第65話 救出作戦②

(1)


 城内の一室に閉じ込められたあと、ルーイは両手を後ろ手に縛られ、ベッドに転がされていた。


 一室とはいっても、もう何年も、ひょっとすると数十年単位で使用されてなさそうな空き部屋だ。壁を囲む調度品には埃がうず高く積もり、天井を始め、至る所に張られた蜘蛛の巣が薄闇に光っている。

 ルーイが横たわるベッドも例に漏れず。転がされると同時に、大量の細かい埃が粉雪のごとく舞い散り、ルーイの服や髪にも降り注いだ。おかげでルーイも、彼をベッドに転がした吸血鬼たちも盛大に咳き込むという間抜けな事態に陥った。


 吸血鬼たちが退室すると、ルーイは黴臭さと埃に咳き込みつつ、絶えず両手をぐっと握ってはぱっと開くを繰り返していた。動作に疲れ、手がだるくなってくると、縛られた両手を力いっぱい腰に叩きつける。そしてまた、両手の開閉の動作を繰り返す。うん、もうちょっとで縄が切れるかもしれない。


 組織における非戦闘員は人質に成り得る可能性が高いので、捕縛された場合の脱出方法はそれなりに叩きこまれている。

 人質になんてならなきゃいいだけ、と思っていたが、その知識が役立つときがくるとは。しかも自ら人質になりにいったようなもの。過去の自分が現状を知ったらなんて顔をするだろうか。否、過去の自分よりも仲間の反応の方がずっと気になって仕方ない。

 あとから気にするくらいなら最初から勝手に動かなきゃよかったのでは??

 後悔が過ぎりかけて頭を振る。ついでに埃も舞い、軽く咳き込む。


 ハイディによる強制支配はミアに効かないし、その理由も知れた。



『ミアに強制支配が効かないのは、かつて吸血鬼一族に従属した東の人々の血が彼女に色濃く表れたせいだ』

『え、でも、東の人々って……、ただの人間だったんじゃ……』

『違う。彼らは人間じゃない。我々と同じく吸血鬼だった』


 ヴェルナー曰く、東の人々は吸血鬼であるがため、祖国を追われた。

 そして、元々カナリッジに在住するヴェルナー達の先祖へ従属した――、が。


『東の吸血鬼達にはこの国の吸血鬼にはない特別な力を持っていた。例えば、大勢の若い娘を吸血せずとも、生まれながらに血で他の者を――、同じ吸血鬼は勿論、人間、動物まで強制支配できるという力を。強力かつ恐ろしい力だ。そして、東の吸血鬼は野蛮な性分の者が多かった。従属したと見せかけ、逆にこの国の吸血鬼一族を乗っ取った』

『じゃ、じゃあ……、東の人々が先祖に従ったって話は……』

『我々一族にとって恥ずべき歴史だからだ。先祖にできたはこの国の娘を吸血鬼に変え、婚姻を繰り返し、徐々に東の血を薄めていくことだった。その過程で、若い娘を吸血しすぎて強制支配の力を得てしまった者がいたがため、女性への吸血は禁忌とした。まぁ、その強制支配の力も東の吸血鬼より劣るゆえ、彼らに効かなかったようだが』



 この情報を持ち帰れば、きっとミアの謹慎は解除され、これまで通りロザーナと共に仕事に勤しめる。昨今多発する吸血鬼関連の事件にも何かしら役立つかもしれない。


 問題は吸血鬼城から無事脱出できるか。

 脱出後、住処の城に戻った自分の話を仲間が信用してくれるか。


 どちらも達成できれば、組織内で粛清されようが追い出されようがかまわない……、なんて、言いつつ、本当は全然かまわなくない。全員曲者揃いで面倒事も多いが、なんだかんだ家族兄弟みたいな関係で居心地が良かった。

 病弱な人間だった頃、実の家族は入退院繰り返す自分を持て余していたし、吸血鬼城で暮らしていた頃も極度に血を怖がるのをミア以外の吸血鬼たちはバカにしてきた。

 実の家族とミア以外の吸血鬼一族には何の思い入れもない。カナリッジと東の吸血鬼との真実も、ミアを復帰させる手がかり以上の興味も感慨も抱かなかった。


 あぁ、バカにすると言えば。


 吸血鬼たちはルーイを拘束はしたものの、所持していた短剣ダガーを一本たりとも没収しなかった。手を縛りさえすれば短剣は使えない、とタカを括ったに違いない。

 扉に鍵はかかっているみたいだが、扉の前や廊下に見張りを立てていない。

 ルーイが抜け縄の他に錠外しもできるなんて夢に思っちゃいないだろう。(もしも双頭の黒犬シュバルツハウンドが犯罪に加担する側だったら相当手強い存在だと思う……)とはいえ、脱走を図るかどうか、試されている可能性もなきにしもあらず。油断は大敵だ。


「おっ??おっ、おっ……!」


 何度目かに両手を腰に打ちつけた瞬間、縄に切れ目が入る感触を得た。

 両手を、外側へ向け力を籠めれば――、ぶち、ぶち、と、少しずつ縄が切れていく。


「よっし……、いけいけっ!」


 小声で自ら叱咤し、ルーイは力の限り、一気に腕を外側へ拡げて縄を引きちぎった。










(2)



「ロザーナ、なんでここに?!」


 声を最大限落として問えば、ロザーナは困ったように微笑む。

 腰や太腿のハーネスベルトには銃のホルスター、かんしゃく玉入りの革ポーチなどを提げている。当然のごとく双剣バゼラルドも帯剣し、背中には小型の擲弾発射器まで背負っていた。

 笑顔に似つかわしくない完全武装。夜風に靡く、出会った頃のような闇色に染めた髪をスタンは苦々しげに見やる。それには気づかないふりをしてミアはロザーナとの距離を一歩、詰める。


 ノーマンが命じたともイェルクが話したとも思えない。と、なると。


「アードラか」

「うん」


 スタンのつぶやきにロザーナは大きく首肯した。再びスタンの嘆息が夜闇に溶けていく。


「怒らないであげてねぇ、アードラさんのこと。あの人なりに二人を心配してのことだと思うのぉ」

「あいつが、心配??どうせ、いくら仕事だからって、相棒と恋人とふたりきりにしていいのか、くらいのこと抜かしてお前を焚きつけてきたんじゃないのか??」

「ちがうわよぉ?!なんでそんな意地悪言うのぉっ」

「しっ!声を落とせっ」


 スタンが煽るからいけないのでは。口元を押さえるロザーナに同情したくなった。

 まぁ、彼がロザーナをこの場から帰したいからこその意地悪だとも思うが。


「『今回はロザーナも同行した方が絶対いいような気がする』って言われただけだもん……」

「たったそれだけの言葉で??」

「充分だと思うけどぉ??それにあたし、前も潜入してるし、多少はお城の内部構造把握できてるしっ、ね??」

「スタンさん……。知ってると思うけど、こうなったら最後、ロザーナは意地でもついてくると思います、よ……??」

「あぁ、よく知ってるさ……、ちくしょうがっ!……よしわかった、ミア、さっきの補足だ。お前はさっきの指示通り飛行で森を越えろ。俺はロザーナを抱えて跳ぶ。落ち合うにはどこへ行けばいい??」


 恋人を案じる一青年の顔から一転、精鋭の長の顔に切り替わるとスタンははるか高みの城を差し、ミアに問う。


「……正面左、最上階に三つ、小さい尖塔が並んでるの、見えますよね??」

「あぁ」

「三つの尖塔を支えてる、下の塔の外壁に螺旋階段があります。その階段の上の方までロザーナと一緒に来てください」

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