第97話 嵐の前の静けさ②
(1)
「ミア姉っ?!」
叫びに似た呼び声に振り返る。
そこにはミアと同じく濡れ髪に、肩からバスタオルを掛けたルーイの姿が。
「なになに、すっごいずぶ濡れじゃん!だいじょうぶなの?!」
駆け寄ってきたルーイに、ルーイくんこそ、と言いかけて、黙る。
同じ濡れ髪でも自分と違い、ルーイの髪はシャワーを浴びたため。ほんのり赤みが差した顔色からそう推測できた。
「うん、まぁ、へーきかなぁ。イェルクさんにタオルいっぱい貸してもらったし」
「ならいーけど……。って、そうだ!呑気に話してる場合じゃないっ!師匠とミア姉に伝言!!
瞬時にミアの背筋が、表情がきゅっと引き締まる。同時に、ちらっとイェルクの私室の扉を見やる。
イェルクのあの様子──、少し動くだけでも辛そうだったけど……。
「……了解、した」
ミアが心配した途端、扉越しに小声で返事が返ってきた。
「……鎮痛剤の点滴を打ち込んでから、向かう。ルーイ。少し……、遅れるかもしれないし、点滴台引きずってくるが必ず向かうと
「……了解」
表情こそ複雑そうだが、ルーイは師の言葉に頷いた。
「それと……、エリカには点滴の用意を頼む、打つのは自分でやるから、とも」
「……分かりました」
「頼んだぞ……」
「はい!……ミア姉も、早く着替えてきた方が……、って、どしたの??ボーっとして」
「へ……??あ、え!えーっと、なんでもないよっ」
変なの、と首を傾げただけでルーイは特に何も言ってこなかった。
そのことにミアは心底ホッとした。だって言える筈がない。
弱ったイェルクがエリカに頼ったことが少しもやっとしただなんて。
自分がなんでそんな気持ちになったのか不思議。
よく考えたら、否、別に考えなくたって、エリカはイェルクについて医療関係の手伝いをしているんだし。一体自分は何を考えてるのやら。
「くっしゅんっ!」
「ほらほらミア姉!風邪ひくからとりあえず部屋行きなよっ」
「う、うん……、そうするっ!」
正体不明の邪念を振り払うように、思いっきりタオルで頭をがしがし拭きつつ。
ミアは急ぎ足で自室へと向かった。
(2)
自室へ戻るなり速攻で着替え、駆け足で執務室へ。
ノックの数も正しく叩けたかも分らず、とにかく慌てふためいて扉を開ける。そんなミアを出迎えたのはスタンの仏頂面だった。
「遅い」
「……すみません」
「さっさと入れ」
顎を振って入室を促され、室内へ飛び込む。
正面奥の執務机に座すノーマンを囲むように、ほぼ全員出揃っていた。
「まったく。これが非常時だったらどうする気だ」
「ちょっと待てよ。ミア姉が遅れたのはしょうがなくね??走ってる途中で雨に降られたんだぜ??先に城に到着してたオレとかスタンたちは着替え終わってたけどさ、ミア姉は到着したばっかだったんだし。それとも濡れたまんまでここに来いってことかよ。師匠だってまだ来てないけど、師匠にもおんなじように言えるわけ??」
ミアへの嫌味にルーイが真っ向から反発した。
その反発に対し、反論するかと思いきや。スタンは言葉を詰まらせ、舌打ちするだけに留めた。
「へぇ、ルーイも言うようになったじゃん」
面白そうに口笛を吹くアードラの隣で、ラシャがぷぷっ……と小さく吹きだした。更にその隣ではカシャが妹を軽く肘で小突く。スタンの眉間の皺が益々深くなる。
「もうっ、そんなすぐ怒っちゃダメよぉ??」
どうしよう、元を糾せば自分の遅刻が原因なのに……、とハラハラしていたら、ミアとスタンの間に立つロザーナがスタンを軽く諫めた。瞬く間に彼の苛立った空気は緩和していく。分かりやす……。
「君たちさぁ、めちゃくちゃ仲いーよねぇ……」
背もたれに軽く凭れかかり、大きく腕を伸ばしながらノーマンは嬉しそうにつぶやく。
その声に全員即座に反応しつつ、ロザーナ以外の全員が微妙な表情を浮かべた。
「
「待って待って、カシャ。まだイェルクとエリカが来てないよー……、んんー??」
ノーマンの声とノックの音が重なった。
「呼ぶより謗れ、だねぇ」
「し、失礼しますっ……!」
上擦った呼びかけ、点滴台を引いたイェルクとエリカが中へ入ってきた。
髪や着物の乱れは直してあるが、やはり顔色は戻っていない。
「……遅れて申し訳ありません」
「だいじょうぶだいじょーぶ!あぁ、イェルクは全然だいじょうぶじゃないかぁ」
「……すみません、見苦しい姿を、晒して」
「いーよいーよ!ここんとこ忙しすぎてまともに寝れてなかったでしょー??おまけに今日みたいに雨だと古傷痛むもんねぇ」
「……面目ないです」
「いやいや、僕こそ休んでるときに起こして悪いねぇ。ほら、誰でもいいから椅子持ってきて!」
誰よりも速く動いたのはミアだった。考えるより先に身体が咄嗟に動いていた。
部屋の隅に重ねた丸椅子の一脚を壁際まで運び、エリカと共にイェルクを座らせる。
「……すまん、ミア」
「いつもお世話になってるんだもん。たまにはお返ししないと」
……ってことでいいかなぁ。否、紛れもない本心ではあるけど……、うーん。
まっ、いいか。今考えることじゃないし。
「さてさて、これで全員集合したねぇ。じゃ、早速本題入るねっ」
ミアが再び精鋭たちの輪に戻ると、ノーマンはもう一度大きく伸びをした。
そして、よいしょっ!と一声上げ、徐に席から立ち上がる。
「みんな、耳の穴かっぽじってよーくよく聴いてねっ!ついさっき入った連絡でねっ!うちにやたらとちょっかいかけてきた、あのハイディマリーちゃんがねぇ」
ロザーナの肩が微かに跳ね上がり、スタンの薄青の双眸に激しい憎悪が宿る。ミアの全身の血もカッと熱くなり、脳へと一気に駆け上がっていく。落ち着け、落ち着くの。
三人の静かな憤怒を見越してか、ノーマンは全員を順に見回したのち、特にミア達へ聴かせるように続けた。
「やぁーっと死刑が確定したみたい。刑の執行日はきっかり二か月後。今日と同じ日にちだってさ!」
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