第17話 等価交換
(1)
無償の優しさとか善意とか心底虫唾が走る。
時間、体力、気力の無駄。かかった労力分の対価を――、金なり物なり何でもいいけど、形として得なきゃまず安心できない。
信頼を得るのが対価だっていう奴は単なるお人好し。もしくは底抜けのぼんくら。
形のない不確かなものなんて、その時の気分、状況でいともたやすく変わってしまうのに??
形ある対価を受け渡しあっていても変わることだってあるけど、ないよりは断然マシ。
自分がこの仕事するのも、衣食住が保障された上で実入りが相当いいから。
それさえ保障してくれるなら、正直、賞金稼ぎだろうと犯罪組織だろうとどっちでも良かった。
たまたま、先に拾われたのが賞金稼ぎ組織だった、ってだけ。
だからといって、破格の条件突き出されたとしても今更犯罪組織に与する気はさらさらないよ??
一から仕事や人間関係把握するのめんどくさいじゃん??時間と労力の無駄だね。
多くの人で賑わう市場から一本奥まった狭い路地。どこからか漏れてくる下水の臭い、湿って淀んだ空気。
一刻も早く、こんな場所から離れてしまいたい。離れてしまいたいが、できない。
市場の喧騒から届く声を遠くに、アードラは廃アパートの壁に凭れていた。
「うんめぇー!焼き立ての
「うん、ない」
「あんた、二個も食べたんでしょっ?!あ、ちょっとっ!あたしの分取らないでよっ!!」
「え、だっておまえさぁ、いつまでもちびちび食ってるんだもん。いらねーんじゃねぇの??」
「ちがうわよっ、あたしはだいじに少しずつ食べてるだけだし!ってか、返してよ!!」
目の前で繰り広げられる子供達の茶番に内心うんざりする。なんだろう、この光景、よく見るような気がしないでもない。
「こーら、フィリッパ。ソフィアの分まで取っちゃダメじゃん」
小柄な大人くらい上背のある少年の手から食べかけのブロートを奪い取る。反抗するかと思いきや、フィリッパと呼ばれた少年は「はーい」と大人しく引き下がった。
「はい」
「わーい、ありがとう!アードラさん、だいすきぃ」
「そりゃ、どーいたしまして」
ブロートを受け取りがてら、浅黒い肌の少女ソフィアの視線に若干熱がこもるのを、一番小柄な少年が恨めしげに睨んでくる。あー、思春期ってやつ??めんどうくさいなぁ、もう。
「ロメオ、フィリッパ。これ、食べなよ」
「いいの?!やったー!!」
自分の昼食用にと取っておいたカイザーゼンメルを、きれいに半分に千切って少年二人に手渡す。
また後で買い直す手間が増えたが、食べ物で機嫌が直るなら安いもの。針で突いた穴程度でも恨みを買うのは避けておきたい。
にしても、鳩や野良猫の餌やりってこんな感じなのかな。
奴らに餌投げても見返りなんて何にもないけどね。この子達はちゃんと返してくれるから、まぁいいけど。
「あのさ、そろそろ本題入っていい??」
時間が惜しいんだよね、という言葉は心中に留めておく。
「あーうん、アードラさん達が捕まえたあいつのことだよねぇ」
「あいつはねぇ、ただクスリ売ってただけじゃないんだよ??ボスのお気に入りみたいでさぁ、あたしたちにショバ代せびってくるホセがいつもへこへこしてるんだよ」
「ホセって、あの臭そうなデブのこと??」
「くさいだって!」
「くさそうじゃなくて、ホントにくさいよなぁ!」
「うんうん!酒くさ、オヤジくさ、口くさでサイアクだもんねぇ!!」
『くさそうなデブ』に子供達は一斉にけらけら大笑い。ここ、笑うところかなぁ、と呆れつつ、笑いが収まるのをしばし待つ。話がいちいち脱線するのは厄介かつ忍耐力を必要とされる。
だが、彼らは幼いながらに物事の飲み込みも仕事も早い。
物心つくかつかないかの年頃からスリや置き引きなどで生きている分、犯罪者の噂、隠れ家、逃走経路等も詳しい。
金や食べ物を与えることを条件に、彼らから仕入れた情報を元に、自分の足で情報や噂の真偽を確かめる。ガゼネタもなくはないが、大半は確かな情報、事実に繋がるのでなかなか侮れない。
互いに情など介在しない、完全なる利害の一致。
これこそがアードラの理想であり、最も安心できる関係。
「ちなみにさぁ、あいつ、クスリ売る以外で他に妙なことしてなかった??」
子供達の笑いがぴたっと止まり、相談し合うかのように顔を見合わせあう。こころなしか、肩を縮めて周囲を警戒する空気を醸しだしている。
「してたんだね??」
三人揃って大きく首肯する。
誰が最初に話を切り出すか。再び目配せし合うと、ロメオと呼ばれた小柄な少年が口を開いた。
「……あいつさぁ、どこで引っかけてくるのかしらないけど、よく女連れて歩いてた。しかも毎回違う女。だいたいはどう見ても移民だったり、いかにも訳アリっぽい感じの女なんだけどさ。でも、たまにオレたちみたいな底辺と一生関わらなさそうなお嬢さまっぽい女もいてさぁ」
「うんうん」
「その、お嬢さまっぽい女だけは同じ女なんだ。だって、オレ見たもん」
「どこで??」
ここでロメオはぐっと言葉を詰まらせた。
三人をまとめているのは彼なので、彼が言わなければ他二人は絶対口を開かないだろう。
今日は食欲を満たしてやるだけでは足りなさそうだなぁ。しょうがない。
アードラは肩から斜め掛けしたポーチから財布を取り出し、三人に一枚ずつ紙幣を手渡した。
滅多にお目にかからない紙幣に子供達の目がキラキラと輝く。
「あのさ、バレたら、オレたち殺されちゃうかもしんなくて」
「あぁ、わかったわかった!」
財布ごと子供達に投げ与えれば、「へへー、ありがとっ!!」と満面の笑み。
これで大した情報じゃなかったら、どうしてくれよう。理由をつけてノーマンから金をせびってやるしかない。
「ホセから固く口止めされてるんだけど……。その女、決まって夜中にあいつと下水道までやってきて、寝てる俺たちを品定めしてくんだ。で、その女に気に入られたヤツは連れてかれるのか、次の日から姿を消しちまう。たいていはオレたちみたいに生まれた時から下水道生活してるのじゃなくて、きたばかりの新入りで……」
「うん、わかった。話してくれてありがとう」
「え、もういいの??」
「あ、でも、もうひとつだけ訊いていい??その女の特徴、だいたいでいいから教えてくれない??」
(2)
「……ってことでさ、その女、あんたが三年前に捕縛ミスった吸血鬼のご令嬢なんじゃない??」
「…………」
『陽光の輝き放つ金髪、
しかし、気に障ると『は??馬鹿なの??死ぬの??』と詰る、と聞いた辺りで、ミアは無意識にロザーナの腕を掴んでいた。そのロザーナも表情が固い。
「あと、失踪した女についてもざっと簡単に調べてみたら」
「な、なによ……」
硬直する二人から今度はラシャへ、意味有りげに告げる。
「あんたとカシャの
「え、ウソ……」
「仕事で嘘言う訳ないじゃん。亡命者なら足がつきにくいって踏んだんじゃないの??」
「ふ……、っざけんなぁあああ!!!!!」
ラシャが怒りに任せて彫刻壁を殴りつける。植物の茎を模った箇所がパキリと折れた。
「あのさ、モノに当たらないでよ。
「うっさいっ!!!!」
「その怒りはさ、僕や壁以外に向けるべきものじゃない??ロザーナとミアもさ、呆然とするよりやるべきことがあるよね??」
ハッと我に返る女子三人に、「あんたら、つくづくめんどうだね。近々あの売人の組織に乗り込むことになるだろうし、相応の準備しときなよ」と述べると、アードラは掌をひらひら振って立ち去っていった。
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