第11話 迷子 2

「そこに誰かいるのかい?」


オッとまずい。


「大変申し訳ございません。

少々道に迷いました。

今夜お邪魔しております王女様一行の者です。

お寛ぎの所と思われます、大変失礼しました。」


すぐにその場を去ろうと思ったが、声に引き止められる。


「もしよければ、話し相手になってくれないかい。」


「いえ、私は一介のメイド、滅相もございません。

もしよろしければ、どなたかお呼びしますが、いかがいたしましょう。」


この扉の佇まいからすれば、部屋の中の人物は多分この家の家族の方だ。

つまり貴族だ。

私なんかが気軽に話してはいけない。


「皆忙しそうだから、邪魔する訳にはいかなくってね。」


そう聞こえると、その扉が自然に開いく。

そして中から一人の青年が、車椅子に乗って出て来た。

私はおもむろに頭を下げる。

対面してしまった以上、私は彼の出方を待つしかないな。


「どうか頭を上げてくれないか。

そうされていると、どうも心苦しい。」


そう言われて私は、初めてじっくりと彼の姿を見た。

年の頃なら20歳そこそこ。

やはり足が不自由なんだろう。

車椅子に座り、足を動かす様子は全然ない。


でも、なぜ彼が驚いた様子をしているのだろう。

眼をまん丸くし、表情が固まってるよ。

しかしすぐ気を取り戻したのか、また話しかけてきた。


「本当は王女様との会食に、私も出席する予定だったんだが、

この姿だろう?

親もあまり私を表に出したく無いのだろう。

少し具合が悪いと言ったら、出席しない事を許してくれた。

これは誰にも内緒だよ。」


そう言って、人差し指を口元にもっていく様子はなかなかチャーミングだ。


「私はしがないメイドでございます。

そのような事はすぐに忘れてしまいます。」


「そうか、ありがとう。

で、中でお茶でもいかがですか、お嬢様。」


彼はお茶が飲みたいのかもしれない。

ならば、それは私の仕事。


「では、失礼してお茶の支度をさせていただきます。」


そう断ってから部屋に入った。

サッと部屋を見渡し、部屋の構造、特徴をまず確認する。

部屋の中には彼一人だけの様子だ。

魔道具の位置からすると、かなり前から車椅子の生活だったのだろう。

道具の高さが、全て座った状態で、

使いやすいような位置に、取り付けられている。

窓は東に一つ、南に面した所に有る掃き出し窓は、バリアフリーになっている。

多分あそこから外に自由に出れるようになっているのだろうな。

ならば北側にある扉は、寝室に通じる扉か。

部屋の一画には、自分でお茶を入れる為か、

テーブルとカップなどが入った棚が置いてあった。


「では、道具をお借りします。」


「あぁ、ありがとう。

そうだ、カップは二つだよ。」


客でも来るのか?

私はそこに行き、カップを二客並べ、

ティーストレーナーをセットし、茶葉を入れる。

次にポットに水差しの水を満たし、水の温度を上げる。

火を使う訳にはいかないから、ここは温度調節の魔法。

上手にできればいいけれど。

沸騰しちゃダメ。

沸騰する前の適温。

100度なら沸点まで上げるだけだから簡単だけど、

適温って加減が難しい。


まあこんなもんかな。


それから小さなボールの上でティーストレーナーを持ち、

ポットのお湯を少し回し入れて、茶葉を少しふやかす。

それから手際よく二つのカップにお茶を入れた。


それをトレーに載せ、彼の待つテーブルに運ぶ。

テーブルにはいつの間にか、すんごく美味しそうなお菓子が乗っていた。

ごくんっ。

いけない、お仕事お仕事。

私は彼の前にカップを置く、もう一つは取り合えず正面に置いておけばいいかな。

そう判断し、置いた。

さて、急いで帰らなくちゃ。

隊長達がトラップに引っかかる前に。


でも逃げれなかった。


「待って。

少しでいいから僕の話し相手になってくれないか?」


えーと。

このお屋敷の方なら、お世話になる家の方ですよね。

と言う事は、礼儀を示さねばなりません。

話し相手を所望される程度でしたら、従った方がよさそうですね。


隊長、ごめんなさい。

トラップの回避、よろしくお願いします。

でも隊長達なら、それぐらい何の造作もなく出来ますよね。


心の中で祈りながら、私は彼の正面に腰を下ろした。


すると彼は、とても嬉しそうに笑い、

カップを手に取り、コクンと一口飲んだ。


「凄く美味しい、君はお茶を入れるのが上手なんだね。」


とても素晴らしい笑顔でそう言った。

おうっ、何てさわやかな笑顔でしょう。

隊長のデレた笑顔と全然違う。


勧められて、私もお茶を口にした。

目はお菓子に向けたまま。


「まずい……。」


「どうかした?」


「申し訳ありません、お茶の入れ方を失敗しました。

すぐにとり替えさせていただきます。」


これはあれだ、カップを温めるのを忘れていた。

私は慌てて席を立とうとした。


「そんな事しなくていいよ。

とても美味しいよ。

だから、ね、座って。」


「ごめんなさい…。」


もう一度椅子に腰を落ち着け、

謝った。


「気にしないで、とっても美味しいんだから。

君…では何だな。

名前を教えて貰ってもいいかい。」


「はい、ジュエリー・アーカントと申します。」


なぜか私達の名も、機密事項になっているけど、

一宿一飯の恩だ、問いには答えねばなるまい。

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