第101話 真夜中の男子会②

(1)


「正直かなりイヤな仕事だったし最悪の気分だね」


 開口一飛び出したのはアードラらしからぬ仕事への愚痴だった。

 余裕めいた笑みは消え失せ、苦虫を噛み潰した顔と声音で吐き捨てる。

 終いには深い嘆息までつき、再びビアーの瓶を煽る始末。


 コンッと、雑に瓶底を当てるようにサイドテーブルに置くと、アードラは絨毯の上に胡坐をかいた。

 椅子を譲ろうとルーイは腰を浮かせたが、アードラは無言で手を伸ばし、そのままでいいと制す。


「お前がそこまで言うなんて珍しい」

「そ。あいつら全員クロ!店主もまあ共犯っちゃ共犯だけど一応シロかな」

「は??共犯なのにか??」

「あー……、うん」

「はっきり言え。歯切れが悪い」


 スタンの薄青キトゥンブルーの瞳に鋭さが増し、薄闇で獰猛に光る。唸り声さえ発しそうでルーイは身震いする。一線を退いても尚、小型のネコ科肉食獣的な気質は健在だ。


「あのー……、オレが聴いても問題ないって言うけどさー、問題ない以前に何の話かが全っ然わかんないんだけど」


『お前には関係ない』と突っぱねられるの覚悟で、ビクビクしながら二人へ問う。

 顔を見合わせた二人は次にルーイを見返し──、剣呑な視線が突き刺さって痛い。

 まずい。気まずい空気を変えなきゃ。


「な……、なんちゃっ」

「ここ半年から一年以内で足抜けた烏合精鋭外連中が俺たち精鋭を潰そうとしている、らしい」

「それも吸血鬼に唆されて手を組んだ疑い有り」

「えっ」


 いともあっさり答えが返ってきたことにもだが、答えの内容も併せてルーイは絶句した。


「ま、まさかと思うけど、さ……、唆したヤツって」


 二人から目を逸らし、自分の足元へ視線を落とす。

 ひと口に吸血鬼と言ったって吸血鬼城外で暮らす者も大勢存在する。

 捕縛した吸血鬼だって、ハイディやヴェルナー絡み以外の事件の方が多いし、今回だってきっと──


「だね。ルーイの予想通り。ミアの爺さんヴェルナーたちが絡んでるっぽい」


 信じたくない。認めたくない。

 何度も頭を左右に振る。何度も何度も振る。

 アードラの言葉を脳内から追い出そうと躍起になるも無駄な抵抗に過ぎず、急に激しく頭を振ったせいで軽い眩暈に襲われた。


「うぇ、きっも……」

「馬鹿みたいに頭振るからだろうが」

「スタン。馬鹿みたいじゃなくて馬鹿ってはっきり言ってやればいいのに」


 誰が馬鹿じゃい。

 かなりイラッとしたが、シメられたくないので黙っておく。


「アードラ。そう言ってやるな」

「あれ、珍しく肩持つね??」

「肩を持つとか持たないとかの話じゃない。こいつは認めたくない一心なだけだろ……、おっと」


 膝からロザーナの頭がずり落ちかけるのを、スタンは壊れ物を扱うかのようにそっと引き上げる。

 一連の動作の手つきがやたら優しくて、見てるこっちが照れてしまう。が、すぐに照れは引っ込んだ。


「またか……」


 ルーイが入室してから二回目のノックに、スタンの眉間の皺の数が増える。

 しかし、ノックした人物の声を聴くと、数は減らないものの皺の寄り具合が浅くなった。


「スタン。ラシャから夜中に騒がしいと苦情がきた」

「カシャか。そりゃ悪かったな。だが文句ならアードラに言えとラシャに伝えておいてくれ」

「いや、お前とルーイがやかましかったらしい」


 んぐ?!と唾を飲み込み、軽く噎せる。

 スタンの部屋から離れているが、女子たちの私室も同じ階にある。

 この城の堅牢で分厚い壁や床を突き抜ける程の大声を出したつもりはなかったが。


 あーあ、おーこられーたーと、アードラは後頭部に腕を回し、ルーイとスタンに向けて小さく囃し立ててくる。スタンはため息交じりに扉の外のカシャへ「いや、もう騒がしくならないと、思う」と、うんざりと返す。


「そうか。にしても、お前たちは夜中に何を??」


 あ、また状況がややこしくなってきた。

 スタンと共にアードラを窺うと、「中に入れたきゃ入れれば??カシャだけ仲間外れってのもどうかと思うし」と、特に気にする風でもなく更にビアーを煽る。


「今の長はカシャだしね。むしろ聞いておいた方がいいんじゃない??」

「……と言う訳だ。カシャ、入ってこい」






(2)


「この顔ぶれは一体」


 ベッド周辺に集まった三人(厳密には四人だが)にカシャは戸惑いを隠せない。

 入室したはいいが、居心地悪そうに眉を寄せ、扉前に棒立ちでいる。

 スタンも彼の気まずさを察してか、『早くしろ』だとか『ぼさっとするな』だとか叱責せず黙ったまま。


 アードラでさえ返答に少し困っている。カシャに入れと言ったのは自分なのに。

 放っておいたらいつまでも膠着(?)状態は終わらない。しかたなくルーイから口火を切ることにした。


「えー……、っと、オレはスタンに痛み止めの点滴頼まれたから??ほら、師匠が具合悪いし」

「僕はまぁ、今回の仕事のちょっとした愚痴を言いに来ただけ。あっ、カシャこれ飲む??温くなってるかもだけど」


 なんだよ。人に先に喋らせておいて、自分もいつものノリで喋ってるじゃないか!

 こいつ……、と横目で睨んだアードラときたら、呑気にカシャへビアーの小瓶(さっきスタンやルーイに勧めた)を差し出している。


「せっかくだし貰おう」


 空気を読んでるんだか読んでないんだか。カシャは小瓶を素直に受け取り、アードラと同じく絨毯の上に胡坐をかく。


「どこまで話したっけ。あー、今回の調査で目星つけてた元烏合全員クロってとこまで??」

「店主は共犯だけどシロだと。カシャ、俺たちが今話しているのは」

「足抜けした烏合たちの消息についてだろう??」

「正解。予想通りだけど予想以上に最悪な結果が出たよ」


 深刻な顔で話し合う一方、スタンは機械の左手でロザーナの髪を繊細な動きで梳いている。

 ロザーナの方は見ていないし、話し込んでいるので無意識だと思うが、無意識だからこそ余計に恥ずかしい。あとの二人アードラとカシャが一切気にしてないのが不思議でならない……、自分もちゃんと集中して聴かなきゃ!


「あー、そうそう。何でシロかって言うとさ、単純に九人もの吸血鬼、しかも屈強な連中によってたかって『自分たち全員でお前の血を一斉に吸ってやる。干乾びるまで』なんて脅されたらさ、大抵は怖くて言うこときくしかないよね、はは」


 鼻唄でも歌うような軽い語り口に、スタンとカシャの表情が曇る。


「笑い事じゃない」

「店主がどうだろうと実のところ、重要でもなんでもない。問題は例の爺さんヴェルナーたちだよ。ハイディマリーお嬢ちゃんがずっと以前に吸血鬼化させた人間を利用して烏合たちに近づけさせたんだ。僕たち精鋭への不満煽ったり、組織の内部事情探ったりするために……」

「待て。俺たち精鋭に不満があったとしてもだ。そう簡単に吸血鬼なんかになりたが……、いや、『なんか』は余分だった。すまん」


 カシャはスタンとルーイに向けて掌を掲げ、小さく頭を下げる。


「言葉のあやだろ??いちいち気にするな」

「うん。オレも別になんとも??」


 ルーイとスタン、どちらともなく視線を交わし合い、苦笑する。気を悪くした素振りのない二人にカシャはホッと息を吐き出す。


「よかった。以後気をつける」

「律儀だな。本当に気にしてないのに。まぁ、それはいいとして、だ。カシャの言うように、ちょっとやそっと不満煽られたくらいで吸血鬼になりたがるとは思い難い。烏合とはいえ、戦闘慣れした連中がそうそう容易く吸血なんてさせる筈もない。と、なると……」

「自主的に吸血化を望む、あるいは望まざるを得ない状況へ持っていかれたか」

「だな……」

「その件についてだけど、捕縛した奴から直接訊き出したよ」


 逡巡し始めたスタンとカシャをアードラが横から遮った。

 しかし、彼もまたどことなく言いにくそうで、数秒の間の後、慎重に語り出す。


「『ミア以外の精鋭の中に吸血鬼がいる。ひょっとしたら精鋭全員吸血鬼の可能性が高い』『精鋭は吸血鬼であることが絶対条件かもしれない』『彼らが行う、賞金稼ぎという体での吸血鬼狩りは欺瞞に満ちている。貴方たちは彼らが人間に対する自分達への印象操作のために利用されているに過ぎない』って吹き込まれたとか」

「え、そんなのなんで信じるんだよ!」


 思わずテーブルを両手で叩き、勢いよく立ち上がる。

 すると、ルーイのズボンのポケットをカシャがゆるく引っ張った。


「落ち着け」

「だってさ……」

「まだ話は続く。座るんだ」


 カシャに静かに諭され、ルーイは渋々椅子に座り直した。

 二人を褪めた目で一瞥すると、アードラは淡々と、機械的な口調で続ける。


「今回吸血鬼化した連中全員、自分たち烏合と僕たち精鋭との待遇の差が不満だったみたいでさ。爺さんはそこに目をつけたんだ。ただでさえ精鋭や組織自体に不満あって、更に不満の元の精鋭陣全員に吸血鬼疑惑吹き込まれちゃ、まぁ、爆発する奴はするんじゃない??」


 住処の城に定住し、賞金額の高い賞金首の依頼はほぼ精鋭に回される。対する烏合は市井で暮らし、主に低い賞金額の賞金首を狩るか、精鋭の補助につくかのどちらかだ。


 単純に金銭面だけ省みれば精鋭の方がはるかに得だろう。しかし賞金が高い分、仕事の難易度や危険性も高まる。


 過去に何度か精鋭向けの案件を烏合に任せてみたこともあったが、ことごとく捕縛は失敗。死傷者が続出したため、この試みは早々に打ち切られたのだ。なので、待遇の差の理由を知り、納得している烏合の方が多い筈、だったのに。


「睨むなルーイ。悲しいかな、否定できない事実だ」


 スタンの穏やかな声は悲しいという言葉通り、怒りよりもずっと悲哀に満ちていた。

 やりきれなさにこの場から逃げ出したくなってくる。でも、避けては通れないこと。逃げるわけにもいかない。


「で、連中が集まった目的は」

「吸血鬼と共同で住処の襲撃計画の話し合い。烏合は城門付近や周辺の森とかは合同訓練でお馴染みだし、内部に踏み入ったことない奴らでも侵入経路を考えるのは可能。もし僕たちが出張ってるときに吸血鬼多数と元烏合たちで城内に侵入されたらかなりマズい」

「…………」

「言っておくけど、今回阻止できたからって安心はできないからね。今後、第二、第三と似たような奴らが出てくるかも」

「じゃあ、一刻も早く伯爵グラーフと対策立てるべきだ」

「って訳で、カシャ。起きてきたついでに今から伯爵グラーフのとこ行ってきて」

「今から、か??」

伯爵グラーフは明日でいいって言ったけど、早いに越したことないじゃん??」


 最後のひと口を飲み干し、爽やかな笑顔を決めるとアードラはさっと立ち上がった。


「以上、愚痴と報告終わり。あ、スタン、もう薬なくなったんじゃない??」


 アードラがべっこりへこんだ空の輸液バッグに指を指し、はじめて時間の経過を認識した。


「僕はもう疲れたから寝るけど、カシャは??」

伯爵グラーフのところに行く」

「え、マジで行くんだ」


 お前が行けって言ったんだろ?!

 スタンの腕から針を引き抜きかけた手を止め、ルーイは信じられない気持ちでアードラを凝視する。


「ルーイさぁ、自分の仕事に集中しなよ」

「アードラのせいだろぉお!!??」

「やかましい!耳元で騒ぐな!!」

「ちょ、スタン!こわいこわい!針抜いてる最中は危ないから動かないで?!」

「もぉおおおー!うるさぁあああーいぃぃ!!静かに寝かせてよぉおおー!!」

「い゛っ?!」


 ゴチン!と骨同士がぶつかり合う音が室内に響き渡り、スタンが機械義肢の左手で顎を抑えて悶絶していた。

 その横では頭頂部を抑え、ベッドの端でうずくまるロザーナの背中が。


「ルーイさぁ、ちゃっちゃと片付けて出てった方がいいよ。これからバカップルの時間始まるし」

「い、言われなくても!!」


 伸ばされたスタンの右腕からささっと針を抜いて止血し(ちなみにまだ悶絶している……)、秒で諸々の片づけを済ませると、アードラとカシャに続いてルーイも退散した。

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