第52話 月に歌い、闇に奏でる➂

(1)


 空挺の旋回音にラシャは宵闇を見上げた。

 ラシャだけじゃない。アードラも、ファルケも(見上げるのは態勢的に無理でも)身を捩り、音の正体を探ろうとしている。

 轟音が近づくごとに突風が吹き始める。風に流されないよう、床を両足で踏みしめる。


 空挺がメルセデス邸へ接近、なんて、完全に計画外だ。

 誰だか知らないが、むちゃくちゃ下手くそな歌(あんな酷い歌声聴くのは初めてだ)が流れてきたことといい、自分達の預かり知らぬうちに計画が大幅に狂い始めている。最も、自分とアードラの行動も一端を担っているが。


 機体は徐々に接近しつつある。

 褪せた迷彩色に双頭の黒犬が描かれた外装がはっきり見える頃には、その目的を理解できた。

 腕いっぱいに武器を抱えたミアが、搭乗扉から身を乗り出していたからだ。


「ラシャさん!受け取ってください!!アードラさんも!」

「え、ちょ、あー?!あぶ、あぶ、危ないっ!危ないでしょっ?!」

「あのさ、人の銃投げ……、うわ、本当に投げたね??」


 機体が目と鼻の先まで接近し、勢いよく放り投げられた擲弾発射器を慌てて受け取る。安全装置はかかってあるみたいだが、万が一暴発や誤射でもしたらどうすんの?!と内心ヒヤヒヤだ。一緒に放り投げられた革棍棒ブラックジャックを拾いながら思わず心臓を撫でる。

 文句の一つでも言いたいが、残る三人の武器を抱え、バルコニーへの着地のタイミングを見計らう姿に何も言えなくなってしまう。全開に開け放たれた搭乗口から今にも落下しそうだし、危なっかしいことこの上ない。


「ちょっ、ミア!無理しなくていいから!!ひとつずつ、ひとつずつ、さっきみたいに放り投げたら……」

「時間もないし、これだけなら抱えて飛べると思うから!」

「あー?!ちょちょちょちょっ!!!!」


 手を伸ばしたところで時すでに遅し。

 若干ふらつきながら、ミアは搭乗口から飛び降りた。が――


「あぁ――!!!!ほら、言わんこっちゃないっっ!!」


 飛んだ瞬間、ミアは機体とバルコニーの柵との間の空間へ、直下降していく。

 思わず柵へ駆け寄り、階下を覗き込む。次の瞬間、びゅおん!と突風が吹き抜け、小さな影が飛び出してきた。


「もー!ホンット!心臓に悪すぎっ!!」

「同感だね」

「あんた、いつの間に?!」


 ぎょっとして頭上を睨む。


「いや、あの見事な落ちっぷりはさすがにびっくりするって」

「あ、降りてきた!」

「わ――!!二人ともそこどいてぇぇえええ!!」

「え、ぎゃ――!!」


 ラシャは猫の威嚇じみた悲鳴を上げ、アードラと揃って柵から即座に離れた。

 どうやらミア、両手が塞がった状態で飛行はできてもコントロールまではうまくできないらしい。辛うじて柵へ降り立ったものの、足を滑らせたのだ。

 抱えていた武器を素早く床へ置き、再び柵へ駆け寄るが――、間に合わない!

 バルコニー側へ落ちてくれればまだいいけど!と、三度逸る鼓動を落ち着かせようとした時だった。


 後方の暗幕が乱暴に開かれ、大柄な影がラシャを抜き、柵へと疾走していく。

 あっ!と思った時には、ミアは武器と共にその人物の肩に担がれていた。


「お兄ちゃん!」

「間に合ってよかった」


 柘榴色の瞳をぱちくりさせ呆気にとられるミアを、カシャはすぐに肩から下ろす。


「あ、えっと、ありがと……」

「礼には及ばない。それより」


 こちらへ振り返った兄の様子に、ラシャは肩を縮めた。

 いつもと変わらぬ無表情に見える、が、目が、目が、いつもより怖い。


「アードラ、ラシャ。いつまで遊んでるつもりなんだ」

「しょうがないじゃん、ちょっと尋問に手こずっ」

「アンタは黙って!」


 すかさず飛び上がり、アードラの口元をバチコン!と思いっきり叩く。

 遠慮などゼロ、素早すぎる身のこなしによる不意打ち。まともに食らったアードラは黙らざるを得ない。


「お兄ちゃん、ごめん!ごめんなさい!ほら、アンタも謝って!!」

「は??なんで僕が」

「いいから!!」

「謝る必要ない。会場内の吸血鬼の動きは封じたし一般客も全員避難させた」

「え、じゃあ、私、間に合わな……」

「いや、これからの行動こそが重要なんだ。ミアが武器を運んできたこと含めて」


 自分の行動は無意味だった……?とへなへなと脱力するミアを短く諭し、カシャはラシャたちへ向き直る。


「実は、スタンが」

「みんなぁ!お願いがあるのぉ――!」


 暗幕が再びめくれあがり、カシャの言葉は飛び込んできた叫び声に掻き消された。





(2)


「ロザーナ!?」

「あっ!ラシャさん達だけじゃなくてミアもいたのねっ!?」


 夜会巻きはすっかり崩れ、ふだんと変わらぬ下ろし髪に戻ったロザーナは、脇目も振らずミアに駆け寄り、がしり、抱きついてきた。


「わー!ロザーナどうしたの!?何、何があったの、とにかく落ち着いて!!」

「だって、だってぇ……、スタンさんが」

「スタンさんに何があったの??」

「また一人で勝手に飛び出して、天井裏へ行っちゃったのっ!でも鏡で蓋されちゃったしぃ!飛び上がるにしても天井高すぎるしぃ、鏡壊すにしても拳銃じゃ無理だしぃっ!もうっ!!」

「??天井裏に何かがあってスタンさんが潜入したって、こと……でいいのかな??鏡って、なに……??天井に、鏡なんてあった、かな……??」

「鏡は鏡よぉー!見れば絶対分かるからぁっ!」

「う、うん、それはそうなんだろうけど……」


 ミアに泣きつくロザーナと、眉を下げておろおろするミアに挟まれ、カシャは仏頂面を保ちつつラシャに無言で助けを乞うてくる。妹相手ならともかく、無骨な彼は騒ぐ女子達を諫めることがどうにも苦手なのだ。いやいや、知らんがな。


「あのさぁ、とりあえずちゃっちゃと現場に行こうよ。何が起きたか長々説明されるより先の行動に移った方がいいんじゃない??」

「アンタがそれ言うか!?」

「ロザーナは説明下手だし、カシャじゃあの二人止めるの無理そうだし」

「あのねぇ!」


 アードラに噛みつくも悔しいけれど一理ある。

 カシャも『こいつ……』と眉を顰めたが、あえて黙しているのでおそらく自分と同じ考えだろう。


「ロザーナの言ってることもまぁ、間違いじゃないけど。説明するより実際見て確かめた方が絶対早いし、すぐさま判断できる」


 やれやれ、と、自らの狙撃銃を肩に担ぎ、アードラは暗幕へと向かう。

 彼に続き、ラシャ含む三人も各々の武器を手に暗幕へ向かおうとした。


「お前はやっぱりそういう奴だよな」


 冷ややかな声がラシャの背を擦り抜け、前方をゆくアードラの背を突き刺していく。

 そう言えば、と振り返れば、他の者達は訝し気にファルケを振り返っていた。ただ一人、アードラを除いて。


「ラシャ」

「あぁ、この吸血鬼、どうもメルセデス夫人と……」


 ハイディマリーとかいう女、と言いかけてロザーナを一瞥、逡巡する。


「メルセデス夫人と一緒にいた、ゾッとするような美少女の傀儡で……」


 気のせいだろうか。ほんの一瞬、ロザーナの視線が殺気立ったような。


「アードラの」

「子供の頃暮らしてた教会で一緒に育った親友だよ。まぁ、今じゃ元、だけど」


 振り返ったアードラの顔は、肩に担ぐ狙撃銃の影で半分隠れてしまっている。(もしくはわざと隠している??)


「そうだよ、僕はそういう奴だよ。今更気付いた訳??やっぱりあんたはバカだね。あ、ラシャ。悪いけど、こいつ、他の捕獲した吸血鬼と一緒にまとめて転がしといてくれない??僕の推測だけど、スタンはこいつが狂信するお嬢ちゃんとも接触したかもね。だったら、尋問続行するよりスタン援護する方が断然得策でしょ」

「まぁ、別に、いいけど……」

「じゃ、頼んだよ。ていうか、あんたら何ボサッとしてんの??スタン助けに行くんじゃないの??早くしてよ、駄々っ子なロザーナがうるさいったら」


 心なしかアードラの歩みが速くなる。

 つられて後を追う三人を尻目に、ラシャはその場に立ち尽くしたまま、未だ床に伏すファルケを睨み下ろしていた。

 四人が暗幕の内側へ消え、完全にファルケと二人きりになったところで、ラシャはようやく口を開いた。


「あんたに何言っても無駄だって分かってるし、あいつの肩持つって訳じゃないけど」


 ラシャに負けじと殺気立った目で睨まれたが、素知らぬ顔で続ける。


「アタシ達と違って、あいつが諜報役とか狙撃とか人目につかない仕事してるの、何でだと思う??その方が人から感謝されずに済む、感謝されるような人間じゃないからお礼言われるのがイヤなんだってさ!」

「それが何だって言うん」

「ひねくれるのも大概にしときなよって感じ!……って思ってたんだけど。ひょっとしたら、アンタへの罪悪感がそうさせてるのかもって。まっ、あくまで私見だけどね。さっ、おしゃべりはこれで終わり!ほら、今すぐ立ちな!」


 ファルケの羽根を掴み、力ずくで引きずり起こす。


「さっさと歩きなよ!パーティーはまだ終わりそうにないんだから!!」


 ラシャは擲弾発射器を背に担ぎ、革棍棒ブラックジャックを握りしめると、ふらふらと歩き始めたファルケの尻を蹴っ飛ばした。

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