第70話 光射せば、影生まれる②
(1)
ロザーナが二発目の擲弾を装填準備中、ミアは朦々と粉塵舞う廊下へ躍り出る。
ルーイならしばらく起き上がれそうにないだろうし(咄嗟の判断とはいえ、力づくで壁際へ打ち倒してしまい、可哀相なことをした。あとでちゃんと謝ろう)、傍から離れてもたぶん大丈夫。装填のわずかな隙をつき、ロザーナが襲われる方がまずい。同じ吸血鬼の自分ならともかく、ロザーナが吸血されるのだけは絶対に阻止しなければ。
案の定、攻撃の隙を狙う輩が数人、煙と粉塵に紛れてぎらぎらと目を赤く光らせていた。
袴キュロットの脇に差す電流警棒を引き抜く。
風の速さで彼らの脇をすり抜け、すれ違いざま鳩尾、腰へ。途中、発射された擲弾を跳びあがって避けつつ、首、背中へ打撃を加える。
白煙と粉塵が薄れゆく頃、ミアとルーイ以外の吸血鬼は意識を完全に失った、と思いきや。
「まさか、まだ残ってたなんて」
ルーイがミアに追いやられたのは反対の壁際、少女がひとり、壁にへばりつくようにしゃがみこんでいた。ロザーナは擲弾発射器を肩に担ぐと、全身を大きく震わせる少女に近づいていく。
「ロザーナ待って!迂闊に近づいちゃダメ!」
地下牢でのカルラのように、演技で怯えた振りをしているだけかもしれない、だなんて。
かつての身内を、そんな風にしか見れない自分に悲しくなりつつ、慌ててルーイと共にロザーナに駆けよる。
「ミア様!ルーイ!待って!!わたし、わたしは……」
ダークブロンドの長い髪は爆風に乱れ、降りかぶった粉塵で埃っぽく見え。
斜めに流した前髪から覗く
「ミア、ルーイ。この娘知ってる??」
「この娘は……、エリカって言うの。ルーイくんと同じくらいの時期に吸血鬼城に連れてこられた子で」
エリカはルーイと違い、血を飲むことに特に抵抗を示さず、一族にすんなりと馴染んでいた、筈。
だが、これといって目立つタイプではなかったし、互いに当たり障りない関係だったせいか、正直彼女への印象は薄い。
カルラみたいにある程度性格や癖を分かっていれば、嘘や思惑を見抜くなり対応も考えつくが──、さぁ、どうしたものかな。
「で、おまえ、ここでなにしてんの??オレに襲いかかってきたヤツらの中におまえの姿は見かけなかった気がするんだけど??」
「ルーイくん??」
随分と親しげにエリカへ話しかけるルーイを、ロザーナと共にぽかんと見つめる。
「あれ??ミア姉知らなかったっけ??エリカはオレと同じ病院に入院してたんだ」
「そ、そうなの?!」
「うん。お互いに小児病棟に長い間入院してたからさ、院内での小児学校とか行事とかで何かと顔合わせること多かったし。友だちみたいなもん??」
「え、でも、お城で仲良くしてるところ……」
「だ、だって……、ルーイはミア様のお気に入りだから……、近づいちゃダメって、お城の女の人みんなが……」
「え、待って!なんでそんな話になってるの?!私、全然気にしないのに!!」
「うーわー……、女の集団ってホント、くっだらねー……」
「あのぉー、盛り上がってるのに邪魔してごめんねぇ??そろそろ本題入って、ねぇ??」
「「わぁ!ロザーナごめん!!」」
「ううん、いいけどぉ。あと……、エリカちゃん、だっけ??彼女はたぶん、だいじょうぶな気がするわっ」
ロザーナは柄から手を離すと、ぐっと親指を立て、笑う。
たしかにロザーナの勘は鋭いしよく当たるが──、場違いな微笑みとうずくまって三人を見上げるエリカとを見比べる。なんだろう、これもまた既視感を覚える光景だ。
「えっと……、質問に正直に答えてくれる??」
「は、はいっ」
エリカの目線に合わせるべく目の前にしゃがむ。
「エリカは何しに、この場にきたの??」
「ルーイがドミニク様と執務室へ向かうのを見たの。ミア様のあと追ってお城出ていったきりだったし、話す
「知らない人??」
「ここ一年くらい前から元人間の吸血鬼がすごく増えてきてるんです。しかもお城を出たり入ったりしょっちゅう繰り返すから、新しい吸血鬼はもう誰が誰なのかぜんぜんわかんなくなってて……」
「そのあたりもっと詳しく訊きたいけど、とりあえず一旦先を続けて」
「はいっ、それで隠れて様子窺ってたら、その人たちがルーイを抱えてどこかへ連れていっちゃって。わたし、びっくりしたのと怖くなったのとで思わず自分の部屋に戻ったところでヴェルナー様とドミニク様にみんなと一緒に大広間に呼ばれて……、ルーイを囮にミア様をお城へ連れ戻す計画を聞かされたんですっ」
「私を、呼び戻す……??」
「はい。ヴェルナー様はハイディを脱獄させるのにミア様のお力が必要だし、ゆくゆくはミア様に一族の長であるハイディの右腕となって支えてほしいから、と……」
「なにそれ、どういう……」
「ハイディの血には吸血鬼を強制支配させる力が宿ったみたいで……、ヴェルナー様とドミニク様はハイディにすっかり支配されてしまったんです!おふたりだけじゃない!他のみんなも誰もハイディに逆らえなくて……!」
これまでのハイディの動きを鑑みるに、感じていた最悪の予感──、ハイディが一族の長の座に就いたのでは、という予感は的中していた。
「わたし、わたし……、ハイディが支配するようになってからのお城のふんいきが、とにかく嫌で嫌でたまらないんですっ!ハイディの機嫌次第で拷問や吸血で何人も何人も殺されて……。ハイディだけじゃない、ハイディが連れてくる吸血鬼たちもやりたい放題するからお城の中はもうめちゃくちゃ……!今までにも増して人間からも目をつけられるようになっちゃったし……、もう、やだ……」
「エリカ……」
「ルーイは仲良かったし、ひどい目にあわせたくなかったからこっそり逃がしてあげようって思って……。でも、しっかり見張りいるし、どうしようって……、様子窺うことしかできなくて……。ごめんなさい、ごめんなさい、ルーイがみんなに襲われてるのに怖くて何もできなくて……!」
しまいにエリカはぐずぐずと鼻を啜り、涙声に変わっていく。
「ミア様、お願いします……!どうかお城に戻ってきてください!!わたし、わたしはここでしか生きられないの……。ミア様が戻って、一族の長になってくれたら」
「一族の長はあくまでハイディマリー様。ミアは補佐として呼び戻したいだけだ」
ミアに懇願し、足元に縋りつこうとしたエリカがひゅっと息を止め、同時に動きも止める。
エリカだけじゃない。ミアもルーイもロザーナも張り詰めた面持ちで声の方向──、長い廊下の奥を一斉に振り返った。
(2)
一撃目ののち、剣を構えたまま動こうとしないドミニクを警戒しつつ、スタンはモッズコートの裾を咥え、引き裂いた。痛みと失血で意識が飛びそうになりながら、引き裂いた布地で右手と歯を使って素早く止血。その間もドミニクは剣を振り下ろそうとしなかった。
バスタードソードほどの得物を地下室の狭い通路で自在に扱う。熟練者ならともかく、やはりドミニクは手慣れていなかったのだろう。
少なくとも止血できたのは不幸中の幸い。あとはドミニクを倒して地下室を抜け、ロザーナとミアと合流するにはどうすべきか。そもそも、この失血量で思うように動ける、のか??
「ドミニク様っ!今ですわ!」
いつの間に背後を取られたのか。気づけばカルラに羽交い絞めにされていた。
吸血鬼とはいえ、戦闘力皆無であろう非力な女に背後を取られるなど不覚すぎる!
振り払おうにも身体に力が入らない。くそっ!
ドミニクの右足が一歩、前へ進み出る。
やっと動くつもり、か。
右腕は固定されているし、左腕は完全にもう使い物にならない。
上半身を動かすことは不可能に近い。ならば──
「ぎゃっ、いたいっ!!」
カルラの足の甲を、右足で、今の状態で込められるだけの力を持って踏みつける。
拘束する力がわずかに緩んだ隙に、もう片方も強い力で踏みつける。ドミニクの剣が拘束から逃れたスタンの鼻先を逸れていく。
茫洋とする視界に、顔を歪めるドミニクがかすかに映る。
ほぼ無意識にウエストポーチから手榴弾を取り出し、歯でピンを抜く。
悔しさから恐怖への歪みに変わった顔へ、唇の片端を吊り上げて微笑むと──、その歪みきった表情へ向かって投げつけた。
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