第138話 ブラックコーヒーを克服する方法⑦

 会話が途切れた隙にコーヒーを口に含む。

 オススメされただけあって、温くなりつつあっても苦味が増すこともなく。お子様舌のミアでもまだ充分美味しくいただけるし、程よく甘いヴァニラの香りもほんのりと残っている。


「えっ……と、さっきの話の続きなんですけど」

「……??なんだ??」


 嫌な顔されるかと思い、内心びくびくしながらの再びの問い。

 イェルクは戸惑いこそすれ、嫌な顔ひとつせず正面からミアを見据えてくる。


「私、誤解の原因になった光景見て、気づいたら泣いてたんです」


 イェルクは黙ってミアの話に耳を傾けているが、戸惑いの表情が更に深まっていく。

 だが、口を挟んだりはせず、話の続きを静かに待ってくれている。


 困惑していてもまっすぐに目を見て、話を聴いてくれるのは大変嬉しいしありがたい。

 反面、真面目で誠実な態度ゆえに却って言い出しづらくもあったり。


 今すぐ記憶が飛んで、全部なかったことにしたいくらい恥ずかしい。

『なんちゃって!』って笑いながらごまかしたい気持ちを抑え込む。



「ちょっと話が前後しちゃうんだけど……、実はその日よりももっと前に、吸血鬼城での定例会議に集まった親族と、刑務所で面会したお爺様に、『そろそろ伴侶について真面目に考えなさい』って叱られたんです」

「伴侶……??」

「吸血一族の長は二十歳になったら伴侶を迎えなきゃいけない掟があるんです。それで、その……、えっと……」


 イェルクの視線が初めてミアから外れ、椅子の背面にぐっと広い背中を深く預けた。

 大きな両掌が額に宛がわれ、「いやいや、まさか」とつぶやく様に皆まで言わずとも伝わったと伺い知れた。


 反応の意味は良いのか悪いのか。ミアでは判別し難く、話し続けていいものなのか迷ってしまう。

 が、どうせ砕けること前提なのだ。この際全部ぶちまけてしまった方が後腐れない、と、思いたい……。


「私の場合、同じ吸血鬼じゃなくても人間でもいい、ってお爺様から言質取りました。だから……、あのっっ……!私の伴侶になってください!!!!……って、あ――!?!?ま、間違えた、間違えちゃった……」


『イェルクさんのことが好きみたいなので』


 肝心の言葉をすっ飛ばしてしまった……。



「ち、ちがうの、違うんです、あ、違わない違わない!そうじゃなくて……、ううん、そうなんだけど!!!」

「……ミア。落ち着きなさい。落ち着いて頭の中を整理しようか」


 額に宛がわれていた掌が肩に触れ、深呼吸を促してくる。

 ゆっくり息を吸い吐き出す。何度か繰り返すうち、次第に頭も心も落ち着きを取り戻していく。


「も、もう一回、言い直させてください!その……、私も最初はお爺様たちに焚きつけられたせいで、身近な人たちの中からの消去法で気になったのかなって思ったの!でも違ったんです!!あの路地でイェルクさん見かけたときにすっごい悲しくなっちゃったのは、たぶん、す、すすすす、好きなんだと思うんです!!!!」


 言った!!言い切った!!

 あとは野となれ山となれ!!!!


 居ても立ってもいられず、勢いよく椅子から立ち上がる。

 すると、勢い余って立ち上がると共にがたん!と椅子を倒してしまった。


 うう、なにやってるんだか。本当に締まらない……。


 椅子を元に戻そうと持ち上げかけた時、イェルクの手が椅子に伸びる。

 あ……、と思う間に元に戻すと、イェルクは座面をぽんぽんと叩き、手振りで座るよう示される。


「うう、ありがとうございますすみません……」

「うん、とにかく一旦落ち着きなさい」

「はい……」


 袴スカートをぎゅうっときつく握りしめ、イェルクの顔色をちらと窺う。

 大きな身体を少し前に屈め、羽織の袖の中で腕を組んでいる。彼が思案に耽る時、思い悩む時にする癖だ。


「……君の気持ちは理解した。まずは礼を言おう。ありがとう」


 彼らしい、誠実な言葉。

 しかし、次に来る言葉は期待より覚悟を決めて聴かねばならないだろう。


「正直に話そう。実は俺も少し混乱している」


 間違いなくフラれる。絶対そうに決まっている。

 覚悟を決めていた筈が予想外の言葉に、折れそうなくらい首を傾けてしまった。


「この歳になって、だ。十五も年下の、娘のような妹のような若い娘によもや告白なんてされるとは」

「ね、年齢なんて関係ありませんっっ!!」

「そうだ。君の言う通りだ。俺は年だけは取っているが、こういったことはあまり慣れていない……」

「……へ??」


 またもや意外過ぎる言葉に今度は反対側に大きく首を傾ける。


「え、でも、誰かとお付き合いとか……」

「あるには、ある……。が、若い頃は勉強漬け、激戦区での軍務でそんなにかまける余裕はなかった上に、今じゃ四肢の四分の三が機械だ」

「え、だって、その……、お店の女の人は」

「…………それとこれとはまた別なんだ…………」


 イェルクの声量が普段の十分の一まで小さくなっていく。

 よくわからないが深く突っ込んで欲しくなさそうなので、この手の話題を振るのはもうやめておこう。


「あの!私は変なところで抜けてる癖に賞金稼ぎやってたり、吸血鬼の長なんて責任重大な役割も兼任してるじゃないですか!たぶんなんですけど、同年代やちょっと年上の男の子じゃ荷が重いと思うんです!それに私の立場のせいで変に遠慮されそうで」

「そんなことは……」

「あります!充分あると思います!!私、イェルクさんが私の責任ある立場を理解しつつ、仲間としてだけじゃなく普通の女の子みたいに接してくれるとこにすごく救われてるんですっっ!もちろん他の皆もそうなんだけど……、イェルクさんだけ特別に感じるんです。なんでそう感じるかとはよくわかんないですっ!わかんないんだけど!!」


 だんだん駄々っ子みたいな口調になってきた。

 恥ずかしいしみっともないけど、言葉は堰を切ったように口から飛び出し続ける。


「今すぐじゃなくて全然いいんです!私が二十歳になるまでの二年の間に伴侶になるのを考えてくれませんか?!その間で私への気持ちが変わらなかったら諦めます!!」


 再度言った!言い切った!!

 もうとりあえず思い残すことはない!!


 完全に冷めてしまったコーヒーの残りをぐい、と一気に飲み干す。


「じゃ、じゃあ、私、戻ります……!」


 空のカップを握りしめ、席を立ちかけると「待ちなさい」と呼び止められる。

 え、え??と中途半端に腰を上げた状態のミアに、イェルクは至極真面目な顔で言った。


「君の気持ちは受け取った。そこまで真剣に考えてくれていたなら、俺も真剣に考えよう」

「…………」

「伴侶云々は現状じゃ約束できない。……が、まずはできるだけ仕事以外で共に過ごす時間を増やしてみようか??」


 静かに立ち上がると、少し照れたような顔でイェルクはミアの頭をぽんと撫でた。

 その顔につられ、ミアもはにかむ。

 子どもをあやすような手つきに不満はなくもない。でも、今はまだこれで充分だ。





 ※これにて番外編終了。また別の番外編始まるまでしばらくお待ちください。

 ※今話の後日談(イェルク視点)SSを活動報告に近日中に上げます。

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