第41話 これでいい

(1)


 黒なんて地味な色、本当は大キライ。

 赤、黄みたいに明るくて華やかな色が好きだった。

 あの日もアタシは明るい黄色のワンピースを着ていた。だから目をつけられた、のかもしれない。


 祖国コーリャンでも有数の、近代化した大都市中心部のバス停。

 人通りが途絶えることなんて滅多にないのに、珍しくアタシは一人でバスを待っていた。

 でも、目の前に停まったのはバスじゃなくていかにもおんぼろな中古自家用車。やたらガタガタ揺れてて、外装も剝げ落ちまくり。そのうちエンジンルームから煙ふかないかと、余計な心配まで過ぎっちゃった。

 カナリッジとかの大陸西側諸国と比べて、当時のコーリャンで自動車はそこまで普及していない。(今は昔より普及してるかもね)に、してもよ??あれはマジでナイ!あんなのを父親が購入したら即返品してきて!と騒ぎ立ててやるつもりなんだから!

 で、ダサくてぼろい車内から出てきたのはイモ臭い若い男二人と、もっとイモな中年の男女一組。


 アタシ、頭良いかはわかんないけどさ、バカじゃない自信はあるし勘も鋭いと思う。

 そのアタシがさ、イモ集団が降りてきた瞬間、『あ、これ、ヤバいかも』って感じ取った訳!

 大通りから走って逃げようとしたけど、奴等は超イモな見た目に似合わない素早さでアタシを拘束、力づくで車へ押し込んだのよ。


 今ならブラックジャックで全員しばき倒すけど、あの時は恐怖で手も足も、声すら出せなかった。


 激しく揺れる車の中で泣き叫んで、暴れまくって。その度に揺れに酔っては吐いてを何度も繰り返し――、抵抗する気力も失せた頃、奴らの『お屋敷』に連れていかれて。

 あれよあれよとイモ男の片割れ(もうどっちが自分のだったかなんて忘れた。どっちもイモだから区別つかなかったし)との結婚準備を進められて。


 イモ連中の一族のイモ女達が寄り集まって作った花嫁衣装見せられて、アタシの恐怖は頂点に達した。隙見て逃げ出して、当局に駆け込んで――、イモ一族の元へ突き返された。

 あいつら、イモの癖にその地域じゃ幅利かせててさ。当局のトップにも金積んで誘拐婚を黙認してもらっててさ。ふざけんな!って感じ。

 実は両親とお兄ちゃんが『ラシャを返せ』ってイモ一族の屋敷に直談判しに来てた。

 当然、奴らは示談交渉に持ち込もうとするし、終いには当局使って門前払い。お父さんは当局に逮捕されて一晩拘留される始末。


 その間、アタシは一切家族に会わせてもらえなかった。

 というか、脱走失敗後に足焼かれて身動きできなかったし。


 アタシ、なんか悪いことした??

 気が強いのは認めるけど、誰かを苛めたりとかしてないんだけど。

 童話の悪い魔女や意地悪な継母じゃあるまいし、嘘つきでもないし。


 しいて言うなら、目立つ色の服着てなきゃ、良かった??


 もしもあの時、地味な色の服を着ていれば。

 両親を苦しめ悲しませることも、お兄ちゃんの人生奪うこともなかった、かもね。



 以来、アタシは明るくて華やかな色が大キライ。










 部屋中に飾られた大小様々な鏡に光がやたら目に眩しい。

 今は夜だというのに、鏡の間は真昼の太陽に晒されてるかのような錯覚に陥ってしまう。

 目を眇め、ラシャは黒いコーリャンドレスを掲げてみせる。この間注文した女子三人のドレスが完成し、届いたのだ。

 ラシャの要望通り長袖だしスリットも浅い。目立った装飾もあしらわれていない至って簡素なドレス。火傷痕は色の濃いストッキングで隠せばよし。


 うん、これでいい。


 心中で自らに言い聞かせ、掲げていたドレスを腕に抱え直す。

 傍らでもの言いたげなカシャの視線を避けつつ、猫脚ソファーに座ってお互いの衣装を見せ合うミアとロザーナを横目で盗み見る。


 ミアのドレスは膝丈のチューブトップミニドレス。色は朱赤。胸元からウエストにかけてのビスチェ風の編み上げは少し大人びているが、裾広がりのAラインスカートは赤いレースの装飾、金地の紗のショールが金魚の尾ひれのようで可愛らしい。

 対するロザーナのドレスは、春夏秋冬の代表的な星座、三日月が生地全体に銀糸で織り込まれた薄青の夜会ドレスだ。深く開いた胸元やスリット、身体の曲線にぴったりと沿う意匠は非常に色っぽく会場中の男共の視線を集めるのは必至だろう。いやらしい目、もとい、熱い視線に辟易してきたら銀のショールを羽織ればいい。


 種類は違うが、それぞれの華やかな衣装にまったく羨ましくないと言えば嘘になる。

 今度はカシャの横顔をこそり、見上げる。左の目尻から頬にかけて走る大きな傷痕を見るなり、ミアとロザーナへの羨ましさは消し飛ぶ。

 兄の傷は自分をクズイモ屋敷から救出した時に負ったもの。兄の心身を傷つけておきながら、誘拐される一因だったかもしれない華やかな衣装に未だ憧れるなんて。恥を知れ!


「ラシャ」


 自分と違い、兄は口数が少ない。その分、自分以上に勘が鋭い。

 悟られないよう、わざと不遜に笑ってみせる。


「ミアとロザーナのドレス、可愛いでしょ??アタシが選んであげたんだからね!さっすが、アタシ!!センスあるー!!にしても、スタンもアードラも残念だよねー、一足早く可愛い女子二人がドレス試着した姿拝めたかもしれないのにっ!こんな日に限って仕事だなんてさ。ふんっ、ざまぁみろ」

「そうなのぉ。スタンさんに見てもらいたかったのにぃー」

「スタンは物凄くわかる。が、なぜここでアードラが出てくるのか全然分からん」


 兄の勘は鋭い。ただし、こと色恋沙汰にはてんで鈍感だ。(スタン程露骨に分かり易ければ別だが)


「あのねー、この間ミアがアードラと」

「待って、ラシャさん?!私、本当にアードラさんとは何でもないですからっ!!」


 カシャと自分との間に流れ始めた湿っぽい空気は、一気に騒がしさに掻き消されていく。

 うん、これでいい。湿っぽいのもアタシ、大キライだ。








(2)


 夜気の冷たさに鼻がむずがゆくなり、アードラはくしゃみが出そうなのを堪えた。

 任務中、しかも狙撃の機会を狙う今、くしゃみなどしたら最後、任務は失敗。隣で標的の動向を細かく窺うスタンに容赦なく蹴り落とされるだろう。

 スコープの視線を外さなくてもわかる。巻き上がる風の流れ、眼下に拡がる家々の灯りの遠さから、この鐘塔は下手な近代的な建築物よりずっと高い。


 数百年前、当時の市長が投身自殺したという曰くつきのこの鐘塔。古い教会の一角に拘わらず、観光客はおろか熱心な信者でさえ登ることが許されない場所。

 そんな場所で、唯一自分達だけが許されている。なぜなら、宵を過ぎた時間であっても近隣の街の全景を見渡せるからだ。

 誰も登れないので鐘を鳴らす鐘塔守りもいない。邪魔は入らないし、鐘の音で集中を切らすこともない。まさに偵察や狙撃にもってこい。


「スタン、出てきた??」

「まだだ」

「いつまでだらだらおしゃべりしてんのかなぁ。かれこれ一時間以上経ってるんだけど。ふつうさ、なんてさくっと終わらせるじゃない??」

「取引慣れしてないド素人か、俺達に気づいていてわざと長引かせてるか。そのどっちかだろ」


 二人の視線は鐘塔がある街の中心地、中心地を囲む住宅地を越え、旧市街地の外れへと向けられている。ずっと以前は観光地として栄えたその場所は廃墟群が目立ち、何年もかけて少しずつ取り壊し工事が行われていた。白い幕で全体を覆った建物の中の一部へ、数人の人影が入っていくの確認したものの、出てくる気配が一向にない。


 ミアと出掛けた高級レストラン(のトイレ)で、今夜、そこで人身売買の取引が行われると情報を得たのだが。

 コーリャンを始め大陸東側諸国で女子供を誘拐、もしくは身寄りのない者、家出者などを言葉巧みに騙し、カナリッジに密入国させて富裕層へ売り飛ばす――、数年前から問題になっていた。

 カナリッジの奴隷制度はとっくの大昔に廃されているが、水面下で密かに取引は続けられていた。加えて奴隷売買者のリストに連なる名は政府や軍、警察中枢に関わる者が少なからず存在する。


 つまり、の圧力で動くに動けない国の公的機関は賞金稼ぎを利用することにしたのだ。


 は表立って取引に出向かない。必ず代理人を通して取引する。

 まずは片っ端から代理人に賞金を懸け、賞金稼ぎ達に捕縛させる。下手な鉄砲は~じゃないが、捕縛した中から重要な情報を吐く者が必ず現れる。今夜の仕事も下手な鉄砲の内の一発。


「この態勢、微妙に腰痛いんだよね」

「お前若いだろ」

「スタンよりは、ってだけじゃん」


 大きな鐘を背に、中腰で鉄柵に銃身を固定させているのだ。あと10㎝背が低ければまだ、ここまで苦しい態勢ではなかったのに。


「スタン代わってよ。あんたの背丈なら僕よりは楽な姿勢で撃てるでしょ」

「知るか。狙撃は俺の仕事じゃない」

「僕の口癖真似しないでくれる??あのさ、ロザーナがドレス試着したとこ見そびれたからって八つ当たりしないでよ」

「仕事中だ。関係ない話は慎め」


 あ、完全に仕事モード入ってる。

 揶揄いがいなくてつまらないなぁ。


「……アードラ。地上、四時の方向、二手に分かれてる。標的と迎えにきた連中だ。迎えの奴等は待ち伏せさせてる烏合精鋭外に任せよう」

「わかった」


 スコープを覗き、照準を合わせる。安全装置を外し、トリガーを引く。

 アードラの狙撃銃は消音改造している。白い幕から出てきたばかりの標的は目に見えない、音も聞こえないのに突如両足を撃ち抜かれ、混乱しながら地に転がった。


 しかし、混乱したのは標的だけじゃない。標的を囲んでいた迎えの者達は当人以上にパニック状態に陥っていた。

 適当な三流チンピラの寄せ集めだったかもしれない。銃撃の経験も乏しいか皆無か。

 とにかく無意味な銃乱射を始めてしまい、更なる混乱を招いていた。


「まずいな。捕縛する前に標的が殺られる。あの混乱を烏合達だけで抑え込めるか不安だ」

「なら、標的と烏合以外は全員殺っちゃう??」

「いや、その必要はない。俺が行く」

「行くったって……」


 この鐘塔から地上へ降りるだけでも時間がかかる。更に銃撃戦が行われている場所まで、たとえ全速力で向かってたとして一時間以上かかるだろう。


 無理だ。自分が狙撃した方が早いと止めようとして――、できなかった。


 止める間もなくスタンは軽やかに鉄柵を飛び越え、鐘塔の外壁から教会の屋根へ飛び移っていた。呆気に取られていると周辺の建物の屋根、ベランダへ次々飛び移り、あっという間に闇へ溶け込み――、目的地に到達してしまった。


「……なに、あれ??猿??いや、顔の感じからすると小型のネコ科猛獣??んー、まぁ、なんでもいいや。吹っ切れたって強いね。敵わないや」


 鉄柵に凭れかかり、開いた口が塞がらないと言った体でアードラはスタンの動向を見守っていた。

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