第20話 ようこそ阿鼻叫喚の世界へ③
(1)
ミアはラシャが空けた(と思われる)壁の穴めがけて突っ込んでいく。
しかし、自分より上背のあるロザーナを抱えての着地はうまくいかず――
「わああぁぁっ!!」
辛うじて目標地点には到達できたものの。
瓦礫が積もる廊下(だったもの)にあわや投げ出されそうになり――、ロザーナがミアの腕から飛び降りて転びかけた彼女をしっかり支える。
「あ、ありがと」
「だいじょうぶ??」
返事の代わりに、勢いよく二、三度頷く。
ロザーナはよし!という顔で笑うと、白煙の向こうへと進む。ミアも彼女の歩みに合わせて続く。
進行方向にはうっすらと人影。手を振り、呼びかける声はラシャだと伺える。
「二人とも早かったね!」
煙や粉塵を吸い込まないよう口元にバンダナを巻いていても、ラシャの声はよく通る。
「たぶんだけど、この階に限っては邪魔は入らないと思うからさー、今からガサ入れ始めるよっ!」
「うん、わかったわ!」
「りょーかぁいっ」
「でさ、ミア。到着早々悪いんだけど、この階にアタシがのした連中以外で誰かいそう??」
「う、うん。ここへ降りる前に超音波飛ばして確認したわ。確か、一人だけ感知できた、かな」
死体(かもしれない)についてはあえて黙っておいた。
「……そいつ、まだ残ってる可能性高いよね。ちなみにそいつの存在感知した部屋は」
「ここよぉ」
ロザーナが、自分のすぐ左真横にある壁をノックする振りをしてみせる。ラシャの擲弾発射の影響でひび割れた壁のそばには件の部屋の扉。
「最初の突入はあたしがやるねぇ」
そっと金属製のドアノブを掴み、息を潜めてロザーナは拳銃を構える。ラシャとミアも同じく銃を構え隣に並ぶ。
これだけの騒動が起きたというのに気配さえ消す辺り、下手に応戦するより隠れてやり過ごすのが懸命と思ったのだろう。だが、出てこなければ炙り出せばいいだけ。
ロザーナが静かに、ゆっくりドアノブを回す。鍵は掛かっていない。
ロザーナの動きが止まると三人の緊張は最高潮に達した。指先の動き、呼吸の仕方ひとつに命がかかっている。何度経験してもこの緊張にはなかなか慣れない。
叩きつけるように扉を開け、室内へ突入。
全員で威嚇射撃しながら室内の様子に素早く目を走らせる。
「……あらぁ??」
ロザーナが思わず漏らした声に困惑の色が混じり、発砲を中止する。ロザーナに続き、ミアとラシャも動きを止める。
うっすらと硝煙漂う室内、真っ暗な部屋の中央にアンティーク調の天蓋付きベッドがあるのみ。
唯一の隠れ場所、ベッドの下など慎重に探してみても、どこにも人の姿が――、厳密に言えば、
明かり取りの窓から光を頼りに、ロザーナとラシャが室内を捜索する一方、ミアは部屋中に残された血痕、そして、床に投げ出されたミイラ化死体から目が離せずにいた。
骨と皮になった身体、落ち窪んだ眼窩、ほつれた古い糸のようなぼろぼろの髪。
服装から察するに――、未来ある若い女性の変わり果てた姿に堪らなくなり、跪き、枯れ枝の腕をそっと掴み取る。
折れてしまわないよう、慎重に慎重を重ねてその両手を握りしめる。乾燥しきった肌が細かな木屑みたいにぽろぽろ剥がれ落ちていく。
「もっと早くに見つけられてたら、よかったのに……!」
私の同族のせいで……、と口にする前に、両肩をポンと優しく叩かれた。
右肩にはラシャの手が、左肩にはロザーナの手が添えられている。
「今感じてる気持ちは
「……うん……」
軽く鼻を啜るとミアは顔を上げ、立ち上がった。もう大丈夫、と、二人に向かって大きく頷く。
「……吸血するっていうことは、もしかしたら、飛行能力もある、かも」
「つまり、あたし達と入れ替わるように空へ逃げたかも、ってこと??」
三人で窓辺へ駆け寄り、くっつくようにして窓越しに夜の空、周辺の建物、階下に拡がる通りを各々眺めてみる。
事前に伝え聞いていた経営者の特徴、中肉中背、瞳は青、整髪料でガチガチに固めたオールバック、髪色はブルネット、額が広く、角ばった形の顎は先が割れている男の姿など、いくら目を凝らしてみても見当たらない。
窓から外を眺めるのは諦め、天井に向かってキィッ、キィッと鳴く。
虚空に視線を彷徨わせる。標的の居所は――、どこ??
固唾を飲んで見守る二人に挟まれながら、もう一度鳴いてみせる。
「あ、わかった……」
「ほんと?!」
ロザーナとラシャが大きな声で叫ぶのですかさず、シィーッと唇に指をあてる。
「ロザーナ、ラシャさん、ちょっといい??」
「??」
二人に耳を貸すよう手招きし、囁き声で続ける。
ミアが話し終えると、ラシャは擲弾発射器をもう一度肩へ担ぐ。ロザーナはウェストポーチから、かんしゃく玉を数個取り出す。
ミアは二人を先導するべく静かに廊下へ飛び出し、標的を感知した箇所を指で差し示す。
ラシャの擲弾が発射され、一瞬で天井は崩落。
月と星々の淡い光が降り注ぐ大きな空洞へ向け、ロザーナは立て続けにかんしゃく玉を放り投げる。
淡い光はたちまち目が眩む程強い閃光へ変化していく。
三人の頭上から呻き声、不規則かつ不安定な足音が、微かにだが聞こえてくる。
いた。見つけた。
「ミア?!」
標的の存在を把握するなり、ミアは瞬時に羽根を拡げ、飛翔した。
(2)
壁際に張りつき、爆風と閃光、崩落が粗方収まるのを待ってから、スタンは再び鉄柵で閉ざされていた壁の前へと戻った。
鉄柵は一部しか破壊できなかったが、彼一人が侵入する分には全く問題ない。それよりも――
「……はっ、やっぱりか」
大半が崩れた壁の向こう側は、古い様式の全面が石壁の――、まるで牢獄のような造りの部屋、あるいは倉庫か。何にせよ、後ろ暗いものを感じさせるには充分な雰囲気を漂わせている。
鉄柵の最も損傷が激しい箇所から侵入。左右に分かれた下水の流れを、崩落の際に落下した瓦礫が滞らせていた。
左奥に階段らしきものが見える。おそらく関係者が通る時のみ鉄柵が解放され、あの階段からキャバレーに(もしくは別の用途で)行き来している、かもしれない。となれば、スタンの侵入などすぐに露見してしまう。
「ある意味、狙いと言えば狙い、だけどな」
下水を軽々飛び越え、壁に空いた(空けた)穴へと飛び移る。
優に十五帖はありそうな部屋の広さに拘わらず、下水の臭いを超える凄まじい異臭に露骨に渋面を浮かべた。だが、彼が顔を顰めた理由はそれだけじゃない。
ひとつは、床の至る所に、ミイラ化、もしくは腐りかけの女性の遺体が転がっていたから。
ふたつめは――、スタンよりずっと体格の良い黒スーツ達が七名、彼を取り囲んでいたからだ。
拳銃を構える者、今にも殴りかかろうと前のめりになる者。
多勢に無勢の状況下、スタンの元々乏しい表情が完全に消える。
それを怯えと捉えたらしく、ニヤニヤと口許を緩める者まで現れた、が。
彼らの視界から突然、スタンの姿が消え失せた。
動揺、焦燥に捕われた刹那、男達は次々と目を潰され、耳の奥、喉元、脇腹などをひと突きにされていく。
悲鳴をあげる間もなく床に転がっていく薄闇の中、スタンが床や壁を縦横無尽に駆け回る足音は確かに聴こえる筈なのに。残像すらも見えない速さは誰の目も追いつくことができない。
「なんだ、もう終わりか。他愛もない」
致命傷に至らないまでも、全員が起き上がることすらできない状態になって、初めてスタンの動きが止まる。右手に握る
「なぜお前だけ、目と喉を突かずにいてやったか分かるか??お前がこの中で一番、頭がまともそうだと思ったからだ。俺の質問に正直に答えろ。この部屋の死体はお前達が失踪に見せかけて連れ去った女達か??」
うつ伏せの男の頭を鷲掴み、鈍色の長い前髪の下から睨みを利かせる。通じないと面倒なので、(非常に不本意だが)カナリッジ語で尋問する。男は弱々しく首肯した。
「何の目的で??おおよその見当はついている。お前達の頭が吸血鬼で餌が必要だから。頭と交流を持つ他の吸血鬼にも
「……ち、ちが、ちがわないっ」
「ほお、認めたか。もういい、わかった。もうお前に用はない」
スタンはスティレットを引き抜き、男の目を潰そうとした。
「お、おま、おまえだって……、にんげん、じゃないくせ、に……」
「……なに??」
スタンの手が止まる。
「ふ、ふつうの、にんげん、にんげんがっ、あんな速さで、あんなに視界がわるいなかでっ、せい、正確に大人数の急所をねらって、うごけるはずが、ある、ものかっ……!得物が、刺突剣なのもっ、なるべく派手な流血を避けたいから、だろ?!人をおそいたくなっちまうしよぉ……!」
ぶるぶると震えながら早口で一気にまくし立てた男の頭から手を離す。男は勢い余って顎を石床に強打し、今度こそ悲鳴を上げた。
「言いたいことはそれだけか??」
スタンは再び男の頭を掴んだ。今度は頭皮に爪が食い込むくらい、きつく。
「知ってるか??中途半端に頭が回る奴は早死にするって」
「……ひっ!ぎゃっ!!」
「貴様らの頭と同列に並べてくれるな。俺は人を襲ってまで血を吸いたいとは思わない」
スティレットを額に突き立てられ、しばしの痙攣ののち、男の頭ががくりと落ちる。
スタンの薄い唇からは鋭い牙が覗き、
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