第140話 (大遅刻の)ポッキー&プリッツの日
※時系列は五章前半~メルセデス邸での夜会の間くらい。
メルセデス邸への夜会に向け、衣装合わせを行った夜。
珍しく精鋭全員揃ったため、地下の酒場で酒盛りをしていた時のこと。
「あのさ、今からちょっとしたお遊びやってみない??」
アードラが左手でヴァイスビアーの空瓶を振りながら、右手で掌サイズの長方形の箱を皆の面前にかざし、全員にこう告げた。
「なにそれ」
「最近新発売したとかいう、チョコレート加工したプレッツェル。飲み屋のおねーさんがくれた」
飲み屋のおねーさん、という単語にラシャは露骨に嫌な顔になり、そこから先は黙ってしまった。代わりにミアが「そのお菓子がどうかしたんですか??」とアードラに問う。
「これも飲み屋のおねーさんに教えてもらったんだけど」
「あー、もういい。飲み屋のおねーさん連呼でろくでもない予感しかしないんだけど」
「ラシャは黙って。勝手に決めつけないでくれる??」
ラシャは目尻を跳ね上げ、即座に言い返そうとしたものの、『言うだけ言ってみなさいよ。くだらなかったら承知しないんだからね!』とアードラをひと睨みするだけにとどまった。
ラシャの意図が伝わったかどうかは知らないが、ひとつのテーブルに精鋭たちを集めると、アードラは『新発売の菓子を使ったお遊び』とやらの説明を始める。
ちなみに、ノーマン、イェルク、ルーイに対しては「おっさんたちと未成年は止めておいた方がいいよ。いろんな意味で事故りそう」となぜか参加を拒んでいた。 (ノーマンはごねたが、イェルクとルーイは言われなくても別に参加したくないし……と呆れていた)
「……と、いうわけで、より多くこの菓子を食べた方が勝ち。折ってもダメ、口から離してもダメ、目を逸らしてもダメだから」
「やっぱりくだらん!!」「やっぱりくだらないじゃない!!」
アードラの説明が終わるや否や、スタンとラシャが同時に叫ぶ。
「なに、勝つ自信ない訳??」
「「そういう問題じゃない!!」」
「別にいいよ。やらなきゃやらないで不戦敗ってことで」
不戦敗、の単語にスタンとラシャは言葉をぐっと詰まらせる。
その横で「俺は不戦敗でもかまわない」とカシャがぼそっとつぶやく。
「スタンとラシャとカシャがやらないって言うなら、僕一人でミアとロザーナ相手するけどいい??」
「「いいわけない!!」」
「じゃ参加してよね」
スタンとラシャは互いにちらちら、どうする、と目線を交わし合う。
「「……わかった。やる」」
女子二人を(スタンはロザーナのみだろうが)アードラの餌食にさせてたまるか、と瞬時に意見がまとまったらしい。
かくして、控えめにかつ頑なに不戦敗を主張するカシャを除く五人で、件のお遊びが開始された。
①スタンVSアードラ
チョコレート加工の長細いプレッツェルの両端を互いに咥えると。
スタンは真正面から睨みつけながら、アードラは涼しい顔で鋭い視線を受け止めながら、両者共に慎重に、リズミカルにかじっていく。食べ進める速さも同程度だ。
これはいい勝負かもしれない。プレッツェルはどんどん短くなっていく。もうあと少し、両者の間でプレッツェルが5㎝程の短さとなった時だった。
アードラが急激にスピードを上げていく。
涼しい顔のまま、間近に迫りゆくアードラともう少しで接触する間際、スタンは思わず身を引いてしまった。
「あー接戦だったのに!」
ラシャのくやしげな声と、プレッツェルが折れる音が重なる。
「ビビったら負けだよね」
「うるさい黙れ」
自らの失態に憮然とするスタンに「もう一回チャンスあげるよ」と、アードラはロザーナを手招いた。
②スタンVSロザーナ
チョコレート加工のプレッツェルの両端を互いに咥え、アードラが「はい、始めー」と呼びかけたと同時だった。
何を思ったのか、ロザーナはプレッツェルから口を離すと素早い動きでスタンの口から奪い取る。
「あ、それは反そ……」
反則と言いかけて、アードラは口を噤む。
プレッツェルを奪い取るやいなや、ロザーナは問答無用でスタンの唇を奪ったからだ。
ラシャの甲高い絶叫、カシャが徐に目を逸らし、ミアの目元を覆い隠すなどする横で、「ゲームの意味なくない??」と、アードラがひとり褪めた顔で冷静にツッコんでいた。
③アードラVSラシャ
「スタンが恥ずか死んで使い物にならなくなった」「不本意だけど」「マジで不本意だけど」とか何とか言いつつ、再びチョコレート加工したプレッツェルを咥えたアードラの対面に、挑戦的な目つきでラシャが反対側を咥えた。
ラシャは子リスみたいにさくさくさく、かろやかな音を立て、アードラより速いスピードで食べ進めていく。負けじとアードラも、表情こそ余裕げだがスタンと対戦した時よりスピードを上げて食べ進めていく。
やがて、互いの顔が目と鼻の先まで迫ると、ラシャは、ぶん!とプレッツェルを咥えたまま勢いよく横へと振り回した。プレッツェルは折れるかと思いきや、アードラの口から離れていく。
「ふふん」
「偉そうに勝ち誇ってるところ悪いけど。はい、失格」
「なんでよ!」
「奪い取るのも反則だし」
ぶー!と頬を大きく膨らませると、ラシャは悔し紛れに咥えたままプレッツェルを食べようとした、が。
「どうでもいいけど、それ食べたら間接的に僕とキスすることになるよ?いいの?僕は別にいいけどさ」
「ん゛んん~~~!!」
今すぐにでも、ぺっ!と吐き出したい気持ちと、食べ物を粗末にしたくない気持ちとが鬩ぎ合い、ラシャはキレながら大いに困惑する。困惑通り越して混乱した。
すっかり短くなったプレッツェル咥えたまま、言葉にならない声でヒステリックに呻き、両手で頭をかきむしっていると、太く浅黒い指先がラシャの口元に伸びる。
「あんまりいじめてくれるな」
「過保護。シスコン」
「お前は調子に乗り過ぎだ」
ラシャから奪い取ったプレッツェルを自らの口に放り込むと、カシャは静かにアードラを窘める。残念ながらアードラには暖簾に腕押しでしかなかったが。
④ミアVSロザー ナ
「トリはやっぱ女子同士でしょ」という謎理論から生まれた対決は、ミアに任務以上の緊張を強いた。
ミアの緊張ぶりは凄まじかった。
チョコレート加工したプレッツェルを咥えた瞬間、プレッツェルが今にも折れそうなくらいプルプル激しく振動する程である。
「開始前から折らないでよ??」などとアードラが煽るものだから、振動は益々激しくなる。
『ぶるぶるぷるぷるプレッツェル』と名付けられそうに揺れ動くプレッツェルを、ミアはもちろん、ロザーナも慎重に、ゆっくり少しずつかじっていく。
折れそうで折れない、絶妙なスリルと緊張感はミアたちだけでなく、周囲も味わっているらしく、皆固唾を飲んで成り行きを見守っている。アードラでさえ、無駄口や煽りもなく、黙って眺めている。
プレッツェルが残り1/3あたりまできた。
緊張が益々高まり……、そうになって、突然、ロザーナが自らプレッツェルをパキンと折った。
「なに??ミアへの譲歩??」
アードラのロザーナへの問い。
え、そんなっ、と、ショックを受けるミアをちら、と横目で見たあと、「んー、そんなんじゃないけどぉ」と、ロザーナは気まずげに笑う。
「じゃあ何」
「このプレッツェル、甘過ぎて食べるのイヤになってきちゃったのよぉ」
甘くなかったらもうちょっと頑張れたんだけどぉ、と悪びれないロザーナに、アードラも「あっそ」と言うより他がなかったのだった。
※以上です。
※この人たち、真面目にポッキーゲームする気ないですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます