第66話 救出作戦➂

 螺旋階段は地上ではなく、塔の一階天井ら辺の高さから始まり、三つの尖塔に到達する手前数メートル残して終わっていた。一見、階段の意味をなさない中途半端な造りにはちゃんと意味がある。


「人間のお城でいう砲塔や櫓塔的なんだけど、吸血鬼狩りが盛んだった大昔、襲撃しにきた人間を誘い込むために作られたみたい。この階段の造形だと人間は多少なりとも侵入に手間取るし。今はいないと思うけど、大昔は三つの尖塔の一つには必ず見張りが立っていて、人間が侵入に手間取っている間に塔から出てきて、階段から突き落としたりとかで返り討ちにしてた……、らしいです」


 吹きすさぶ夜風の音に負けじと、下段にいる二人にはっきりとした声で説明。風の勢いに流されぬよう、ミアはごつごつとした石造りの外壁に張りつく。


「私がお城にいた頃は見張り立ててなかったし、今もたぶん、見張りは潜んでない……、と思う。三年前と今じゃ状況は随分変わってるし何とも言えないけど……。でも、私が最初に侵入して確かめればいいだけ」


 おい待て、というスタンの呼びかけを振り切り、数メートル先、頭上に並ぶ三つの尖塔へ向かって飛び立つ。

 三つの尖塔の中に人影が見当たらないか。各塔に一窓しかない両開きの窓越しに確認する。

 蝙蝠羽根を拡げたまま、左端の尖塔の窓へ寄る。


 鍵の位置に合わせ、ウエストポーチから出したオイルライターで窓ガラスを炙る。数十秒後、パンッと軽微な破裂音が鳴り、ガラスにひびが入った。

 ライターと持ち変える形で今度はバールを握りしめ、二、三度打ちつける。ガラスに広がった空洞から鍵を外し、窓を全開させる。

 縦幅約1.3m、横幅1mほどの大きさなら、自分も残る二人も潜り抜けられるだろう。

 問題があるとすれば――


 先に室内へ侵入する。

 10帖ほどの広さの室内は外壁と同じく全面石造りで、暗闇に差し込む月光以外何もなく殺風景だ。

 スタンとロザーナは階段の最上段まで登り、ミアの一連の行動を見守っていた。

 スタンはともかく、ロザーナをここまでどう移動させるか。スタンに抱えてもらうのが最善、かも。

 そう提案しようと窓から身を乗り出したミアだったが、言葉にする前に引っ込めることになった。

 階下で、ロザーナが腰のハーネスと繋ぎ合わせた命綱を手にしていたからだ。


「ミーア!ちょっとどいてもらっていーい??」

「あ、う、うん!」


 ロザーナがぶんっと大きく振った命綱は窓辺に到達。下枠から床まで垂れたそれを掴むと、ミアは再び窓から顔をのぞかせる。両手を軽く上げ、綱は握っている、と無言で示せば、ロザーナからも無言の首肯が返ってきた。


 窓の下に座り込む。命綱を尻に敷き、両足で踏みつけ、更に両手で固く握りしめる。

 ロザーナの体重が掛かり、動く度に物理的な重み以外に命の重みを感じ、緊張に全身が汗ばんでいく。掌もじんわりと湿っていく。汗で手が滑らないことだけをひたすら祈る。この手を、この手だけは絶対に離す訳にいかない。


「おまたせぇー!あらぁ、どうしたのぉ??」


 ロザーナが窓を越え、無事塔内へ降り立った時の安心感ときたら!

 脱力の余り、座り込んだままで思わず膝に顔を埋める。


「おい何してる。さっさと立て」


 間髪入れず、厳しい声が降ってきた。


「えっ、えっ??スタンさん??あれ??もう来た……」

「早く立て。呆けるな」

「あ、えっと、はいっっ」


 速攻で立ち上がれば、あからさまに苛立つスタンと心配そうなロザーナと、対照的な視線がミアにぶつかってくる。


「まったく……。多少は使えるようになったかと思えば」

「すみませんっ」

「で、侵入するのにこの場所選んだのは、単に侵入しやすいだけが理由じゃないだろ」

「は、はいっ」

「理由は??」

「理由、は――、昔から語り継がれる話だったり、お爺様から聞かされたりで、直接見聞きした訳じゃないけど……、この塔は――、『餌』を閉じ込めておくために造られたの」


 餌、と聞いたスタンの表情が酷く歪む。

 本人は無意識なのか、臆して言葉を詰まらせたミアに「続けろ」と促す。


「部屋の奥にも螺旋階段があるでしょ??この階段と壁の間が牢になってて、そこに連れ去った人間とか一族に馴染めない元人間の吸血鬼を閉じ込めておく、らしくて。階段は地下まで続いてて、地下にも牢があって……」


 ここでミアは完全に言葉を失う。

 スタンの顔から歪みきった表情が消え、不気味な薄ら笑いに変化していた。

 ロザーナがミアの腕を取り、そっと寄り添ってきた。見上げた横顔は少し怯えている。


「は、はは……、どいつもこいつも吸血鬼って奴は似たり寄ったりだな。いっそ滅んじまえばいいっ!」


 無感情に吐き捨てられた台詞に心臓が抉られる思いがした。

 みるみるうちに居たたまれなくなり、この場から逃げ出したくな――



 スパァンッ!



「……ふへ??」


 数瞬で状況が変わりすぎて変な声が出た。

 何よりさっきまでミアにくっつき怯えていた筈のロザーナが、目を三角に吊り上げている。


「った?!おま、お前、何を……」


 後頭部を押さえ、スタンは目をまんまるに見開いてロザーナを振り返る。


「なんでそういうこと言うのぉ??自分まで卑下すること言わないで、って、あたし、いつも言ってるでしょぉ??なんで言っちゃうのかなぁ??」

「いや、それは……」


 驚きすぎてスタンの言葉が続かないのをいいことに、ロザーナの言葉攻めは止まらない。

 元は冷たい顔立ちの美人だし、常に笑顔を絶やさないだけに真顔だと背筋が寒くなる。


「スタンさん自身だけじゃなくてミアとルーイへの侮辱にも繋がるでしょぉ??まだ二人を信じてないのぉ??」

「そういう訳じゃ」

「じゃあなんなのぉ??」

「あぁ、もう!わかった、わかったよ!俺が悪かったよ!前言撤回するっ」

「よぉし、じゃ、いいわっ」


 ぱぁっと破顔するロザーナをスタンはげんなりと見返し、ミアはホッと胸をなでおろす。


「私情はさておき」

「……ホントですよ」


 ぼそり、本音が漏れる。


「なんか言ったか」

「いえ、な、なんでも……」

「要は、この塔内と地下の牢にルーイがいないか探るんだな」

「はい」

「塔と地下牢にいなかった場合は??」

「居住塔の空き部屋を探します。ただ居住塔は四階建て、膨大な部屋数なので一階と二階、三階と四階で二手に分かれて探した方が早いと思います。そうなった場合、スタンさんとロザーナ、私と分かれましょう」

「いや、ロザーナはお前と組むべきだ」

「え、でも」


 ロザーナも吸血鬼城の内部構造を大体把握しているから、と言いかけて、スタンに複雑な笑みを向けられる。


「ロザーナも突っ走りがちだがお前もすぐ突っ走る。でも、どちらかが突っ走るとどちらかがストッパーと化す。バランスが取れてるんだ。危険な仕事程二人揃っている方が……、安心する」


 正論過ぎてロザーナ共々ぐうの音も出ない。


「でも、スタンさん、お城の構造は」

「あらかじめミアから聞いて把握した」


 でも、だけど。

 何度でも繰り返したくなったが、いつまでも押し問答を繰り広げている訳にはいかない。

 この塔内にルーイがいれば、居住塔まで侵入しなくても済むのだし。


「……まずは、この塔から行きますね」


 気を取り直し、三人の先頭に立つと。

 ミアは部屋の奥にある古い石階段に一歩、降り立った。


 ルーイが居住塔を彷徨っているとはつゆ知らずに。

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