第67話 白か黒か①

 螺旋階段を下りながら横の壁に造られた牢をひとつひとつ確認していく。


 結論から言うと、ルーイの姿はなかった。ルーイ以外の囚われ人の姿も見つからなかった。


「そんな簡単には見つからないだろ。もうすぐ地下室だ。さっさと階段降りるぞ」


 スタンの叱咤に気を取り直し、最後の一段を降りる。

 階段を降りてすぐの壁際には、バスタードソードを構える古い鎧が二体。今にも動き出しそうなそれらは地下の不気味さに拍車をかけている。


「なんでこんな場所に鎧があるのぉ??」

「大昔、攻め込んできた人間から奪った、んだと思う……」


 スタンの反応が気になり、言葉が尻すぼみになってしまう。

 当のスタンは特に何も言わず、鎧を横目に通り過ぎていく。


 狭い通路を挟んで両脇に並ぶ地下牢は埃臭く、鼠の糞や何か動物の腐敗臭が漂ってくる。

 雨漏りする箇所があるのか通路も低い天井も湿っており、長期間囚われたら心身に不調をきたしそうだ。


 一歩進むごとにきょろきょろと各牢の中を覗き込む。残念なことにいくつかの牢の中には人の姿が確認された。

 彼らはミア達を認めると鉄格子にしがみつき、助けを求めてくる。


「スタンさん、この人たちも助けた方がいいんじゃ……」

「彼らが攫われただけの善良な人間という確証もないのにか??」

「じゃあ訊いてみればいいんじゃなぁい??」

「訊いてみたとして嘘をつくかもしれん。混血や後天的な吸血鬼は虹彩の色を変えられるし、いくらでも人を騙す手段を持っている」

「でも」

「あくまでルーイが地下牢にいるかいないかの確認が重要だろう??下手な動きは見せない方がいい」


 突き放した物言いに少し反発したくなるが、正論を前に納得せざるを得ない。

 助けて……、と鉄格子越しの訴えを、『ごめんなさい、ごめんなさい。ルーイくんを救出したら必ず助けます』と心中で謝罪しながら更に奥へと突き進む。


 罪悪感から自然と歩調が速くなるが、囚われた者の顔確認は怠らない。

 本当は目を背けたい。牢を通り過ぎる度、罪悪感は膨れ上がっていく。


 内なる罪悪感と戦うこと数分、ある牢の前を通りがかるとミアは足を止め、食い入るように中の人物を注視した。


「カルラ小母さま……??」


 その牢内には少し褪せた金髪に赤目の中年女性──、どこからどう見ても吸血鬼の女性が閉じ込められていた。

 女性もミアを認めるなり、言葉にならない叫びを上げて鉄格子越しにミアに駆け寄っていく。


「ミア、様……??ミア様、なの??」

「知り合いか??」

「はい。カルラ小母さまは私の遠縁にあたる方です。……小母さま、いったい、どうして地下牢なんかに……」

「ハイディマリーに閉じ込められたのよ!」

「ハイディに??」


 カルラは大きく頷くと、鉄格子を両手できつく握りしめ、がしゃがしゃ揺さぶり、必死に訴えかける。


「えぇ、そうよ!あの娘はヴェルナー様とドミニク様を退け、一族の長に成り代わったの!!」

「え、う、うそ……、嘘でしょ?!そんな……!」


 今度はミアが長い前髪振り乱し、鉄格子にしがみつくと激しく揺さぶった。

 

「おじいさまとドミニク様は?!」

「ハイディマリーの下僕と化したわ。お二人だけじゃない、他の者も!私や、もう少し先の牢に閉じ込められた者たちは皆、彼女に反発したから……。閉じ込められただけならまだマシよ。干乾びるまで吸血されたものも少なくないわ。だって彼女の血には強制支配の力が宿ってるもの!!」


 ノーマンとスタンが立てた悪い予想は的中した。

 鉄格子にしがみつく手の力がずるずる抜けていく。

 他にも訊かなきゃいけないことがあるのにうまく頭が回らない。言葉が出てこない。

 はくはく、はくはく、呼吸が徐々に浅く苦しくなっていく── 


「やはりな」


 スタンの冷めきった声が降ってきた。

 途端に頭から冷水を浴びせられた気になり、おかげでほんの少しだけ、我に返ることができた。


「そちらの事情は大方理解した。で、ひとつ尋ねたいことがある」

「ミア様、こちらの方々は……」

「今、私が……お世話になってる組織の仲間、です……。わるい人たち、なんかじゃありませんから……、質問に答えて、あげて……」

「昨夜、この地下牢に少年の吸血鬼が送られてこなかったか??よく目立つ赤毛でひょろっとした体型の」

「ひょっとしてルーイのことかしら??」


 カルラが質問に食い気味に答えたため、ミアは弾かれたように顔を上げた。

 ついさっきまで混乱していたのが嘘みたいに、落ち着きを取り戻した目で穴が開きそうなほどカルラの顔を見つめる。視線の先にあるのは顔全体でも目でもなく、主に口元や鼻だった。

 強すぎる視線を感じたからか、スタンを信用できないからか。カルラはスタンではなくミアの方に向けて答える。


「ルーイならここから少し先の牢にいるわ」

「……わかったわ。ルーイくんは地下牢にいないってことでいいのね」

「ミア様、何を??」

「カルラ小母さまはルーイくんの名前を覚えてなかったよね??」

「え??」

「覚える気がなかったからいつも人参頭って呼んでたじゃない」

「そ、そうだったかしら??」


 カルラは視線を明後日の方向へ逸らすも、すかさずミアは視線の行き先を追い、視界の中へ入っていく。するとカルラはまた目を逸らし、ミアは視線の先を追う。

 不毛な視線の追いかけっこ。しかし、カルラは決してミアに背中を向けなければ、牢内の奥へ逃げたりしない。


「私たちを地下牢の奥に誘うために、誰かにそう言えって言われたの??」

「まさか……、ミア様ったら酷いわ。名前ならルーイを連れてきた者がそう呼んでたから」

「それにね、ルーイくんが吸血鬼城に戻ったのは昨日の夜じゃなくて……、今日なんだけど」

「え??」


 カルラの視線がミアを越え、スタンへと注がれる。


「ふん、まんまと引っかかる方が悪い。あんたの顔の肌つやの良さ、姿形なりの清潔さから見るに時間の感覚が狂うほど長く牢にいるとは思えん。ということは、あの小娘ハイディに閉じ込められたというのも嘘になる。あいつが逮捕されたのは二か月以上前だしな」

「……カルラ様、昔から嘘ついてるとき、心にも思ってないこと言うときは小鼻が膨らむの。嘘じゃないわ、本当よ」


 お茶会で誰かが中座すると散々褒めちぎっていたのが一転、喜々としながら悪口で盛り上がってたじゃない。戻ってくるとまたお世辞の嵐だったけど、その時の小鼻の膨らみ方ときたら──、とまでは言う必要がないので黙っておく。


「こいつには人の顔色窺う悪癖があった。ただ、顔色窺う分だけ細かい表情の変化にも敏感だ」

「そうなのぉ、ミアは嘘を見抜くの案外得意なのよぉ??」

「小母さま……」


 悲しげに名を呼べば、カルラは顔を伏せ──、たかと思いきや、ぎりぃ、と奥歯を噛みしめる音が微かに聞こえてきた。


「カルラ小……、いっ……!」


 勢いよく天井を仰ぐと、カルラは大音量で超音波を発した。

 両手で耳を塞ぎ、鉄格子の前からスタンとロザーナのそばへと飛びずさる。

 ミア同様に二人も耳を塞いでいる。人間のロザーナですら耳を塞ぐなんて、どれだけ強力な超音波なのか。


「ルーイはここにいない!撤収するぞ!」

「了解!」


 スタンの号令にロザーナと揃って応じた直後。


 本来なら進行する筈だった通路の奥から複数の足音、羽音がこちらへ向かってくる気配がした。

 鉄格子の中のカルラを見やれば、嘲笑めいた含み笑いを浮かべている。

 彼女の言葉を信じ、あのまま突き進んでいたら──、否、嘘を見破ったところで結局戦わざるを得ない。


「ミア!居住塔はこっちへ押し寄せてくる奴らの流れに逆行しないと辿り着けないか?!」

「は、はいっ。地下から居住塔へ出る方法は通路奥の階段上がる以外ないんですっ!」

「作戦変更だ!居住塔にはお前たちだけで向かえ!俺はここに残ってあいつらを食い止める!」

「スタンさん一人だけで?!無茶よぉ!」

「いいから行け!命令だ!!」

「でもぉ!」

「ミア!大声で歌いながらロザーナと通路を突っ走れ!お前の殺人的な超音波で戦力が大幅に削れる!」

「い、いですけど!でも、スタンさんも」


 耳がやられるんじゃ、と言う前に、スタンはモッズコートの胸ポケットから耳栓を取り出し、手早く耳孔に突っ込む。


「人のこと気にするより、お前たちは無事居住塔へ進むことだけに専念しろ!」


 スタンが刺突剣スティレットを、ロザーナが双剣バゼラルドの片方のみ引き抜いたのと、押し寄せてきた吸血鬼たちが襲いかかってきたのはほぼ同時だった。

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