第105話 交渉・其の一③
形の違う二対の剣の先がぎらり、冷徹に光り輝く。ヴェルナーの真っ赤な瞳の怜悧さもより強さを増していく。
負けるな。気圧されるな。一瞬足りとも動揺を表に出すな。
同じ色の瞳で負けじと顎を突き上げ、睨むように見返す。
「勘違いしないでくれるぅ??ミアはあくまで穏便に事を進めたがってるわ」
「この状況でどの口が」
「卑怯だとでも思ってるのか。それこそどの口が抜かす。素直に貴様一人で来るとは到底思えなかったし、一人で来たように見せかけて大勢仲間を潜ませているかもしれない。貴様らに対する信用なんてこちらはほぼゼロかマイナスなんでね」
「成程。さては貴様ら二人がミアに入れ知恵したのか??」
「言っておくが言い出したのはミアの方だ。作戦に許可を出したのは」
「
皆まで言い切る前に天井から銃弾数発、ヴェルナーの足元に撃ち込まれた。
「一瞬でも妙な動きを見せてみろ。
「益々苛烈だな」
足元の床に空いた穴、穴からかすかに流れる硝煙を一切目に留めることもなく。
ヴェルナーはミアから視線を外そうとせず、問いを重ねた。
「ミア。私を殺す気なら仲間を頼らず自分でやるべきだろう??汚れ仕事は人任せか??」
「黙れ」
ミアが答えるより先に
「身内殺しなんて最もしなくていい経験だからだ」
「貴様の実体験に基づく意見か??」
スタンの顔が一瞬酷く歪んだのをミアは見逃さなかった。
しかし、その直後に『聞き流してくれ』と言いたげにチラ見されてしまったため、即座に記憶から消すこととした。
「『長』とやらに相応しい者だからこそ汚れ仕事なんてやらせる必要ない」
「目の前で仲間の肉親を屠るか」
「……それが必要であればしかたない」
「あたしたちは正義の味方じゃないの。でも」
恐ろしく整った無表情で静観を決めていたロザーナが、剣は構えたままに場違いにやわらかく微笑む。
「素直にミアを長と認めるなら汚れ仕事の必要はなくなるわねぇ」
ロザーナの笑みにつられるように、ヴェルナーもまた不敵に笑う。
「なにが可笑しい」
「いや……、我々の計画を知りながら精鋭の内四名も一か所に集めるなど馬鹿なことを、と可笑しくなったのだ」
「どういうこと」
動揺が声に表れてしまった。耳ざとく聴きつけたヴェルナーがミアを蔑んだ目で見返す。
「元長とはいえ私もまた駒の一つだと忘れているな??今頃お前たちの根城は私が向かわせた下僕たちに囲まれているだろう」
見る見るうちにロザーナの顔から色が消えていく。スタンとミアの顔色に至っては文字通り真っ青に染まった。
三人の露骨な動揺が心底可笑しかったのか、唇の片端を吊り上げ、ヴェルナーは勝ち誇る。
しかし、三人が表情が変えたのはごく一瞬のみだった。
「なんだ、そんなことだったの」
ミアがあからさまに安堵すると、タイミング良くはるか頭上遠く、旋回するプロペラが微かに聴こえてきた。
「大事な物も人も全部、今頃は空の向こう。お城の中はもうもぬけの殻。おじい様の命令でお城を吸血鬼で包囲したって全部無駄だよ??」
「こちらの指示通り一人でミアの誘いに乗り、油断させたのち住処を包囲。俺たちを人質に逆にミアを脅すつもりだったんだろうが、当てが外れたな」
今度はスタンの方が勝ち誇った顔で
だが、如何に嗤われようとヴェルナーの落ち着き払った態度は一向に変わらないどころか、大きく深呼吸したのち、激しく哄笑さえし始めたのだ。
「狂いでもしたか」
剣の構えは解かずとも、スタンは気味悪げにヴェルナーを見下ろした。
ミアもまた、何度目かに浴びる威圧感に負けじと背筋に、腹に力を込め、キッと睨む。
「そう睨むんじゃない。四年前に追放した時、いかにも頼りなかったのが見違えるようだ。人間、吸血鬼双方と手を組み、私をたばかる日が来るとは!いいだろう。ミア、お前はたった今から一族の長となるがいい!!」
「……言質、たしかに取らせてもらったよ。おじい様」
これで何の憂いもなく、ミアは一族の長を名乗れる。
ようやくミアが姿勢を崩し、録音機能付きの柘榴石ピアスを指先で軽く弄った、その時。
突如、室内で突風が吹き荒れた。
窓なんて開いていない。
そもそも、この元酒場は明り取り程度の小さな窓しかなく、建物全体が大きく揺れる程の風など最初から入り込んだりしない。
つまり、この風は──、ヴェルナーが蝙蝠羽根を出現させて発生させたもの。
枯れ木のような老体に見合わぬ速さ勢い。
不覚にもロザーナもスタンも、アードラでさえ一瞬遅れを取ってしまった。
「だからお前は詰めが甘いのだ」
再び突きつけられた二対の形の違う剣、頭上からの銃撃を躱し、ヴェルナーはテーブルを飛び越え、ミアに肉薄。
ロザーナの叫びとスタンの怒号。追撃する銃弾。
ところが、ミア自身は一㎜もその場から動かず、嘘のように落ち着き払っていた。
「そうかな??」
座ったまま腰のホルスターに手を伸ばし、銃を引き抜く。
伸ばされたヴェルナーの腕を避け、グリップを両手で強く握り込む。文字通り、目と鼻の先まで近づいた祖父の顔面へ、少しだけ上体を捻らせ、容赦なくトリガーを引く。
寄る年波には勝てないが端正なヴェルナーの顔が、あっという間に深紅に染まっていく。
いつものカメムシの臭いはしない。代わりに(ミアにとっては)甘ったるい血の香りがぷんと漂う。
「おじい様。昔の……、ううん、本来のおじい様に戻って。ハイディの支配から外れて」
表面的にはひどく淡々と事務的に告げつつ、内心は相当に切迫している。
ミアの血を使用したペイント弾はたった一発しか作っていない。だから絶対に外す訳にはいかなかった。
かなりの至近距離で弾丸をまともに食らい、ヴェルナーは乗り上げたテーブルから落下。床で声も出せない程の痛みに悶絶していた。
「あー、もぉ!ヒヤヒヤしたぁ!!」
「まったくだ。
「ねー!条件反射で身体動きそうなの耐えるの大変だったわぁ。ミアがやられちゃわないかも心配だったしぃ」
「う、ふたりとも、ご、ごめん……」
床に座り込んでいたスタンとロザーナに謝れば、「あのさぁ、僕には謝罪の言葉ないわけ??わざと外すの結構骨折れるんだよね」と、すかさず天井裏から文句が飛ばされた。
「わー!アードラさんも!ごめんなさい!ごめんなさいってば!!」
「まぁ、別にどっちでもいいけど」
なら、謝れとか言わないでよ!!
思わず天井を睨み上げる。
ロザーナと立ち上がったスタンも半ば飽きれ気味に天井を睨んでいた。
「お喋りはこの辺にして……、このクソじじ……、お前の爺さん拘束したら、一緒に空挺へ乗り込めばいいんだな??」
「はい。おじい様が正気に戻り次第、私が次の長に任命されたと超音波使ってカナリッジ全土の吸血鬼に伝えてもらいます」
「了解。
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