第94話 閑話休題 余談

(1)


 ミア達がコーリャン人街へ外出中、ほぼ同じ頃。別の街にある古い館風の廃墟跡にカシャがいた。


 慎重に侵入した敷地内の庭園はかつては花が見事に咲き誇っていただろうに、今は見る影もない。日陰や建物の影を利用して巨躯を隠し、足音を立てずに玄関ポーチを目指す。


『近隣の住民は避難させたか??』


 ポーチの石段が眼前に迫った頃、カシャは唇の動きのみで後に続く烏合精鋭外メンバーに問う。

 烏合が大きく頷き、カシャもまた頷き返すと──、一瞬で背中の擲弾発射器を肩に担ぎ、頑丈そうな木製の扉へ向かって発射させた。


 吹き飛ばされ、空洞と化した玄関を越え、躊躇うことなく内部へ侵入。

 崩壊し、一部瓦礫が積もり、粉塵舞う玄関ホールだった場所には、すでに武装化した標的達がカシャ達を待ち構えていた。


 数は一、二、三……、全部で七人、か。


 標的達は銃器を構えつつ及び腰でいる。

 明らかに自分たちよりも弱い。弱いが、恐怖に捉われた者は思いも寄らない暴走を起こすことがある。言い換えれば火事場のクソ力。その暴走は思いも寄らない惨事を引き起こす可能性がある。


 擲弾発射器を振り上げる。標的達がトリガーを引くよりもずっと速く。

 まずは三人。発射器で一気に殴り倒し、烏合が撃ち放った弾丸が残りの四人の手から銃を弾き飛ばす。数瞬後、丸腰となった四人もカシャの手で先の三人同様に昏倒させられた。


「意外とあっさり終わりましたね」

「あぁ」

「突入と同時にオレ達を蜂の巣にする魂胆だったんだろうなぁ」

「おそらく」


 意識のない標的七人を拘束中、烏合は呑気にも無駄口を叩いてくる。

 任務は一応完了した。特に咎めもせず、かと言って雑談は基本苦手なので適当に相槌を打っていると、ふと烏合は口を閉ざし、沈黙が訪れる。


「あの」


 黙々と続けていた拘束が終わり、立ち上がりかけたカシャに烏合は再び話しかけてきた。声も表情もどこか切迫していて固い。


「オレ、今回限りでこの仕事賞金稼ぎ辞めようと思ってんス。理由っスけど……」

「話さなくていい。来る者の理由は納得できるまで訊く。去る者には何も訊かず黙って見送るのが伯爵グラーフの意向。今回の仕事の報酬は全てお前に譲る」

「え?!いや、それは……」

「餞別だ」

「……すんません、ありがとうございます」

「この話は終わりにする。警察への連絡を頼む」


 烏合の青年は気まずげな顔からハっと表情を引き締め、電話ボックスを探しに外へ飛び出していく。

 わずかな時間でも手持無沙汰になるのは避けたい。左耳に複数開けたピアスの内、耳朶のボディピアスを指先で弄る。


「……というわけで、構わないですよね」

『カシャがいいなら僕に異論はないよー??』

「ならよかった」


 まあ、そう言うだろうとは予測していた。

 しかし、カシャが精鋭の長に任命されて以来、烏合が何人か立て続けに組織から抜けていった。

 自分(が長を引き継いだこと)への不信、不満の表明かとも疑ったが、決してそういう訳でもなさそうだ。(理由を言わなくていいと伝えても、懇切丁寧に話してくれる者もいた)


『にしてもみんなどうしちゃったんだろうねぇ??』

「さぁ……」


 知りたいのはむしろこちらの方だ。


『でも、今度辞める子は正直惜しいなぁ。空挺の操縦できる烏合くんはなかなかお目に掛からないからなぁ』

「止めますか??」

『いや??止めないよ??』

「そろそろ戻ってくるかもしれないし通信切っていいですか」

『どうぞどうぞー』


 再びピアスに触れ、発信機の電源を切る。

 折よく警察への連絡を終えた烏合が戻ってくる姿が見えた。









(2)


 所変わってまた別の街──


 パブやカフェ、食堂が多く集まる界隈でやたらと目を引く一軒のパブがある。

 真っ白な外壁、瓦屋根とテラス席のパラソルの鮮やかなオレンジが晴れ渡った空の青によく映える洒落た外観とは裏腹に、店内もテラスも大柄で屈強、又は肥満傾向の男性客で盛況だ。

 見るからに男臭そうな空間、何より客と似たような体格のウェイターが運ぶ料理に通りを行く人々、特に若い女性たちはやや引き気味の様子で店を横切っていく。


 全体的に客も料理も何もかもがデカい。デカい料理を乗せる皿もデカい。

 デカい皿を置くテーブルもデカい。テラス席のパラソルもデカい。


 そんなデカい尽くしの人、物に囲まれたテラス席で、ひょろっとした優男と小柄な女子の組み合わせは一際目立っていた。よりによって中央の席を陣取っているので余計に目立っている。

 だが、当の本人たちはどこ吹く風で拡げたメニュー表に目を通していた。


本っ当ほんっとーに好きなモノ、好きなだけ奢ってくれるんでしょーね?!」

「何度も言わせないでくれる??好きなだけ食べれば??」


 優に二十回は訊かれただろうラシャの問いにアードラはうんざりと答える。

 女子のご機嫌取り程面倒臭いことはない。狙っている女子ならともかく仕事仲間となると尚更だが──、ミア達と遊びに行けなかったラシャの不機嫌ぶりが余りにもうっとうし……、否、目に余るため、任務完了後の現在、やむなく機嫌を取ってやることにした。(ちなみに仕事はきっちりこなしてくれた。当り前だけど)


「ふーん、ま、さっき注文したの食べてからまた考えるわ……、あ、きたきたー!」


 トレイではなくカートで運ばれてきたのは、三ℓ銀バケツいっぱいのバニラアイスの上にたっぷりチョコレートがけした梨、苺、葡萄、バナナがてんこ盛りのパフェ、洗面器サイズの深皿並々のひよこ豆とカルトッフェルじゃがいものポタージュとバスケットに入った特大サイズの各種ブロートパン


「んー!一仕事した後の甘い物サイッコー!」


 それ、口に入るの??と突っ込みたくなる大きさのスプーンをいともやすやすと咥えこみ、パフェを堪能するラシャの目尻はだらしないくらい下がっている。単純か。

 ポタージュを啜りながら呆れつつ、ぱくぱく勢いよく食べる割に食べ方はキレイだよね、と変に感心してしまう。


「あー、おいしかった!次何食べよっかなぁ。違うパフェもいいなぁ」

「好きに頼めばいいけど、あとでお腹壊さないようにだけはしてよね。戻る途中でトイレ探すの嫌だし」

「ちょっと!食事時に汚いこと言わないでよ!って食べるの速っ!」

「ポタージュもだけどブロートなんて飲み物じゃん」


 空の深皿とバスケットを脇へよけ、再びメニュー表に目を通す。さて、次は。


「ほうれん草とベーコンのピザ……」

「バジルとチョリソーヴルストソーセージのピザ!」


 食器を下げにきたウェイターに二人同時に注文の声を上げる。


「パフェやめたの、お腹壊すと困るから??」

「違うわよっ!甘い物の後は辛い物が食べたくなるでしょーが!てか、あんたもなにピザ頼んでんのよ!!」

「別に僕が何頼もうと勝手じゃん??粉物が食べたくなっただけだし」


(これでも)不機嫌が直り通常運転に戻ってきたのはいいが、それはそれで面倒臭いかもしれない。


「おいおーい、お兄ちゃんたちさぁ、無理して食おうとしなくてもいいんだぜ??」

「頼めば普通サイズの料理作ってくれるしな。別料金だけどよ!」


 突然近くの席から格闘技でもやっていそうな男性客数人が二人に野次を飛ばしてきた。

 くちゃくちゃと音を立て、口元も手もべたべたに汚れている彼らのテーブルには特大ピザやパスタが数種類食べ散らかされている。


「うわぁ、うざぁ……」

「ラシャ見ない方がいいよ。あんな汚い食べ方してるの見たらさぁ、こっちの食欲が失せる」

「まぁね、そうね」

「はー??なんか言ったぁー??」

「おまけに酔っ払いときたし。やだやだ」

「おい聴こえてんぞー?!」


 ラシャの目尻がぎゅん!と跳ね上がる。

 あーあー。身近に圧倒的美少女ロザーナがいるせいで霞みがちだけど、怒らず黙ってれば下手なカナリッジ人より目鼻立ちはっきりしてるし、小動物系に見えなくないのになぁ。


「あのさぁ、大食い大会じゃないんだから。煽られたからってムキになって食べようとするのやめて」

「違うわよ。食欲抑えるのやめるだけだし」

「抑える??」

「そ!言っとくけど、アタシ、本当はロザーナの三倍は余裕で食べるんだから。ただ食べると仕事で動きが鈍くなるし、食費もかかるから普段は抑えてるだけ」


 ロザーナも男性顔負けで中々の大食いである。そのロザーナをも上回る食欲とは一体。


「ふーん。じゃあ、僕も抑えるのやめようかな」

「は??」


 運ばれてきた特大ピザを一枚取って齧りつく。カットされた大きさは通常サイズの一枚分、合計八枚。余裕余裕。

 種類は違うが同じ大きさのピザをもそもそ平らげながら、(食べ方がまさに小動物の動きだ)ラシャが大きな猫目を瞠る。


「あんた……、その細い身体のどこに入ってくのよ」

「さぁ??子供の頃に食べれる時に詰め込めるだけ食べておくようにしてたらこうなった??」

「へー……」


 アードラの言わんとすることを察したのか、ラシャはそれ以上は訊いてこなかった。

 彼女も多少なりとも似た境遇を過ごしたから伝わったのだろう。


「そんなことよりさぁ、この長いラングサンドイッチ美味しそうじゃない??」

「え?!どれどれ!!」


 話題を逸らすと面白いくらいラシャはついてきてくれた。やっぱり単純か。

 アードラが指し示したページには『長さ1mのバゲットにたっぷり野菜とローストチキンを挟んだラングサンドイッチ』の説明文。


「え、すっごい食べたい……」

「僕は余裕だけどラシャは全部いける??ピザまだ残ってんじゃん」

「ゆっくり味わってるだけだし!余裕に決まってるでしょ」

「じゃあ頼むよ」


 三度ウェイターに声を掛けようとして、先程の風体が格闘家集団が黙ってこちらを凝視しているのに気づく。皆一様に『マジかよ……』と戦慄していた。テーブルの料理は完食に至っていない。

 とどめに、わざと左手の甲をさりげなく見せつけると更に場の空気が凍りついた。うわ、おもしろ。


「ラシャさぁ、ちょっとウェイター呼んでよ」

「は??アタシが??……別にいいけど。すみませーん!!」


 ラシャが徐に、肘まで袖をまくり上げた左手を上げる。

 すると、風体が格闘家集団のテーブルから続々と席を立つ音が聞こえてきた。


「ちょっと……、まさかと思うけど」

「なにが??」


 左腕の刺青の箇所を抑えてラシャが睨んでくる。


「勘いいね。褒めてあげる」

「あんたに褒められても嬉しくないんだけど!てか、むやみに刺青誇示するなよ!しかもアタシ使うな!」

「あーごめんごめん」

「~~!!こうなったら、あんたが一文無しになるまでここで食べまくってやるっ」

「好きにすれば??あ、ウェイター来た」


 テーブルの下で地団太を踏むラシャを無視し、アードラはウェイターに注文を告げたのだった。











※これにて閑話休題終了。

来月から最終章更新していく予定です。

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