第51話 月に歌い、闇に奏でる②
(1)
全員分の武器を腕に抱え込む。ひとつひとつであれば余裕だが、ひとまとめにすると、ずしりとくる。とはいえ、まったく持てない重さでもない。
「待って!ミアちゃん」
よたよたと搭乗扉へ進もうとして呼び止められる。
「一人でたくさん武器を抱えて飛ぶなんてやっぱり危険だよ。この機体でぎりぎりメルセデス邸に接近してバルコニーに飛び移る……とかの方がいいと思う」
「え、でも……」
「両手が塞がった状態でまた襲撃受けたらどうすんの??武器の重みで飛行が不安定になるかもしれないし、途中で手が滑って武器を落としてしまうかもしれないし」
「確かに……、ですね。あ、ただ……」
「計画外の行動ってんだろ??でもさ、時間と安全性、確実性のが大事じゃない??いいよ、もしも、このことで
たかが飛び蹴り、されど飛び蹴り。
特にスタンの飛び蹴りは顎や頭骨を砕くのも訳ないのだけれど……。
もちろん彼らに言える筈もなく、曖昧に笑ってごまかすにとどめておく。
「たまには俺ら烏合にも格好つけさせてよ??なっ??」
「ひゃっ?!」
豪快に背中を叩かれ、間抜けな声が漏れる。
気のせいだと思うが機体も微妙に揺れたような。
「おいこら、ごっつい野郎ならともかく
「あ、そっか!ワリィッ!」
「い、いえ!全然、全っ然気にしてませんから!!」
操縦席から呆れ混じりの怒鳴り声に慌てて首を振る。
ただでさえ時間との勝負の中、襲撃につぐ襲撃でメルセデス邸への帰還が遅れているのは確か。
一刻も早く戻るには彼らが提案する方法の方が確実だろう。
「すみませんっ!至急、メルセデス邸まで飛ばしてくださいっ」
よしきた!と、隣からと操縦席からの力強い返事。
目的さえ果たせば方法なんて何でもいい。そう、とにかく間に合いさえすればいい。
(2)
周囲をざっと見回したのち、最後の旋律を一際強く叩き弾く。
倒れたテーブル、床に散らばったグラスや食器類の破片、料理の残骸、(死んでないが)死屍累々と転がる吸血鬼達。
暗闇に包まれた会場にようやく静寂が訪れた。スタンの耳を塞いでいたロザーナの掌が離れていく。
「吸血鬼どもは粗方殲滅できたようだな。ロザーナ。お前は一般客がまだ会場に残ってないか、探してくれ」
「スタンさんは??」
「俺はメルセデス夫人と例の吸血鬼二匹の行方を追う……、何だ!」
スタンとロザーナの後方、大股10歩分程の距離にあたる場所、おそらくは天井から物音がした。
巨大なシャンデリア二点の間ら辺。暗闇の中でも尚輝くシャンデリアの陰に隠れていたせいか、そこだけ鏡張りなのを不覚にも見過ごしていた。
「スタンさん」
「あぁ」
暗器を構えるロザーナと並び、鏡を睨み上げ拳銃を引き抜く。
緩慢で微々たる動きながら鏡と天井の間が開いていく。
罠か、降参か。九割方罠だろう。
空間が開ききる前に攻撃を仕掛けるか??否、万が一、人質を取っていたら分が悪くなる。
「ロザーナ、まだ動くなよ」
ロザーナは固い顔つきでスタンを見返し、大きく頷く。
崩れた夜会巻から一筋のおくれ毛が、ふわり、揺れる。
暗闇に射す一筋の光みたいだ、と、呑気で場違いな感想がほんの一瞬過ぎる。
鏡は気が遠くなる程時間をかけて開いていく。苛立ちを募らせる、痺れを切らさせる魂胆か。
じりじりと気ばかりが急いていく。くっ、と息を吐くあたり、ロザーナも焦れ始めている。
「意外に慎重なのねぇ。わたくし達の居場所が知れた途端、攻撃してくるかと思っていましたわ」
ようやく半分ほど空間が空いた時、熟年女性の艶めいた声が階下へ降りてきた。
「その声はメルセデス夫人か??」
「えぇ、いかにも。わたくしはコジマ・メルセデス」
武器を掲げたまま、ロザーナと顔を見合わせる。
数瞬沈黙すると、示し合わせたように頷き合い、再び頭上の空間に向かって問う。
「なら説明してもらおうか。貴女自身が吸血鬼なのかはともかく、どういう了見で夜会客に吸血鬼が混じり人を襲うのか??」
「…………」
「ハイディマリーとやらもそこにいるのか??」
「…………」
「なんとか言ったらどうなんだ!!」
「あらやだ、貴方、やっぱりクラウディアにそっくり。特に怒った顔なんて生き写し、彼女そのものねぇ」
たった今メルセデス夫人が口にした名に、スタンは言葉を失った。
だが、それも一瞬のこと。即座に動揺を鎮め、空間を更にきつく睨み、叫ぶ。
「質問と無関係な発言は控えていただきたい!襲撃開始直前、貴女が侍らせていた吸血鬼二匹もそこにいるんだろう?!いや、いてもいなくとも関係ない!!」
「スタンさん!?」
「ロザーナ!お前は一旦待機!!」
「スタンさん!!」
ロザーナの制止を振り切り、空間へ向かって勢いよく跳躍する。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、というより、飛んで火にいる夏の虫、かもしれない。
階下からロザーナの必死の呼びかけが響いてくる。だが、今は正直な話、彼女についてきて欲しくなかった。
飛び込んだ場所は火の中ではなく、黒革張りのL字型ソファー以外何もない、無機質な真白の部屋だった。暗闇に慣れてしまった目に白すぎる壁や床は少し痛い。
二、三度瞬きし、悠然とソファーに腰掛ける赤毛の美女と金髪碧眼の美少女の姿を認める。
「はっ、やっぱりいるじゃないか」
「おひさしぶり。ロザリンドの
「誰が子猫だ」
「知らないの??カナリッジでは恋人を小動物に例えて呼ぶことがあるのよ。貴女の瞳は綺麗な薄青で子猫みたいだし、背も低いからちょうどいいんじゃない」
「小娘が舐めた口を」
「私が小娘だというならロザリンドも小娘になるわね」
「それで俺を挑発してるつもりか。馬鹿らしい」
「可愛げのない嫌な男!ねぇ、コジマ夫人。この男は本当に、貴女の親友の息子なのかしら??」
「親友??」
自分でも驚く速さでハイディからメルセデス夫人へと目線をずらす。
「えぇ、こうして近くで姿を見て、はっきり確信致しました。鈍色の髪も生気のない青白い肌も、迫力ある眼力も虹彩の色も。間違いないわ!加えて、訛りのない完璧な共通語。口調こそぶっきらぼうだけど発音の美しさは隠せない。こんな完璧な発音で話せるのは某国の王族か、ごくごく限られた貴族階級のみ。本当よ、だって私が所属していた劇団は某国の上流階級者も観劇にいらしてたもの。あぁ、とっても懐かしいわ!クラウディアは親友だったけどわたくしの憧れの存在だった……。某国の伯爵に見初められるのも当然よ……」
「さっきも言ったが、関係ない話をするのはやめろと……」
「ねぇ、貴方、クラウディアは息災にしているの??ホールドウィン伯は若くしてお亡くなりになったと訊いているし」
「何の話をしているのか、俺にはさっぱりだ。関係ない話はやめてくれ」
母の名前を耳にするだけで、どろりとした感情が抉られた胸の内にじわじわ浸透していく。
スタンの内心を見抜いているのか、ただ単に高見の見物が愉しいのか、ハイディの笑みが心なしか深くなった。
いつの間にか、階下からロザーナの声が聞こえなくなった。それもその筈。マリウスの手で再び空間は鏡に閉ざされていた。
「クラウディアは美しいだけじゃない、とてもたくましい女性だったの。餌として攫われた吸血鬼城を自力で逃げ出して、自分で鼠や小動物の血を吸って命を繋いだそうよ。正体隠して劇団に入ってからはわたくしにだけ本当のことを打ち明けてくれた。ふふ、懐かしい。彼女みたいになりたくて、わたくしも吸血鬼にしてもらったの。二人で生意気な団員や使えない団員の血を枯れ果てるまで吸ったこともあったわね。ねぇ、クラウディアは今の元気なの??それとも……」
益々深まるハイディの笑みとは反対に、メルセデス夫人の妖艶な微笑みが消える。
「誰かに殺された??もしかして……、貴方が殺したの??」
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