第143話 悪趣味な憶測

(1)


 翌日。

 アードラは事件発生場所の一つである売春宿を兼ねたアパートへと足を運んでいた。


 この場所で娼婦が吸血死したのはひと月近く前。とっくに警察の聞き込みや現場検証も終わっているし、スタン経由で警察から得た情報はある程度事前に知らされている。その上で、警察が見落としている点がないかを改めて確認し、独自で情報を掴むことができれば、と。


「警察にも言ったけどさぁ、人の好さそうな、おとなしーい男だったのよぉ?ブサイクって訳でもないんだけど、なんていうのかしら、存在感がすっごく薄そうでねぇ

 。卑屈っぽいし、あれは絶対女にモテないね」


 笑って犯人と思しき客を散々貶しつつも、売春宿の女主人おかみの怯えは隠しきれていない。煙草に火をつけるも、ちゃんと吸っているのかわからない浅さで咥え、一秒程度で口から離してしまう。たばこを持つ手も少し震えている。


「ふうん。で、どんなタイプの女の子をよく指名してたの」

「それがねぇ……、警察にも言ったんだけど、トシも見た目も人種もみーんなバラバラ。女の好みに共通点なんて見当たらないんだよね」

「女なら誰でも良かった感じ?」

「うーん、そういう訳でもない気もするのよ。これも警察にも言ったんだけど」


 いちいち『警察にも言った』なんて言わなくていいのに。

 なんて文句はおくびにも出さず、「女の子が自分の相手する直前まで、他の客を取ってないか確認して、あえて直前まで客取ってる子を指名してたんだっけ?」と確認する。


「そうなの!直前に客取ってれば取ってるほどいいんだって。わざわざそんなこと言う客なんて今までいなかったから、地味な見た目の割に覚えてるのよ」

「おねえさんはどう思ってる?」

「え、わたしぃ?ちょっと変わった趣味の客って思ったくらい?でも、もっとヤバい趣味持った客もいるし、変わってるって言う程でもないねぇ」


 ここまでは警察とスタンから提供された情報と違わない。

 ふしだらな女が嫌いで、嫌悪ゆえに吸血で失血死させるのか。否、嫌悪する対象の血をわざわざ時間と金まで使って吸うだろうか。


 直近の被害者は水商売の女性ではなく、堅気の一般女性だと聞いた。

 異性関係も結婚前提で真剣に交際する恋人がいただけ。その恋人と一夜を過ごし、彼が部屋から去った直後被害に遭ったのだ。ちなみに被害女性と犯人とは面識はまったくないと聞く。


 職業柄とはいえ、不特定多数の男性と関係する女性と、一人の恋人とのみ関係する女性。昨日のスタンの言葉が頭を過ぎる。


『男と関係を持った直後の女ばかり狙っているようだ』


 口にするだにおぞましい、と、スタンは苦虫を噛み潰した顔で吐き捨てた。ラシャはもちろん、アードラでさえ犯人の趣味の悪さに鳥肌が立った。

 そして今日、売春宿の女主人への聞き取りで更なる悪趣味な憶測が湧いてきて、アードラは無意識に右手で左腕をさすった。気のせいか、左手の甲、双頭の黒犬の刺青にまでぷつぷつ、さぶいぼが出来ているような。

 怖気を堪えながら、たった今浮かんだ悪趣味な憶測は案外当たっている気がしてならなかった。


「どうしたの?寒い?」

「まさか。ちょっと我ながら最悪な妄想しちゃっただけ」


 妄想?と、首を傾げるおかみに「あのさ、最後にもうひとつ、聞いておきたいことがあってさ」と、なかなか治まらない鳥肌をさすりながら、アードラはある店の場所を訊ねたのだった。




(2)


 アードラが目指す次の目的地は、売春宿と同じ繁華街内……、といっても、怪しい飲み屋や売春宿(を兼ねた安アパートや安宿)が並ぶ裏通りからは離れ、パブやバー、カフェ、大衆食堂、少し高級なレストランから、衣料品やアクセサリー、靴、薬、土産品など多岐に渡る店が並ぶ表通りだった。


 人通りが少なく、酒や煙草、強い香水の臭いが入り混じり、犬や野良猫の糞尿やゴミがあちこち転がる裏通りと違い、表通りは清潔が保たれ、人通りが多い分常ににぎやかで明るい。

 朗らかな笑い声や話し声が通りのあちこちで響く中、アードラは売春宿の女主人から聞き出した住所を元に、ある店を探し回る。白、ピンク、水色、黄色など、パステルカラーの外観が特徴的な一階または二階建ての建物群の、看板を順に目で追っていく。割とすぐに目的に添う店は見つかったが、店の雰囲気や客の多さから違うと判断する。そもそも聞いた場所とも違う。犯人の人物像から思うに、大衆向けで人の多い店では買わなさそうだ。

 行く先々でも似たような店を数軒横目に通り過ぎたのち、女主人から聞いた場所であり、アードラが思い描いてた通りの店にたどり着いた。


 重厚な黒煉瓦造りのその店は、一瞬裏通りに戻ったのかと錯覚する程、寂れた雰囲気の店だった。小さな採光窓のみしかなく、店内の様子は外から伺えないが、その方が店の意向にも添っているだろう。日当たりも悪く、いかにも一般客や一見はお断りという雰囲気だ。けれど、いかに辛気臭い雰囲気だろうが、アードラが気後れする筈もなく、重そうな金属製の扉を開く。


 麝香の独特の香りが店中に漂っている。

 扉のすぐ真横のカウンターで、分厚い眼鏡と無精髭の、垢抜けない感じの店員がアードラを無言で一瞥……したきり、ウンともスンとも言葉を発しない。アードラも陰気な店員を無視し、店内を見回ることにした。


 フロアにある背の低い棚には、半裸もしくは全裸女性の大判写真が飾られ、多くの大人の玩具ラブグッズ、避妊具、変装衣服や小道具コスプレグッズなどが並んでいる。けれど、アードラはその棚は素通りし、壁沿いの本棚へ真っ直ぐ向かう。

 本棚には『巨乳/貧乳』『年上/年下』『制服』など区分ジャンル分けされた膨大な量の官能小説が並び、その中から『NTR』という分野を発見すると、アードラは適当に一冊抜き取り、カウンターへ。あとで絶対に経費で落としてもらおう。


「あのさぁ、お兄さん。ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 支払いがてら、店員に話しかけると、「はあ……、なんすか……」と、ぶっきらぼうかつ無気力な返事が返ってきた。


「この店にさぁ、この手のジャンルの本、『ネトラレ』……だっけ?よく買いに来た客いなかった?最近、女の子が吸血鬼に襲われて何人も殺された事件を調べててさ、なーんか手掛かりないかと」


 左手の甲の刺青をわざと見せつけながら問うも、店員は「はあ」と相変わらず鈍い返事をするのみ。


「もしかして、双頭の黒犬シュバルツハウンドって知らない?」

「はあ……、賞金稼ぎ集団でしたっけ。一応知ってますけど……。客のことなんかいちいち覚えてないっすね」

「でもさ、例えば、常連レベルで通ってるヤツだったらさすがに顔くらい覚えてない?」

「さあ……」


 無愛想な上に、(一応は)客相手に露骨に迷惑そうな顔を見せる店員に、アードラは実にさわやかないい笑顔を見せると、カウンターに右手を叩きつけた


「こっちもさぁ、仕事なんだよね。警察がまだ嗅ぎつけてない情報があるなら、どんな些細なことでも知りたいじゃん?もうちょっと真面目に答えてよね」

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