第107話 空飛ぶ犬小屋にて②

 音響装置スピーカーを見上げ、フッと息を吐く。

 吐きだした息は窓にぶつかる風の音に紛れ、掻き消されていく。


「全てお見通しという訳か……」

「あのさぁ伯爵グラーフ、勘、とかカッコつけてるけど、それ、僕が調べてきた情報を元にした予想じゃん。いかにも自分が考えましたみたいに語らないでよね」


 すかさず狙撃手の青年が口を挟んできた。

 減らず口とはいえ、瞬間的にこれだけ口が回るのは頭の回転が速い証拠。操縦室前に座り込んでの店開き銃の手入れもクレイ伯爵の護衛とヴェルナーへの牽制のつもりだろう。現に手入れする銃の他、胡坐をかいた脚元に別の狙撃銃がさりげなく置いてある。


「アードラ。話の腰を折るんじゃない」


 コーリャン人兄妹の兄が朴訥とした低い声で狙撃手を諫めた。

 しかし、当の狙撃手は「はいはい」と肩を竦めて受け流し、反省の色などこれっぽっちも見えない。


『ヴェーさんてば悪い悪いっ!さあさ、続けて続けてっ』


 呼び方は気に障らないでもない。が、この際無視しよう。


「クレイ伯爵。貴方の仰る通り、基方の根城の他に三ヵ所同胞を送った」

「どこだ、どこへ送った。答えろ」


 混血の吸血鬼青年がヴェルナーの胸倉を掴もうとして、『まーまー、スタンレイ!焦らない焦らないの!落ち着いて!』と、クレイ伯爵に呑気な語調で窘められた。なので、彼の手はヴェルナーのシャツを掠めただけで舌打ちと共に引っ込められた。


「一箇所はハイディマリーが収監された吸血鬼の刑務所」


 ハイディマリーの義妹の身体がほんの一瞬、ぴくりと震えた、ように思えた。


『うん、まぁ予想の範疇だあねぇ。残りは??』

「君たちの根城と我らの城。互いの城が建つ山の間に街が三つ、存在するだろう??その、三つの街の中で一番規模が大きなスラム、あとはコーリャン人街だ」


 兄妹揃って大きく身じろぎし、兄が妹の肩をそっと抑えたのを背中越しで感じ取る。

 吸血鬼青年の歯軋りもはっきりと聴こえてくる。


『ちなみに残り二つを選んだ理由はー??』

「一族から離脱した吸血鬼はコーリャン人街かスラムへ行きつきやすい。知っての通り、我々は限りなく人間に近づいたが完全共生するのは容易でない。だが、コーリャン人街は比較的吸血鬼が暮らしやすい場所だ。特にイヴァンという男が住みつき始めてからは」

『イヴァン??』

「私の従兄弟だ。一族離脱後、風の噂でコーリャン人街に居を構え、離脱した他の吸血鬼をコーリャン人街で生きていけるよう面倒を見ていると聞く。だが、人間社会に馴染めず犯罪に走り、刑務所に入るかスラムを転々とする者も多い」

『なるほどねー、つまりは吸血鬼の人口が多そうな場所を選んだってことねー、理解したよっ』

「それから……、場所以外にも伝えたいことがある……、が、その前に一つ質問したい」

『んん??』

「君達は我々一族全員がハイディマリーの血を飲まされたとでも思っているかね??」

『んんー??』

「ぜ、全員は飲んでない……って信じたいっ!」


 後方より前の座席から顔を覗かせ、ミアが声高く叫んだ。

(操縦室以外)艇内中の視線を一斉に浴びると、頬を強張らせつつミアは続ける。


「現にエリカはハイディの血を飲んでなかったし、他にも同じ人がいると思うの。じゃなきゃ、抜け目のないハイディがエリカだけを見逃す筈ないでしょ??」

「その通り。あ奴が血を飲ませたのは自分に反発した者のみ。血を飲ませなくとも黙って従う者には飲ませなかった」

「じゃあ……、エリカみたいに仕方なく従ってた人も多かったのね??てことは……、説得すれば」

「甘い。彼ら彼女らがハイディに植え付けられた恐怖心は簡単に消えはしない」


 ミアの表情があからさまに曇っていく。

 やれやれ。こうもすぐ顔に出すようではまだまだ未熟。


「最も厄介なのは……、進んでハイディマリーに従う者達だ。連中は外から連れてこられた者が多く、残忍で好戦的。黙って従う者のほとんどはハイディマリーだけでなく、ハイディ派の連中をも恐れている。エリカもその一人だっただろう??」

「…………」


 ミアが口を閉ざすと、ヴェルナーは賞金稼ぎの若者たちを順に見回し、何度目かに音響装置に話しかける。


「話が逸れて申し訳ない。ハイディマリーへの恐怖、畏敬、もしくは血による洗脳によって図らずも我々は一枚岩だ」

『うーん、まぁそうなんだけどさー。崩そうと思えば崩せるんじゃない??』


 この男は話を聴いていたのだろうか。


『崩せると思ったからヴェーさんはここにいるんじゃないのー??これっぽっちも思ってなかったらさぁ、ミアに洗脳解かれても死ぬ気でここから逃げようとするでしょ。なんで抵抗一つせず拉致られてるのかなぁ??』

「拉致ら……」

『いい加減変に講釈垂れるのやめてさ、僕たちに本当に伝えたいこと言えばいいのにー。ミアと違うとこで頑固だねぇ。まぁ、爺なんてそんなもんかぁー』

「じっ……?!」


 余りの言い草に己の声とは思えぬ、素っ頓狂な叫びを上げそうになった。

 ハイディマリーのように完全に馬鹿にする意図があれば怒りも湧くが、彼の伯爵に悪意は全く見当たらない。


「……爺はお互い様だろう……」

『うん、まぁねぇ!』

「君達の根城に送り込んだのは、血の洗脳なしの反ハイディマリー派の者達。コーリャン人街とスラムには血に洗脳された者達。刑務所はハイディマリー過激派の者達と組み分けた」

『……理由は??』

「根城に送り込んだ者達は争いを好まない分、囮のようなもの。囮で君達を引き付ける間にコーリャン人街とスラムで混乱を引き起こし、ハイディマリーを脱獄させる。これが今夜の計画だった」

「大した計画だ。貴様が立てたのか??最低な塵屑野郎め」


 鼻で笑いながらも吸血鬼青年の声は氷のごとく冷え切っている。冬の悪魔ジャック・フロストが降臨したかと錯覚する程に。


「……甘んじて受け止めよう。血の洗脳など言い訳にもならない。だから君達に出来得る限り協力する」



 ──同胞への償い、ミアに一族の未来を託すために──

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