第56話 苦戦、防戦、そして
(1)
上階から飛び降りてきた
それはアードラとラシャも同様にだったらしく、アードラは早速
マリウスは三人をぐるり見渡すと、銃が一番危険と見なしたのか、はたまた偶々か、迷うことなくアードラへ向かっていく。
突風にも勝る速さ、身のこなし。アードラにしては大変珍しく、撃つことに焦りと躊躇を感じたようだ。
その小さな躊躇は命取りにしかならない。カシャは咄嗟にアードラの首根っこを掴み、先制攻撃を揃って躱す。マリウスの勢いがわずかに落ちた隙を逃さず、跳躍したラシャが後頭部目掛けてブラックジャックをふりおろす。だが、攻撃が届くより先にマリウスが振り返り、短剣で叩き払う。打面に切れ目が入る。
「やっば!」
「ラシャ!」
ラシャは掴まれそうになった腕を引っ込めたが、マリウスの腕は彼女を捕らえようと伸びつづける。目で追うのがやっとの速さ、躱した上で距離を置いての着地は――
モーニングスターを両手に構える。しかし、マリウスに向かって飛び出すのとほぼ同時に一発の銃声が鳴り、硝煙が漂う。
ラシャからこちらへ振り返った美青年然とした顔は狂暴も露わ。よく見ると右肩が赤く滲んでいた。
「ださ。吸血鬼の癖に避けられなかったんだ??スタンなら余裕で躱せるのにね」
せせら笑うアードラの挑発に気を取られている。今のうちに間合いを一気に詰めなければ。
カシャの思惑を見越してか、アードラも踏みとどまってくれている。
暗闇に鈍く輝く短剣の切っ先がアードラに迫る。狙撃銃の銃身で受け止め、剣身を受け流そうとして――、できなかった。狙撃銃は力ずくで撥ねのけられた。
高速で突き出される剣をアードラは紙一重で避けながら『早くしてよ』と横目で非難がましく訴えかけてくる。それを目敏くマリウスが察する。
「余所見してる場合じゃないのでは??」
「こちらの台詞だ」
床面ぎりぎりまで腰を落としてのローキック。ほぼ同じ背丈のカシャを視界から見失った一瞬の隙、蹴りの威力でマリウスは態勢を崩す。落とした腰を上げ、追い討ちでモーニングスターを、短剣を持つ腕へ振り下ろす。
骨が砕ける音、短剣が床に滑り落ちた音が闇に反響する。
腕を抑え、よろめく巨体を挟む形でアードラとラシャが発砲。しかし、直前でマリウスは弾道を避け、カシャは飛びずさって距離を取る。
「うわ、ムカつくなぁ。二発共避けたんだけど」
「こいつ何なの?!手負いの癖に!」
「二人とも。油断禁物、だ」
ラシャの手が背中の擲弾発射器に伸ばされる。
やめておけ、と目線で合図するとたちまち不貞腐れた顔をされたが、手は発射器から離れた。
気持ちは分かるが、発射器を用意する間に次の攻撃が迫ってしまう。
マリウスのように速さと力を併せ持つ者と、機敏だが持久力が足りないラシャや近接戦より遠隔攻撃が得意なアードラとは相性が悪い。
『件の連続女性殺人者の吸血鬼が厄介な点は、筋骨逞しい巨躯に見合わぬ異常なまでの機敏さだ。速さ、機動力なら俺も自信はあるが、圧倒的な体格差腕力差と併せてあの速さで繰り出される攻撃には苦戦を強いられた』
以前、悔し気な様子で聞かされたスタンの言葉が過ぎる。
『何を企んでるのか知らんが、あの吸血鬼の小娘とはまたどこかで関わる気がしてならん。と、なると……、あの糞野ろ……、小娘の配下だろうそいつともまた一戦交えるかもしれない。だから――』
『体格と腕力がそいつと同等のお前に、今以上の速さ機動力を身につけてもらいたい』
両手に握るモーニングスターの持ち手の底面同士、ガツン!と叩きつける。
持ち手にあるスイッチボタンをそれぞれの親指で押せば、二本の武器は一本へと変化した。
「繋ぎ合わせて一本にしたところで何になる……」
マリウスが皆まで言う前に、持ち手をぐっと引き伸ばす。
モーニングスターから更に変化させた棘付き鉄球の杖を両手で振り回し、マリウス目掛けて突進。人間など恐れるに足りぬと、マリウスは引っ込むどころかカシャへ一直線に向かってくる。
血よりも毒々しい赤の双眸、剥きだされた牙、獣に似た咆哮。
速すぎる動きを目で追うには限界がある。全身に冷や汗がぶわあぁっと湧き出でるーー、が。
互いの時間が空いた時、スタン相手に鍛錬を繰り返してきた。
『本来の忌まわしい姿など見せたくないが……』と言いつつも力を解放したスタンに太刀打ちできずにいたが、そのお蔭か、勘頼りとはいえマリウスに対応できなくはない、と思う。
自分が一発で仕留めなければ。例え相討ちとなろうとも。
捕縛できれば僥倖だが、今回ばかりは始末する気でかからなければ、この場に残された
怒りに満ちていても尚、秀麗な顔がすぐ眼前に迫っていた。
首筋を狙われている。咄嗟に左側へ全身を捻り、牙を避ける。
右腕の骨は先程砕いてやったので、少なくとも左からの攻撃はこない。蹴り技はくるかもしれないが。
それでも左側へ数歩分後退、杖を構え直す。すると、マリウスの姿が視界から消えていた。
どこだ?!と見回す間に頭上からマリウスが降下してくる。
渾身の力を込め、杖を振りかざす。
鉄球はマリウスの首筋に直撃……、避けられた!
動きは大振りになるし当たる気はしないが、一か八かで反対側から杖を振りかざす。当然のごとく避けられ、凶悪さを増した表情が再び迫りくる。
「お兄ちゃんっ!!」
大きく開いた真っ赤な口へ両腕を目一杯伸ばし、杖を捻じ込ませる。
ギチギチと杖を噛み締める音、きつく掴まれた腕の痛みに鼻先を顰めるも押し返される訳には絶対にいかない。
だがしかし、押しつ押されつの攻防など長くは持たない。現に今だってカシャの両腕は微かに震え、踏ん張る両脚も下がりそうだ。
アードラでもラシャでもいい。今のうちに、この男の両脚を撃ってくれ。
(2)
カシャの願いが通じたようだ。
アードラとラシャ、双方向で銃を構える音がした、かと思うと、二発の銃声が轟いた。
早く膝から崩れ落ちろ。早く早く。
けれど、マリウスが床に沈む気配は一向にない。
彼の足元を注視すれば、一滴の血も滴っていない。ただ、床に空いた二つの小さな空洞から細い煙が闇に低く漂うだけ。
外したのか。避けたのか。
どちらにせよ、カシャがマリウスを抑え込めるのも限界を迎えつつある。
下手な鉄砲でもいいから、早く、どんどん撃ってくれ。
そう叫びたい衝動に駆られた時だった。
「カシャ、あと少しだけ持ち堪えてくれ」
マリウスの足元へ、見慣れた影が降りてきた。
影はマリウスがその存在を察知するのとほぼ同じ瞬間、両の足首の裏へ
「カシャ、こいつを後ろへ押し倒せ」
杖をこちらへ引き、体当たりの要領でマリウスを薙ぎ払う。
貫通する程深く突き刺されたため、マリウスの反応が少し遅れ、かくんと膝が落ちていく。
「個人的にはお前を嬲り殺してやりたいが、なるべく生かして警察に身柄を引き渡す予定だからな」
いつ立ち上がったのかも分からないが、気づけばスタンはカシャの隣にいた。
「今回俺の剣先には軽度の毒が仕込まれている。命には別状ない代わりに、全身の痺れで当分動けまい」
マリウスを見下ろしながら、ふんっ、とスタンは鼻を鳴らした。
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