第108話 窮鼠を救う①

※今話と次話はモブ視点です。 







 吸血鬼の世界はある意味人間以上に格差社会だ。

 少なくとも吸血鬼城内に限っては(城外にいる吸血鬼の事情なんて知らない。知る訳がない!)、純血で特に身体能力が優れ、蝙蝠羽根を持つ者が最上級とみなされる。純血でも蝙蝠羽根を持たない者は少し格が落ち、混血、元人間の順に格は落ちていく。その中でも身体能力や羽根の有無で微妙に立ち位置は変わる。


 自分はと言えば人間時代から今に至るまでずっと底辺だった。

 外見も性格もしなびたキュウリのようだと揶揄され続けたあげく病に罹り、高額な治療費が必要と知ると家族は自分を見捨てた。

 特別貧しくもないが裕福でもない。家族が選んだ決断を責める気にはなれない。

 それに、吸血鬼になれば新たに人生やり直せるかもしれない、なんて淡い期待もあった。でも現実はそう甘くない。


 純血や混血と比べたら、後天的な吸血鬼はどうしたって能力は劣ってしまう。

 病は完治し、身体能力も多少は向上したが……、他の吸血鬼の能力には遠く及ばない。

 吸血という行為も本能に従うより理性が抵抗を示す。が、血は絶対に飲まなければ──、血を飲み、この格差社会に馴染まなければ、逆に餌になるしかない。

 だから、純血や混血から底辺扱いされようと餌になるよりマシだ、と彼らに媚び諂い、今日まで生きてきた。城内の、他の元人間の吸血鬼は誰もが自分と似たり寄ったりな場合が多かった。


 なのに、だ。

 一人だけ、ハイディマリー唯一人だけ自分たち元人間の吸血鬼とは最初から何もかもが違っていた。


 自分を吸血したヴェルナーの息子夫婦を逆に吸血し返し、失血死させたかと思えば、一族全員の前で弾劾されても平然と受け流す。まだ成人年齢にも達していない少女が憎悪と非難の嵐渦巻く中心に立ち、『だから何??』と逆に嘲笑混りに口元のみで笑う。


 賞賛も罵倒も何一つハイディマリーに響かない。

 どんな時も彼女は過剰な程自信に満ち溢れ、堂々たる態度は純血も混血も圧倒させられた。


 それに引き換え──、自分含めここ住処の城に集まった者たちは純血、混血、後天性関係なく、能力と自信の無さ、卑屈で臆病で……、一族の中で格下とみなされている。

 でなければ、双頭の黒犬の根城への侵入など命じられはしまい。有能な吸血鬼でなく、無能の集まりである自分たちが送り込まれたのは『時間稼ぎの囮になれ』ということに他ならない。


 ひと口に侵入と言っても、羽根や特殊な身体能力を持たない自分たちは地道に山登りするしかない。

 賞金稼ぎ達に気づかれないよう、険しい山道を何時間も掛けて登り、噂に違わぬ白鳥のごとき美城へ到着した頃には全員が息も絶え絶え。

 でも休んでいる時間は皆無。この中で比較的身体能力が高い者に城の窓という窓を確認させ──、非常に都合のいいことに一か所のみ鍵を閉めていない窓があった。


 窓が開いてなければ叩き割るしか……、どの窓も見るからに頑丈そうな硝子。叩き割るのは簡単ではない。鍵を閉め忘れるなんて初歩的な失敗を賞金稼ぎ達がやるだろうか。などと、期待していなかった分、かなりホッとした。侵入まで計画通りに運んだ!


 でも、問題はここから先。

 各窓に漏れる明かりから予想するに、賞金稼ぎ達は確実に白鳥城の中にいる。

 彼らの内の誰かと鉢合わせたら??死あるのみ、だ!


 窓の様子を見に行った仲間が窓から中へ侵入、『早く来い!』と手振りで大きく示してくる。

 怖れ半分、投げやりな気持ち半分でなけなしの跳躍力を発揮させ、外壁にしがみ付きながら地上に残る仲間と窓までよじ登っていく。なんて無様な動き!

 地上をなるべく見ないよう、頭上の半分だけ開いた窓目指し、必死に這い上がる。

 手足が痺れようと爪が割れようとかまってなんかいられない。


 やっとの思いで窓へ辿り着き、窓枠から転げ落ちるように室内へ入り込む。

 立ち上がるより先に仲間たちが次々と入ってくるのでなかなか立てない。終いには、いつまで転がっているんだよ、と呆れた声が降ってくる。


「立ち上がるタイミングを見計らってたんだよ!」

「お前が鈍くさいだけじゃないか」


 正直頭にキたが、文句言いながらも手を差し伸べてくれたので、まぁ、よしとしよう……。


「二、三人ずつ何組かに分かれて各階へ。なるべく賞金稼ぎ達と接触しないよう気をつける。重要機密や開発する武器や医療品を盗み出す。万が一鉢合わせた場合、失血死に至るまで吸血しろとのお達しだ」


 百戦錬磨の賞金稼ぎの命を奪うどころか、怪我ひとつ負わせることすら自分たちのレベルでは非常に厳しい、と思う。なるべく鉢合わせないといい……と願いながら、他の仲間が階下へ静かに降り、散り散りになっていくのを横目に家探しを始める──、が。

 廊下を挟んで向き合った部屋はおよそ二十近く。その各部屋の扉をくまなく開け、徹底的に室内を調べてみても人がいた気配はまるで感じられない。否、人だけじゃない。大きな家具調度品以外の物が全然見当たらない。機密を探るにも確たる物証が──、ないのだ。


 何かがおかしい。


 脳裏で警鐘がなりつつ、『自分たちがいる階には何もない。でも下の階ならどうだろうか??』と結論付け、下の階へ移動した。


 しかし、この階も上階同様、他の仲間たちと各部屋の棚や机の抽斗、クローゼットなど次々と開けてみても盗み出せるものはやはり見つからない。

 大きな収穫が見込めそうな、医務室と思しき部屋の中を探ってみても重要な書類どころか医療品がまったく見当たらない。医務室の奥、おそらく武器開発に使われていただろう部屋の中ももぬけの殻。ネジやワッシャ等のわずかな部品ひとつ見つからない。


 最後の一縷の望みを賭け、組織の長の執務室と思しき部屋へ押し入る。その部屋の扉近くの壁に、威厳に満ち溢れた軍人の等身大写真が飾ってあったので最も重要な部屋だとすぐに分かった。

 だが、執務室に入室と同時に落胆する羽目になった。

 本棚の中身は半分以上引き抜かれ、執務机の抽斗を勢いよく引き抜いてみてもどれも中身は何も入っていなかった。


「先手を打たれた!ちくしょう!」


 執務室の扉を叩きつけるように乱暴に閉め、廊下中に絶叫が響き渡る。

 扉の勢いで隣の、高価そうな額縁の中の軍人が傾く。


「落ち着け。声を聴きつけられたら……」

「お前バカなのか?!奴らはもう出て行ったんだよ!大事な物も一緒にな!」


 なんなんだ、なんなんだ!

 どいつもこいつも自分たちをバカにして!

 自分たちに与えられた役割すらも遂行させてもらえないなんて!!


 頭を掻きむしり、どすん、その場に座り込む。

 集まってきた仲間がぎょっとした目で見てきたが、知るもんか。

 ほら、同じ階にいた仲間以外も、更に下の階へ降りていた仲間たちも自分の周りへどんどん集まってくる。誰も彼もが戸惑いを隠しきれていない。


「……ねぇ、先回りされて何も手に入れられなかった、なんて……、ヴェルナー様に何て報告すれば」

「…………」

「ね、ねぇってば」

「知らない、俺に訊くなよ!」


 柄にもなく他人を、それも女性へ理不尽に怒鳴ってしまった。

 結論から言えば、どうしようもないとしか言えない。だが、これではヴェルナーに始末されるのが火を見るより明らかだ。


「要は賞金稼ぎ達を追い込む方法があればいいんだろ??じゃあさ……、この城に火を放って燃やしてみる、とか」

「そ、それは……、ちょっ、と……」

「何の成果も得られず、のこのこ帰れるわけないだろう!?どういう形であれ、賞金稼ぎ達を追い込められればそれでいいじゃないか!跡形もなく根城燃やしてしまえば、相応の」

「そんなこと絶対にさせない」


 廊下の奥より数年ぶりに聞いた懐かしい声。

 最後に聞いたときよりも幾分大人びているが、間違いない。


 声につられ、吸血鬼達が一斉に振り向いた先には──、ミアがルーイとエリカを伴い、静かに佇んでいた。

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