃みたいに、闇雲に殴りかかったりしないよ」

 いつだったか、竜之介のあんまりな言い様に腹を立てて殴りかかったことがあった。竜之介がやり返さなかったのが、余計に腹が立った。

「……リュウちゃんにも困ったなぁ」

 何気なく言ったミハルは、いつもの優しい笑顔だった。

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