第122話 相反する本音
(1)
空に拡がる闇の濃度が徐々に薄まりつつあった。
付き従う吸血鬼たちを時折振り返りながら、ミアは全力で刑務所目指して夜空を疾駆する。
到着する頃、刑務所はすでに阿鼻叫喚地獄か……。
覚悟を決め、誰よりも早く運動場へ着地。
運動場から高い壁を越えようとしていた吸血鬼囚人、吸血鬼化した看守数名がミアの姿を認めるなり、壁から飛び降り襲いかかってきた。
「ミ、ミア様!」
運動場へ近づきつつある仲間たちの悲鳴が上空よりこだます。
乾燥した地面から一歩も動くことなく、ミアは声を張り上げる。
「みんな!用意して!!」
ミアが叫ぶと上空でごそごそ、もぞもぞと一斉に仲間の影が動き出す。
影たちの動きを確認しながら、降ってくる吸血看守たちへ向かって口を大きく開く。
その口から発されたのは、昨今のカナリッジで大人気の歌姫の最新曲。
聴く者の気分を高揚させ、大きな感動を与える名曲だ……、が、しかし。
「う……、や、やめろ……。うがぁああ!」
「みみ、耳……、耳がぁ!耳がぁああ!!」
「いっそ止めを刺してくれ……、うっ……」
情けない断末魔を上げ、吸血看守たちは次々と力なく地面に落ちてくる。
上空から運動場へ近づいてくる仲間たちは口々に、「み、耳栓して良かった……」と心の底から深く安堵していた。
「く、くそ!こんな下手くそな歌にやられるなんて!!」
中には、気持ちだけは最大限に奮い立たせて襲いかかってくる者もいた。
ミアはその都度叩き伏せ、血液カプセルを飲ませ、動きを封じる。
「いつまでも足止めされてるわけにはいかない!ついてこれる人は私についてきて!運動場に残る人たちは吸血看守たちを絶対外へ出さないで!!絶対に!何としても!!」
叫びながら開場されっぱなしの玄関扉から最大限の警戒を抱き、注意を払い、突入。
歌いながら進めばあとは楽だった。
どこを見渡しても鉄格子に囲われた屋内にいた吸血鬼たちはすでに息を引き取っているか、襲いかからずぼんやりしていた。
ぼんやりしているのはロザーナ達が血液カプセル飲ませたのだろう。即、攻撃をやめるよう命じればおとなしく従ってくれた。
こういうやり方は本当好きじゃないけど、私情は捨て去らなきゃ。
それよりも一刻も早くロザーナたちを見つけて合流しなきゃ。
ロザーナ達がいそうな場所を探り当てようと、キィキィ鳴き、超音波で探る。
しばらく鳴いていると、それらしい気配を察知。おおよその目星はついたが、問題がある。
三人がいるであろう部屋の真下はすでにハイディの配下が大勢占拠していた。
「みんなごめん。先急がせて」
「ミア様!」
仲間の不安をよそに廊下を駆け、更に声張り上げて歌う。
否が応でも敵に気づかれる前に──、突入するしかない!
とうとう例の図書室(だった部屋)の前まできた。歌いながら電流黒棒を構える。
ミアに気づいた吸血看守たちが、破壊され、もはや機能を果たさなくなった扉へ、わずかな影に隠れるミアに向かって発砲……、されるよりもずっと早くミアは彼らに全力で飛びかかった。
「ミア様!」
「みんなは下がってて!」
「ですが!」
「だいじょうぶっ!!」
凶悪な服役囚、更には人外相手の刑務所勤めの彼らは決して弱くなどない。
しかし力では負けても素早さ、動体視力、反射神経はミアの方が断然勝る。
矢のように向かってくる弾の弾道を、伸びてくる多くの拳を見切り、躱し続け。隙をついて急所に近い部位へ電流黒棒を叩き込む。
「あんな害獣みたいなガキ、なんで仕留められないんだ!」
「害獣だなんてひどい!し、失礼なっ!!」
「ぎゃっ!!」
さすがにムカついた。
害獣発言した吸血看守の顔面に飛び蹴りし、他より強烈な一撃を肩へと見舞う。私だって怒るときは怒るんだからっ!
着地はせず、蝙蝠羽根で旋風を巻き起こす。
風圧に怯み、看守たちの動きがわずかに鈍る。その機に乗じ、黒棒の持ち手を上下に激しく振る。
すると持ち手の底がぱかりと開き、三cm程の黒い砲弾に似た弾が複数個落ちていく。
「バカか!爆弾など落としたらお前も巻き込まれて……」
「爆弾じゃないから!」
「なに?!」
「爆弾よりある意味破壊力あるかも。巻き込まれたくないなら逃げた方がいいよ??あ!みんなはまた用意して!!」
あれが床に落ち切る、もしくは誰かにぶつかったら最後、自分まで精神的に殺されかねない。
そんな目に遭ったらロザーナとスタンたちへの援護どころじゃなくなってしまう。
天井に空いた大きな穴からはロザーナたちと──、ハイディの声がはっきりと聴こえてくる。
さっきの弾が落下しきったのだろう。下から強烈な異臭に噎せ、えづき、咳き込む声が相次いでいる。歌いながらも、ミアも思わず鼻から口を塞ぐ。
「な、なんだこの臭いは?!」
「ぶおうえぇええ!!」
予想通りの反応に苦笑が漏れ、ほんの少しだけ同情を覚える。
あの黒い球は落下して割れたあと、強烈なカメムシ臭が充満する仕組みになっていたのだ。
歌声による
歌とカメムシ球のお陰でほぼ無血で抜け出せた──、本番はこれからだ。
(2)
上階へ到着するなりミアが目にしたのは、左目を潰されたスタンと彼を支えるヴェルナー、ハイディに斬りかかるロザーナだった。
床の穴を境に対岸に分かれた二人の内、どちらへ行った方がいいのか。
迷いが生じかけていると、両手で耳を抑え、片膝をついたスタンが叫ぶ。
「俺にかまうな!ロザーナに加勢しろ!!」
「了解っ!」
「ちょろちょろ、ちょろちょろと鬱陶しい限りね!!」
怒りで燃え滾ったハイディの真っ赤な瞳がぎらぎら、薄闇で禍々しく光る。
それだけじゃない。つい先程まで痛みで蹲っていた筈が、何事もなかったかのように平然と立ち上がったのだ。
何もかもを燃やし尽くし、すべて灰に帰しかねない激しさは身体の痛みすらも凌駕したのか。
ロザーナが繰り出した
信じ難さに目を大きく見開くロザーナに、一部始終を間近で見てしまったミアに。ハイディは冷たい嘲笑を浮かべる。
「ロザーナ……」
ロザーナに駆け寄ったミアは息を飲む。
再びハイディを狙い、双剣を構えたロザーナの表情はゾッとする程冷え切っていた。
無機質、無慈悲、無情。普段の優しさと温かさに満ちた笑顔をなくした怜悧な美貌に畏怖の念すら覚えてしまう。
「ミア」
「ひ……、な、なに」
「邪魔しないで」
『ごめん』の言葉すらも言えない。端から求められてもいない。
硬直するミアに見向きもせず、ロザーナは一歩、二歩とハイディへと近づいていく──、かに思われた。
「……てね」
「…………」
聞こえるか聞こえないかの声でのつぶやきに耳を疑った。でも、ミアの耳にはしっかりと届いていた。お陰で硬直した身体も心も解けていく。
『でも、これはダメだと思ったら迷わず助けてね』
「まかせて」
そうつぶやいた直後、ロザーナはハイディの前へ再び飛び出していった。
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