第99話 造反

 数時間後、同日夜半過ぎ。


 かつて情報交換等で頻繁に利用した酒場を訪れたアードラは、乱暴に扉を蹴破ると同時に狙撃銃を構えた。


「アードラ!一体何のつもり……」

アインスツヴァイドライ……、カウンターに四人、各テーブル合わせて五人。間違いないね」


 店主の抗議など意に介さず、アーチ型の低い天井、左程広くもない店内全体を見回し、客の数を数え上げる。依然、銃は構えたまま。


「情報交換の場として使いやすかったけど……、残念だね」


 一斉に立ち上がった客は一人を除き、皆よく知った顔ぶれ。

 それもその筈。彼らは双頭の黒犬シュバルツハウンド烏合精鋭外メンバーたち。ここ数か月の間に足抜けした連中ばかりだった。


「で、あんたは何者??人間じゃないよね??辞めたとはいえ、腐ってもうちの構成員だった奴らたぶらかして何企んでんの??」

「…………」


 扉から一番近いテーブル席、濃いブルネットの小柄な男に向けて銃口を向ける。

 髪や瞳の色こそ人と同じだが、薄闇に異様に白く浮き上がった顔がすべてを物語っていた。

 彼だけじゃない。店主以外の連中も皆一様に顔が青白い。


「あ、だんまり決め込む気??あっそ、ま、好きにしたら??力ずくで聞き出せばいいだけだし」


 しらじらしいと思いながら挑発してみれば、男の瞳の色が瞬時に赤く染まる。烏合たちの瞳も同じ赤に染まっていき、上唇から徐々に牙が伸びていく。


「へぇ、やっぱそういうこと」


 驚きもたじろぎもしない。疑念が確信に変わっただけ。

 逆にどう対処すべきか、迷いが払拭されていく。


 元の仲間を含めた九人の吸血鬼がアードラを素早く取り囲む。

 狙撃銃へと集中的に伸ばされる数人分の腕を銃で振り払い、トリガーを引く。

 撃たれた者が倒れた拍子に机上のグラス類が床へ、何ならテーブルごと倒れていく。

 砕け散ったガラスとこぼれたビアーが散乱した床に伏したのはまだ三人。残り六人、か。


「銃だ!とにかく銃を奪え!!あいつは他の精鋭と違って射撃の腕しか能がない!!銃さえ奪えばこっちのもんだ!!」


 チッ!と舌打ちし、今しがた叫んだ奴の額へ派手に一発ぶちこむ。

 全員はまずくとも一人二人なら始末したって大して問題じゃない。


「奪えるモンなら奪ってみれば??あんたらには無理だと思うけどね」


 射撃体勢は崩さずにっこり破顔してやると、喉を鳴らして数歩分後ずさった。

 店主が白か黒かは現状判別しがたいが、どちらにせよ彼は生かさなければならない。吸血鬼達に害される事態だけは避けねば。


「って、考えた端から……!」


 アードラを囲んでいたのが一転、残る五人が店主に向かって飛びかかっていく。

 二度目の舌打ちをし、背後から彼らに発砲。五人、六人……、残り三人になった──


「え」

「足元よく見ないと掬われるぜ??」


 三人の内一人の背中を撃った直後、残る二人が狙撃銃の真下へ向かって猛然と滑り込んできた。

 即座に銃口を彼らに向け──、かけて、二人掛かりで銃を跳ね飛ばされた。三度目の舌打ちをしかけて、左右から同時に首筋を狙われる。


 良くて吸血鬼化、悪くて失血死させる気かな。


「随分と舐められてるなぁ、僕」


 絶体絶命なのに、くすり、嘲笑が込み上げる。

 己に対してか、彼らに対してか。その真意は──


 右の首筋に牙を突き立てようとした男が天井へ、数瞬遅れて左の首筋に……到達するより速くもう一人の吸血鬼が正面奥の壁際まで吹っ飛ばされていく。


「あー!いったっっ!!久しぶりに殴ったから加減し忘れたじゃん!!最悪っっ!!!!!」


 アードラは両手をぶらぶら振り、思いっきり顔を顰めると。

 床に転がった狙撃銃を拾い上げ、目の前にぶら下がった、天井に頭のみ突き刺さった男の脚を邪魔くさそうに払いのける。


「で、誰が生きてて死んだかなぁ??」


 侵入時と同様、数を数え始めたものの生死の振り分けが面倒臭い。


「うーん、あいつはたぶん生きてるかな??」


 死屍累々な店内の奥、気絶、もしくは死体と化した吸血鬼達を踏まないよう避けながら、先程壁際へ殴り飛ばした男の傍まで突き進む。途中でカウンター奥の店主の様子を横目で窺う。泡拭いて気絶してるから、白でも黒でもほっとけばいいか。油断は禁物だけど。


 肝心の男の様子は──、うん、生きてる。

 なんか息遣いヒューヒューいってるけど、命に別状ないから問題ないかな。


「あ」


 こいつ、元凶の吸血鬼じゃん。

 全員倒すのに無我夢中だったからって、自分も余裕なさ過ぎたなぁ。


「あのさぁ、起きてくれない??」

「がっ!?」


 顔面を蹴っ飛ばすと、間抜けに叫びながら目覚めてくれた。


「き、貴様……、ぎゃっ!」

「誰に向かって貴様呼ばわりしてんの??」


 間髪入れず、隠し持っていた短剣ダガーで両手を壁に縫い留める。

 新たな悲鳴を上げるより早く、両手でぎりぎりと首を絞め上げる。


「あんたのせいで僕、今最高に機嫌悪いんだよね??何でだかわかるかなぁ??」


 恐怖に震える吸血鬼の虹彩は柘榴色から元の栗色へ戻りつつある。

 にも拘わず、血走っているせいで瞳全体が赤い。


「あの人たち、一応元同胞なんだけど。少なからず気分悪いじゃんね??」

「ぐげぇぇ……」

「あんたの唆しに乗ったってのは気に入らないけどさぁ、そもそもあんたが何してくれちゃってんの??何のためにうち双頭の黒犬にちょっかいかけた訳??あとさぁ、うちの同胞にも吸血鬼いるのにさぁ、こういうことされると困るんだよね。本当、迷惑」

「ぐっ……」

「答えて。さもなきゃ今すぐ首の骨折るから」


 アードラから笑顔が消え失せ、薄灰の双眸は昏く濁っていった。

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