第63話 救出作戦開始
(1)
遡ること、数時間前。
アードラは珍しく不機嫌も露わに麓の街を歩いていた。正確に言うと歩かされていた。
ただ歩かされているだけならまだいい。全身にのしかかる他人の、しかも二人分の重みに耐えながら歩かされているのだ。しかも無償で。
「アードラさん、ごめんねっ」
「イーエ、ドウイタシマシテ」
瞬時に笑顔で取り繕うも声色の不機嫌さは隠せない。何せ、背中には小柄な成人男性同等の体格した少年を背負い、脇には小柄な少年を抱えているのだから。
隣を歩く、背丈がアードラの胸ら辺までしかない少女がやたらと顔色を窺ってくる。
「イーヨ、イーヨ」
「ほんと??」
「学校サボってどっかいっちゃうロメオとフィリッパが悪いんだし」
「だよねだよねぇ!ほんと信じらんないっ!!せっかくあったかいおうちでやさしいパパとママと暮らせて、学校にも行けるようになったのに!!」
唇を尖らせ、ぷんぷん怒る少女の浅黒かった肌は以前より白くなり、こけた頬もふっくらしている。
ハービストゥの吸血鬼事件以降、犯罪組織の末端で働かされていた彼らは保護され、現在しかるべき里親の下で生活していた。
だが、裏の世界で生きていたせいか、少なくとも二人の少年は表の世界での暮らしになかなか馴染めずにいる。学校をすぐにサボって家出を繰り返すのがその証拠だろう。
「もしかして里親と上手くいってないとか??」
「うーん、うまくいってないっていうか……、二人の方が歩み寄ろうとしてない感じ??」
「ふーん……。だってさ。あ、暴れないでよね。取り押さえるの結構きついんだし」
「あんた達さぁ……。アードラさんの言うことは素直にきくよねぇ」
だからと言って、たまたま仕事中に出くわした自分に少年二人の捜索頼まないでほしいんだけど。
またこの子達から情報聞き出すことがあるかもしれないし、仕方なく手伝ってあげたけど。割に合わないにも程がある。
「とりあえずさぁ、みんな家に送るよ。ちゃんと家の中入るとこまで見届けないと安心できないし」
女子を口説く時に使いたい台詞なのに、一〇歳程度の子供達に使ってるのか。
現に少女がやたらキラキラした目で見つめてくるではないか。いやいや、僕、ロリコンの趣味ないし。成人したおねえさんが好きだし。
少女の視線を感じなくなるやいなや、愛想笑いから不機嫌虚無顔に戻る。今ならスタンの犯罪者面といい勝負……、迫力負けはするかもしれない。
などと、どうでもいいこと考えなければやってられない。少女に案内されるがまま住宅地へと足を運ぶ。
背の高い鉄門に囲まれ、庭園や菜園が拡がる豪邸が並ぶ高級住宅地など、賞金首の立て籠もり事件でも発生しない限り、アードラには縁のない場所。情報収集でも滅多に立ち寄らない。
「あたし達のおうちはこっち!この曲がり角を右に」
ちょっと待って、と言いかけて、アードラは眉間を顰めた。
自分同様、この場にそぐわない人物が堂々と住宅地の中を歩いていたからだ。
その人物は豪邸一軒分程離れた先、アードラ達の前方にいた。
キャスケット帽を深々と被っていても、オレンジがかった赤毛はアードラの目を引いた。隠そうとしているのが見え見えだから、余計に目についたのかもしれない。後ろ姿や歩き方にも見覚えがあるし。
あいつ、なんでここにいるんだろ。
やたらと辺りをきょろきょろ見回して、不審者もいいことじゃん。
「アー……」
少女に向かって無言で人差し指を唇に当て、物陰に隠れるよう目線で促す。
二人で鉄門の角側に身を隠すと、少しだけ影から顔を出し、前方をそっと指差す。
「ごめんね、ソフィア。急遽仕事ができちゃった。悪いけど、二人下ろすから」
え、あ、うん……、と戸惑う少女に構わず少年二人を解放すると、アードラはルーイの後をつけ始めたのだった。
「……以上がアードラによる証言だ。ルーイは、俺には投擲の練習がしたいと話していたし、住処の森にいるものだと思っていたんだが」
「じゃ、じゃあ、ルーイくんは、イェルクさんに嘘をついた、ってことに……」
口に出してすぐ、失言だと気づく。
イェルクの冷たい表情が益々強張ったからだ。
「俺の監督不行き届きだ」
深い嘆息混じりに吐きだされた言葉に、弾かれたようにミアはイェルクを見上げた。
「俺に嘘をついてまで出て行ったからには、あの子なりに重要な理由あってのことだと思う。あの子は素直すぎるくらい素直な子なのに、見抜けなかった俺が悪いし腹立たしい」
「あー……、そう、自分にぴりぴりして」
「お前は黙ってろ!いずれにせよ
「ってことで、僕たち三人はこれから
「どうするって……」
「判断力まで鈍った??来るか来ないか訊いてるんだけど??」
「行く!行く行く!行きますっ!!」
「アードラ!」
「なに、スタン。ミアがいたって別にいいじゃん。ミアがルーイを擁護しても
スタンはぐっと言葉を詰まらせると、先に歩き始めたイェルクとアードラを横目に、ミアに向き直る。
「
「了解……、ですっ!」
モッズコートの裾を翻すスタンの背を、ミアは慌てて追いかけた。
(2)
「はあはあはあー、んー、なるほどなるほどねぇ!そら大変なことが起きちゃったねぇ、どうしよっかぁ、んー??」
解体した拳銃の部品を執務机に並べ、ウエスで磨く手を止めることなく聞いていたノーマンは、報告が終わるなり破顔した。満面の笑みで返す内容じゃないのに、と思うと、その笑顔に恐怖を覚えてしまう。
「まぁ、一番やっちゃいけないのは放置とか見捨てることだね」
執務室に集った者全員がノーマンを二度見する。
四人分の強い視線を感じてないかのように、ノーマンは視線をウエスで包んだ部品に落としたまま続ける。
「そりゃそうでしょー??捕虜になっちゃう可能性大でしょ。あちらさんが拷問でも何でも使ってルーイから
「あの、お言葉ですけど……」
『お前は黙ってろ』とスタンとアードラが目線で訴えてくるが、「お、どしたのどしたの??言ってごらん??」とノーマンが続きを促してくれた。
「ハイディが捕縛される前なら有り得たかもしれません。でも、今彼女はお城にはいません。だったらうちの情報聞き出しても……」
「ミアは甘いなぁ。この前スタンレイから聞かなかったっけ??なんで君が無期限の謹慎処分受けてるのか」
「聞きました、けど……」
少しムッとしつつ考えてみる。
ハイディに強制支配され、操作されることを恐れて――
「もしかして」
「わかってくれたー??そう!ハイディマリーちゃんが吸血鬼城内の吸血鬼全員を強制支配してたら??例え彼女の指示がなくとも、意向を汲んだ他の者が僕達を潰す機会を狙ってるかもしれないよねぇ??」
そんな筈はない!
叫びたくとも残念ながら反論材料は見当たらない。マリウスやメルセデス邸で操作されていた吸血鬼達がいい例じゃないか。
「あの小娘が、俺達を潰す……??」
「これまでの経緯から僕が想像するに、かなぁ??あの我が儘お嬢さんは僕達が気に食わないんじゃないかって。理由はわかんないけどねっ。本当にただただ気に入らないから消えて欲しい、って、だけかも??おじさんには若い子の考えてることなんてさっぱりぃ」
「笑ってる場合じゃないでしょう?!」
とうとう、イェルクは堪りかねて語調を荒げた。
いつもの声量に戻った分、窓硝子や執務机がびりびり震える。アードラに至ってはあからさまに耳を塞ぎ、うるっさ……と小さく毒づく。
「ごめんごめん、怒っちゃ嫌だよぉ!」
「
「ああぁぁ、スタンレイもそんな怖い顔しないでよぉ……。んん――、要するにだねぇ、ルーイが吸血鬼城へ向かった理由はこの際どうでもいいんだねぇ」
「どうでも良くはないですが、まぁ、少なくともこちらへの裏切りとかではない……と、俺は思ってます」
意外にもルーイを擁護したスタンを、誰もが物珍しげに見返す。
「ふーん、スタンレイがそんなこと言うなんて。何か根拠でも」
「今回のきっかけを作ったのは俺かもしれません。ミアに謹慎処分の真の理由を話した時、ルーイは扉越しに話を聞いていました。いや、たまたま聞いてしまったのでしょう。俺は気づいていながら放置しました。なので、今回の件は俺の落ち度によるもの」
「スタン」
「イェルクすまない」
何とも言えない、複雑な表情を浮かべるイェルクへスタンは深々と頭を下げた。
ミアとアードラもイェルクと似たような顔で二人を眺めている。
「あーはいはい、辛気臭いのはやめ!失敗は誰にでもつきものだって、僕、いーっつも言ってるよねぇ??」
パンパンと大仰に手を叩き、ノーマンは再び自分に視線を注目させた。
「失敗は次の行動で挽回してもらえばいい。ってことで、スタンレイ。君のやるべきことはただひとつ!吸血鬼城からルーイを取り戻すこと!」
「……了解」
「それから城内の案内役としてミアを伴うこと!」
「えっ、えっえっ?!私、ですか?!」
「ん??不服かね??」
「いえっ、そうじゃなくて……、私、謹慎中、ですけど」
「緊急事態にそんなこと言ってる場合じゃないよねぇ??」
「ですよね……」
無期限だった謹慎は唐突に解かれたが、とても喜べる状況じゃない。
まさか、このような形で生まれた場所へ戻る日が来ようとは。
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