第134話 ブラックコーヒーを克服する方法③

 それから数日が経過した。




 雲一つない快晴の空。吹き渡る潮風が心地良い。

 山で暮らしている分、余り訪れる機会のない海辺でゆっくり散歩したい。

 泳ぐのはちょっと自信がないけど、足先をちょっとだけ海に浸してもみたい。

 他にも海でやりたいことはもっとある。あるのだけれど。


 残念ながらミアが今現在この場所──、海の近くにある、機械製品の廃棄場に身を潜めているのは当然仕事のためだった。


 何年も(下手をすると十年以上経過しているかも?)放置されている廃棄場を囲む鉄条網は雨風や強い日差しに晒され、全体が錆ですっかり赤茶けている。

 今にも崩れ落ちそうな、うず高い廃棄物の山も大半が赤茶色に変色。自動車や自動二輪車の部品だったもの、それから……、機械義肢だった物。ちょうどミアの足元にも赤錆だらけの機械の手首が転がっている。

 雪崩が起きないよう、ミアはそれを慎重に拾い上げ。汚れをそっと払いのけながら、イェルクのことを思い出す。


 あの後──、イェルクは挙動不審なミアを気遣い、普段は日付けを越える直前くらいまで共に研究を行うのに、二十一時前には自室へ帰されてしまった。彼は普段と変わらず夜中未明まで一人続けていただろうに。


 ヴェルナーが意味深なこと言わなければ、ううん、人のせいにしてはいけないし、仕事に支障きたすようじゃダメ。人に言われたからつい気になってしまっただけなんだし、早く調子を取り戻さなきゃ。


 小さく頭を振り、手にした機械義肢の手首を足元へ置き直……、置き直そうとして動きを止める。

 赤錆塗れの鉄条網を複数名の男たちが潜った。彼らが醸す雰囲気からミアが待ち伏せしていた今回の標的だ。

 廃棄物の陰に隠れたまま、彼らに向けて手にしていた機械義肢をひゅっと投げ込む。


「いてえ!!」

「誰だ?!」


 瞬時に騒然とし、各々銃を構えた男たちに向かって猛スピードで滑空する。

 次々撃ち込まれる銃弾はミアの身にも、蛇のようにしなる長い黒髪にも掠らず。

 目にも止まらぬ身のこなしに怖気づき、照準がぶれぶれの弾筋など余裕で避けられる。蝙蝠羽根の風圧で易々と銃弾を弾き、ミアは自らの銃を構えた。


「うわぁああ!!」

「く、くっせえええ!!」


 ペイント銃を次々と男たちの顔面に命中させれば、痛みと悪臭に身悶える。

 今年は特に、住処の城一帯の森でカメムシが大量発生した。ペイント弾に混ぜるすり潰したカメムシの量も三割増しである。何を隠そう、銃を扱うミアですらときどき吐き気をもよおす程激烈な臭いだ。だからと言って攻撃の手を緩める気などない。


 身悶える男たちの頭上で滞空し、ひとり、またひとりと頭を蹴りつける。

 踵と爪先に鉄板が仕込まれた黒いショートブーツでの蹴りをまともに食らい、男たちは続々と地に伏し。羽根を拡げたまま、ミアが地面へ降り立った時には彼女以外に意識ある者はいなかった。


 ふう、と息をつき、黒革のウエストポーチから捕縛用の縄を出し、男たちを手早く拘束していく。

 ロザーナが精鋭の長に任じられて以降、簡単な仕事は単独任務で行うことが増えてきた。

 最初はあたふたと焦ることも多かったが、近頃はだいぶ慣れた。


「よ……っし、完了!」


 ピアス型受発信機を弄る。


『ミアか。早かったな』

「はい。あとは警察に連絡、彼らを連行してもらえば終わります」

『了解。今度は肝心の賞金受け取り忘れるなよ??』

「う……、は、はい……。了解、です……」


 耳が痛い。

 先日の仕事でうっかり賞金を交換しに行くのを忘れてしまったのだ。

 烈火のごとく怒ったスタンには雷を落とされ、どこからか聴きつけたアードラにはしつこくイヤミとからかいのネタにされ、とにかく散々だった。もちろん一番悪いのは、大事な賞金交換なのに失念した自分だけれど。


『二度目はない』

「じ、重々承知してます……」


 怒りを再燃させたのか、受発信機越しのスタンの声色の不機嫌さが増していく。説教が始まる前に切ってしまおう。

 指先が耳朶に触れる直前、『もう!終わったことなんだしぃ!あんまり苛めないのぉっっ!!』とかすかにロザーナの声が聴こえてきた。


『ねーえ、そんなことよりぃ』

『そんなことだと?!』

『だって最終的にはちゃんと賞金受け取れたんだしぃ。結果よければそれで良しじゃなぁい??ね??』

『た、たしかにそうだが……』

『はい!もうこのお話はこれで終わりっ!!あ、そうそう!ミアの耳ならあたしの声聴こえてるわよねぇ??』


 ええ、それはそれはばっちりと。

 相も変わらずスタンを尻に敷……、もとい、やり込め……、いやいや!

 丸め込むのが上手だなあと、感心と呆れが半々で複雑だ。


「うん、ちゃんと聴こえてるよ……、って、ロザーナに伝えてもらえます??」

『……俺を間に挟むんじゃない。少し待ってろ』


 言われた通りに数十秒ほど待つ。


『お待たせっ!あたし予定よりずっと早く仕事終わったし、ミアも夕方になる前には戻って来れるでしょ??夜ごはん一緒に食べに行こ??』

「うん、いいよ!」

『スタンさんもいいでしょお??ミアと三人でも』

「え」『は??』


 受発信機越しにスタンと声が重なった。


「あたし、この前いいお店見つけちゃったのぉ!二人と一緒に行けるなんて楽しみぃ」


 こんなに嬉しそうにされてはむちゃくちゃ断りづらい。

 スタンも同じ気持ちだろう。しかも、きっとにこにこ微笑む本人目の前に嫌とは絶対言えないに違いない。


「んー、わかった。すぐに警察呼んで賞金受け取りに行ったら、夕方までに戻るよ」


 遅くなった場合、ロザーナはともかくスタンがブチ切れかねない。

 それだけは絶対回避したいので、ミアは受発信機を切ると急いで発信先、この一帯が管轄の警察へと切り替える。


 約十五分ほどのちに警察車両数台が廃棄場前に到着した。

 賞金首たちの身柄と捕縛証明書とを交換。現場検証を始める警察官たちに軽く挨拶し、自らの羽根で急ぎ飛翔、最寄りの銀行へ。そこで証明書を提出、賞金を受け取る。あとは住処へ戻るだけ。


「はあ、疲れた」


 標的捕縛は左程労を要しなかったが、その後が怒涛の勢いで動き続けたのでさすがに息が上がる。

 汗だくで気持ち悪いし、帰ったらまずはシャワーを浴びたい。

 ただでさえ重たい銀行の硝子扉が今日は更に重たく感じた。


 早く戻らないと。

 銀行から離れ、人気の少ない路地へ。

 いくら『人間に友好的な吸血鬼』として有名でも、むやみやたらと蝙蝠羽根を広げる姿はあまり見せない方がいい。自分なりの配慮で場所を移動したのだが、そこでひどく打ちのめされる光景に出くわした。






※四話じゃ到底収まりきらなくなってきました……。

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