第35話 閑話休題 住処でのある平和なひととき①
(1)
黒い森の奥深くは日の明るい時間帯でさえ薄暗い。
鬱蒼とする樹々の陰に覆われた視界、幾筋もの不穏な光がぎらり、流線状に放たれる。
光は枝擦り抜け、葉を切り裂き――、その正体が
「よっし!」
狙った方向全てに短剣が刺さり、ルーイは両の拳を力一杯握り締める。
少し離れた後方で投かくの練習をイェルクが見守っていた。
「今度は逃げ回る俺を的に狙ってみようか!」
「し、師匠を的に?!ちょ、それは」
「大丈夫!俺も剣をとるし、多少は怪我するだろうが死にはしない!」
「だけど」
「じゃあ、やめるか??前線は無理でも後方支援で戦えるくらいにはなりたい、ミアに助けられてばかりじゃ余りに情けないから、と言ったのは君自身だろう??」
「……うん、確かに言ったけど!言ったけどっ!!」
「それから何だった??気分屋のハイディがこの城を襲撃しないとも限らない、多少でも守備力を身に着けたいとも!ほら、君には明確な理由がちゃんとある!」
イェルクはルーイに近づくと、偽刃の
観念して受け取ったルーイを満足そうに見やるとイェルクは羽織を脱ぎ、帯剣する小太刀を引き抜く。
サーベルやレイピア、銃剣を自ら握るのは今少し恐怖心を拭えないが、戦場で扱わなかったこれなら平常心を保てる。
「よし。俺は適当に森を駆け回る!追ってこい!」
「わっわっ、待ってよ師匠っ!速い、速いよ?!何でそんな足速いの?!」
「早くしないと俺を見失うぞー!」
「わー?!待ってぇぇえーー!!」
慌てふためきながらルーイは一本目の偽刃短剣をイェルクの背中へ、狙いを定める。
切っ先の重心、バランスを崩さず、威力が最大限に引き出される距離まで詰めて。今だ!
真っ直ぐ軌道に乗った偽短剣が広い背中へ届く――、あと少し!
「ふへ??」
背中へ届く直前、勢いよく振り返ったイェルクの小太刀が偽短剣を叩き落とす。
軌道を少しずつ変え、肩、腕、下肢を狙い、続けて投かくしたが、足を止めることなく全て叩き落とされる。
「ちょっと師匠っ!いくら元軍隊出身だからってっ!何でそんな動けるんですかっ!!」
「そうか?!現役の時より動きは鈍くなったんだけどなぁ!年も食ったし!脚も機械義肢で重たいし!」
「はぁああ?!」
「俺の方が君より色々不利な点は多いぞ!だから頑張れ!!」
「励ましになってなああぁぁーい!!」
ルーイの悲痛な叫びは山を越え、渓谷を越え――、川を挟んだ向こう側の山までこだました。
(2)
一方、所変わって。
川を挟んだ向こう側の山にはすり鉢状の客席で囲まれた広大な闘技場跡があり、住処に住まう者達の鍛錬場となっている。筋力向上訓練、射撃、体術、剣術と四つに区分けされ、今日は剣術訓練の場所から剣劇が高く響く。
刃を潰したレイピアを突き合うは胴着に袴姿のミアと――、アードラだ。
「あれ、ルーイく……、わっ!」
「気を散らす余裕なんてあるの??」
かすかにルーイの声が聞こえた気がした瞬間、耳の横を剣先が掠める。寸でで避けたが態勢を崩し、転倒しかけながら踏み止まる。その軸足を蹴り飛ばそうと伸びてきた長い脚を飛び上がって避ける。
今度は顎下目掛けて拳が飛んできた。顎を逸らして避けるも剣先が胴を狙ってくる。すぐに真横へずれなきゃ。
「ひゃあっ?!」
横へずれると袖を引っ張られ、抵抗する間もなく地面へ放り出された。
地面に伏しても尚、アードラの攻撃は続く。ミアの身体を蹴り飛ばし、剣を突き立てようとしてくる。ごろごろ地を転がって紙一重で躱し続けるが、正直、本気で殺されないか怖くなってくる。
スタンの訓練も厳しかったが、アードラは更に容赦がない。
「あのさぁ、僕忙しいんだよね。忙しい合間を縫って、あんたの特訓に付き合ってやってるんだけど。近接での戦闘、特に自分より大柄な男との戦闘苦手だからって言うしさぁ。真面目にやってよね??」
躊躇なく顔面に振り下ろされた剣を渾身の力で受け止める。右手で柄を、左手で剣身の根元をきつく握り、押し返そうと試みる。
「バカだね。この剣は脆いから防御には向かないんだけど。ほら」
アードラの剣先にぐっと力が加わると、ミアの剣にヒビが入っていく。
「ほら、折れた。え??」
剣が折れたと同時に身体を捻らせながら飛び起き、アードラの剣を避ける。わずかに脇腹を掠ったが、限りなく傷は浅い。動きを阻止するべく、アードラはミアの袖に剣を突き刺し、地面へ縫い留める。だが、ミアは腕をさっと引いて袖を引き千切る。千切れた袖が風で煽られ、旗のように揺れる。
残った剣身の根元をアードラに向けて素早く構える。伸びてきた腕や足を掻い潜り、彼の脇腹へ突っ込んでいく。勢い余って押し倒してしまったのは完全なる予想外だったけれど。
「いたた……」
「わっ、ご、ごめんなさいっ」
「悪いと思ってるならさ、さっさとどいてよね」
仰向けのまましっしっと手で払われ、ちょっぴりムッとしながら立ち上がる。
「ミアにしちゃ良かったんじゃない。まぁ、一応精鋭なんだからこれくらできて当たり前だけど」
「ソーデスネ」
「油断させて反撃するは基本中の基本だし」
「ソーデスネ」
もはや片言風の返事しかする気になれない。
ミアの気など知らず(多分知っているが気に留めないだけ)、立ち上がったアードラはわざとらしいまでに付着した汚れをパンパンと大仰に払う。
「ってことで訓練こんなもんでいい??汗と土埃をさっさと流したいし」
「ドーゾドーゾ」
「あ、そうだ。今回の見返り、この間言ったようにきっちり返してもらうから。じゃ、片付けは頼むね」
「あ、アードラさん!その件だけど!」
「え、なに??今更ヤダとか言うつもり??」
「ち、違いますっ!その……、お金じゃなくても」
「僕はそれでいいって言ってるでしょ??あんたがごちゃごちゃ言う筋合いなくない??」
はー、めんどくさ、とぼやきながら離れていく後ろ姿を、本当にいいのかなぁ、と、ミアは複雑な気分で見送った。
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