第131話 お姫様になれない私たち
ハイディが齎した悪夢、シュルツ元帥との会談から約二年の歳月が流れた──
昼間でも薄暗い大広間、上座のマントルピースを背に、縦に並ぶ長机に座す面々を見下ろす。
暖炉の炎は勢いよく燃え盛り、時折細かな火の粉が舞う。ミアが立つ位置から少し離れているのに、背中まで伸びた黒髪や着物の袖を焦がしそうな勢いだ。
「私は……、やはり納得できません!」
舞ってくる火の粉の勢いに負けじと、威勢の良い反発の声が上がる。声を上げたのは、いつかの昼餐会のティスティングで真っ先に挙手した女性だった。
威勢がよく物怖じしないところは美点だけれど……、彼女は少々軽率で先走り過ぎるきらいがある。
あの時も血の種類を間違えた上にハイディに小馬鹿にされていたような。
その彼女が、だ。
なぜかハイディのこの度の処遇について不満をぶつけてきた。
「何度となく一族間で話し合いを重ね、最終的に人間側の法にも則るという結論を全員で下しましたよね??どうして納得できないの??」
「ど、どうしてって……。だって……、正気に戻っていないのに死刑執行されるなんて……、あんまりにも可哀想、じゃないですか!」
ひょっとしたら、彼女はハイディの顛末にはからずも同情を覚えてしまい、ただミアを責めたいのかもしれない。もしもそうであるなら困る。
無理矢理に従わせるのは好きではないが、長という立場は簡単に口答えや反発される軽い存在でいてはならない。
「正気だろうと正気じゃなかろうとハイディが犯した罪は余りに重いの。重すぎるの。それにね」
再び喚き始めた女性を見据え、女性から一族全体へ視線を巡らせる。
それだけで室内は静まり返り、ミアの一挙手一等足を見逃すまい、一言一句聴き逃すまいと何十人もの注目が一身に集まった。
「たとえ正気に戻ったとしても、ハイディが犯した罪に向き合うとは到底思えない。あの時、私は刑務所で直に彼女と話し、命の奪り合いをしたの。彼女は吸血鬼にとっても人間にとっても百害あって一利なしだと。長として最終判断下しました。二年近くかけて考え抜いた末に。その私の決断を貴女は信用できない、と仰るのですね」
あえて表情を消し去り、感情を交えず淡々と告げれば、女性は「いえ……」とか「そういうつもりで、言った訳じゃ……、ないんです……」と、白い顔を青褪めさせ、今度こそ大人しくなった。
ミアの方が何だか申し訳なく思えてくるくらいの意気消沈ぶりに、ちょっときつく言い過ぎたかなぁ、と内心反省しかけた時だった。
『ねーえ、定例集会終わったぁ??』
「え……、あ、うん!」
耳元のピアス型発信機から、雑音と共にロザーナの声が流れてきた。
慌てて耳元を押さえ、人目を気にして電話でもするかのように、身を屈めてこそこそと応答する。
もちろん、こそこそしても五感の鋭い一族たちにはモロバレしているが。
『じゃーあ!今すぐ迎えに行っていーい??』
「い、今すぐって……、ロザーナこそ今どこに」
どこにいるの、と続けるのは愚問であった。
プロペラの旋回する音がかすかに聴こえてくるではないか!
「ちょっ……、ロザーナ!わざわざ空挺使わなくても!」
『えぇー、だって早く行かないと』
『スタンの雷落ちたら鬱陶しいじゃん』
ロザーナとの会話途中なのに、アードラの回線が割り込んできた。
プロペラや空挺のエンジン音の他、細かい機械音なども聞こえてくる辺り、彼が操縦しているらしい。
『で、吸血鬼城のどこら辺まで行けばいい??秒で答えて』
「~~!!三階東側のバルコニーでお願いしますっっ!!」
最後に一言皮肉られる前に、こちらから回線をぶっつり切断。
一連のやり取りの一部始終目撃された気まずさ、気恥ずかしさから「き、今日の集会は終わりです!」と叫び、強制終了。
「ミアさま!」
「ご、ごめん!今から賞金首狩りに行かなきゃなのっっ!!」
困惑しながら口々に呼びかけてくる一族をあしらい、体当たりするように扉を両手で押し開け、廊下を駆ける。駆けながら懐に忍ばせた腰紐を取り出し、三階まで大階段を一足飛びで駆け上がっていく。
軽く息を弾ませ、指定場所のバルコニーのある大窓を思いきり開け放つ。
城内の薄暗さに慣れた視界に、雲ひとつない、抜けるような青がぱあっと拡がっていく。
その鮮やかな蒼穹に迷彩色の機体が浮かび、徐々に近づいてくる。
空挺が近づくごとに風が強く吹きすさぶ。
額の真ん中で分けた長い前髪を乱されながら、腰紐の端を咥える。
素早く襷掛けし、バルコニーの柵まで飛び出す。
「え、ちょ……」
思わずミアは柵から身を乗り出す。
目と鼻の先まで近づいてきた機体。
全開になった搭乗口からロザーナが半身を覗かせていた
「ちょー?!ロザーナぁああ?!危ないよっっ!!」
「だぁいじょーぶぅぅ!!へーきへーきー!!」
おろおろするミアなどまるでおかまいなし。
機体が柵の手前まで近づくと、ロザーナはミアに向かって更に手を伸ばした。
肩上で前下がりに切り揃えた銀髪が空の青によく映えてきれい……、なんて見惚れてる場合じゃない!
「ホント、危ないから!」
「えー、でもぉ、今日羽根生やしてないでしょお??」
「羽根なくてもこのくらいなら跳べるから!」
見るに堪えかね、軽々とバルコニーの柵に乗り上げ、ロザーナの手に掴まって搭乗口まで跳ぶ。ミアが乗り込むのを確認すると、ロザーナはあっさりと扉を閉めてくれたのでホッと胸を撫でおろす。
「ミアー、おっつかれちゃーん!」
「ラシャさん!一緒にいるならロザーナ止めてくださいっ」
「いや、ミアが止められないのにアタシが止められる訳ないじゃんねー??」
目が覚めるような鮮やかな橙色のコーリャン服姿のラシャに抗議を申し立てるも、逆に開き直られてしまった。たしかにそうなんだけど!そうなんだけど!!
「ねーえ、久々の共同任務だしぃ、みんなで仲良く仕事しよっ??」
「別にケンカしてる訳じゃ……、あ、スタンさんから回線が」
「うっわ、やっば!雷落とされる前に標的の居場所行かなきゃ!!ほら、あんた達も武器持って!!」
「はい、ミアの!」
ラシャが急いで擲弾発射器を抱える横で、ロザーナがミアの武器を、カメムシペイント銃とホルスター、電流黒棒を受け渡す。
『おい、ミアは無事拾えたか??』
機内上部に取り付けた
「うん、ばっちり拾ったからぁ」
『ならいい』
「あとは標的の居場所に一直線で向かうだけだし、あんたは優雅に紅茶でも飲んで朗報待ってたら??ひとり寂しく」
「アードラぁぁああ!!あんたはいつもいつも一言多いんだってっっ!!」
操縦席の閉ざされた扉に向かってラシャが盛大に怒鳴りつけるが、扉越しに聴こえてきたのは鼻で笑う声のみ。音響装置からはラシャの怒声でも掻き消えない程の、これまた盛大かつ深く長いため息が流れてくる。
『……何でもいいが、標的捕縛だけはちゃんと遂行してくれ。健闘を祈る』
またひとつ疲れ切ったため息を残し、スタンの声が途絶える寸前。
四人の口から出た同じ言葉が偶然にも重なった。
「「「「了解!」」」」
(了)
※これにて本編終了。長きに渡る連載を最後までお読みくださり、ありがとうございました。
※本編は終了しましたが、いくつか書きたい番外編や後日談があります。その内、不定期で更新できたらと思いますので、その時はまたよろしくお願いします。
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