第118話 神様などいないことを知っている⑤
(1)
闇の中、駆け寄ってきたミアの表情がわかりやすくはっきりと曇り、赤々と光る瞳がイェルクを無言で咎めてきた。
「
「見ればわかります。ただの吸血鬼っていうだけならイェルクさんが乱暴働くわけないもの」
口ではそう言いながらもミアの厳しい表情は変わらない。
泡を噴き、完全に気絶したイモの首を掴む両手が自然と離れる。駄肉に包まれた身体が再び地に落ちていく。
「何があったんですか??教えて下さい」
「何が、って……」
厳しさを増すミアの視線と声音によって、イェルクの冷静さは戻りつつあった。
その証拠に、イェルクの正面に立つミアの後方、教会の門前に集う大勢の人影に気づき始めていた。
「あれは……」
「お爺さまが住処へ送り込んだ
「そうか。よくやったぞ!」
「ありがとうございます。褒めてもらえたのはうれしい……、んですけど、今は私の質問に答えてください」
ミアが照れてはにかんだのは一瞬のこと。すぐに元の厳しい表情に戻った。手厳しくなってきたものだ。仰向けに横たわり、
「
「え……??」
「信じられないだろう??逃げ出したラシャへの報復のため、ハイディマリー嬢の配下となり何年もかけてコーリャン人街に潜伏、報復の機会を狙っていた」
「そんなっ……!」
「そしてもう一つの避難先に指定した教会に、この男は爆弾をしかけた。アードラは一人で残り、爆弾解除作業中……の筈だった」
ミアの顔が今度は不安によって曇り出す。
現状を改めて口にすることで再燃する怒りを、一度、強く奥歯を噛みしめ、ぐっと堪える。
「実は爆弾仕掛けたことは嘘。この男の言い方から察するに爆弾以外の、爆弾以上の罠が仕掛けられている可能性が出てきた」
「可能性、なんですか??確実、ではないの??」
「あぁ。この男は挑発や匂わせばかりでどこまでが嘘で本当かが、はっきり掴めない。だから、今さっきカシャとラシャがアードラの元へ駆けつけていった……、以上がこちらの現状だ」
了解、とつぶやくとミアは真剣な顔で思案し始めた。
イェルクは改めて門前に集まった人影たちへ目をくれ、棒立ちで逡巡するミアを置いてそちらへ歩み寄っていく。
彼らに近づくにつれ、不安と怯えに苛まれる様子が夜気の冷たさと共に伝わってきた。ルーイとエリカの宥めるような、励ますような声も耳に届く。
「先程はお見苦しいところを見せてしまい、大変失礼した!」
「し、師匠っ! 声でかいっっ!! でかすぎますっっ!!」
警戒心を解こうと努めて明るく呼びかけたら、逆に怖がらせてしまったらしい。
吸血鬼達は皆一様に、ギャッ!とかきゃあっ!とか悲鳴を上げるし(その中にはエリカまで含まれていた)、ルーイにはすかさず窘められてしまった。
「んん! すまんっ!」
「だーかーらー!!声でかいんですって!!」
「ル、ルーイもだよっ!人のこと言えないんだからね……!」
エリカの突っ込みに、う、と言ったきり、ルーイは口を噤んだ。
ところが、非常時に拘わらずある意味和やかな三人の姿が、逆に吸血鬼達の警戒心を解くことに繋がった。その証拠に、彼らが纏う張り詰めた空気が少しだけ緩む。
「今、あちらで伸びている男だが、人間に多大な害を及ぼすと判断したがため、あのような行動を取ってしまった。しかし、少々行き過ぎた行動だったのは事実。折角、ミアに従ってくれた貴方がたにいらぬ恐怖と不安を与えてしまったこと、心からお詫び申し上げる」
真摯に、誠実に。言葉を尽くし、吸血鬼達の恐怖と不安、不信などマイナスな感情を少しでも取り除かなければ。
「貴方がたはミアを吸血鬼の長と認め、従ってくれた。ならば、我々が保護すべき人々だ。早速中へ案内しよう」
「お気持ちはありがたく受け取ります。ですが、その必要はありません」
輪の中から、誰かがはっきりと断ってきた。
「誤解しないでくださいね。貴殿の申し出は本当にありがたく思っています。しかし、我々が従うのはミア様の命令のみですので」
うーん、と唸るイェルクに「師匠ー、オレやエリカも中に入ればいい、って何度も言ってるんだけどさぁ、聞いてくれなくて」と、困った顔でルーイが打ち明ける。隣でエリカも、うん!うん!と何度も頷いている。
吸血鬼という種族はなぜ、変に頑固者が多いのか。
盛大に吐きだしそうな溜息を押し殺し、イェルクはミアの元へ踵を返す。
ミアはまだ何かを思案していた。邪魔するのは忍びないが、いい加減現実に戻ってきて欲しい。
「ミア。少し話を聴いてくれないか。彼らは」
「……アードラさんはカシャさんたちに任せます」
「ん??」
「私は今からハイディが収監されてる刑務所へ向かいます」
「そうか……、で、彼らは」
「私と同じく飛行能力有するか、飛行能力に匹敵する高い身体能力有する人たちは一緒に刑務所へ来て欲しい。その他の人たちはこの教会で待機をお願いします」
門前へ向かっての言葉を発した声は決して大きくはないのに、なぜかよく通っていた。当然、彼らにも声はちゃんと届いた。
「イェルクさん。置いていく人たちは貴方にお願いします」
そう告げた柘榴の双眸は平時の気弱さは見る影もなく、代わりに凛と強い意思が宿っていた。
(2)
聖堂の窓という窓が爆破される寸前、咄嗟にアードラはモッズコートのフードを被り、その場に伏せた。
注意を最大限払いながら身を起こし、堂内の惨状を確認。
床に余すことなく飛び散った硝子片や木片に混じって、手榴弾の破片らしきものを発見した。その間にももくもくと黒煙が上がり、ゆっくりと火が回り始める。
「文字通り箱入り、引きこもりの吸血鬼の癖に人間の武器使うとか生意気」
にしても、どこで手榴弾なんて手に入れたのか。
「忘れたのか。貴様らのかつての仲間達が九名も我々の傘下に下ったことを」
「あー、そういうこと」
冷静に応じつつも誰が、何処で話しているか掴むため、注意深く耳をそばだてる。すると、窓枠すらも吹き飛ばされた窓だったモノに、悪魔に似たシルエットがいくつも重なった。
「あんた達、どこに隠れてた??」
尋ねた直後、煙に噎せて軽く咳き込む。さりげなく脱出するため、数歩下がる。
「僕が爆弾の箱を取り出したの見計らって投げ込んだなら、あんまりにタイミング良すぎじゃない??」
「鐘塔だよ」
「本当に??」
「本当さ。我々の元に下った烏合が盗聴器を作ってくれてね。だからこの教会内でのお前たちの動向などすべて筒抜けさ」
「あっそ」
アードラが気のない返事をした、わずか数秒後。
今し方得意げに語っていた吸血鬼の影が落ちていく。
「人のパクッといて偉そうに。バカじゃない?? うっざ」
狙撃銃は担いでいるが、代わりにアードラの左手には拳銃が握られていた。
「言っとくけど、僕は標的の姿が見えなくても声や足音さえ聞こえれば撃てるし、いくらでも命中させられる。舐めないでよね」
「そっちこそ」
二重音声のように、己の声と重なった声につられて振り向く。青白い顔が二つ並んでいた。
背後に佇まれたら普通は気づく。なのに、今は気づけなかった……、などと悔やんでいる場合じゃない。
再び銃を構える──、構えかけて、やめる。
大きな掌が二人の青白い頭、をそれぞれ背後から掴み上げたからだった。
悲鳴を上げる間もなく、二つの頭は強制的に互いに頭をぶつけ合わせられた。
頭蓋が割れないか気になる程、ぶつけられた時の音が強烈でいささか気になった。(ミアのようなお人好しじゃないので心配まではいかない)
「あのさ、今ので死んだりしない??」
「どうせ全員悪い吸血鬼だろう」
二人の頭から褐色の大きな掌がパッと離れた。
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