第14話 名案となるか、それとも

 手足が吹き飛び、右目が潰されたついでに死んでいればよかった。死なせてほしかった。

 何度本気で願っただろうか。


『だからやめておけと言ったのに』

『医師への道をわざわざ捨てる必要なかったのに』


 前途ある未来を閉ざしたのは己自身。選択に後悔はなかったか――、ない。

 ない、と、気を張りつめなければとても持ちそうになかった。

 地獄の機能回復訓練リハビリも気を紛らせるにはちょうどよかった。


 本当の地獄はすべてを終え、世間に放り出された時。

 機械義肢で新たに手足を得たとて、この先できることなどたかが知れている。


 自分でも気づいていなかった、無意識下での『できる人間』という意識。

 その意識は、やはり無意識下での自尊心として眠っていた。否、あえて眠らせていたのかもしれない。


 眠らせていた自尊心が牙を剥く。不甲斐なさも相まって己への失望が膨らんでいく。


『リントヴルムから流れてきた元一等兵って、君のことかね??』


 場末の掃きだめ、しみったれた酒場。混ぜ物の安酒片手にカウンターに突っ伏していたイェルクは七年前、ノーマンに拾われた。


 その時は泥酔していたし、話の内容も聞いているようで聞いてなかった。だが、素面のまともな状態で聞いていたら、それはそれで突っぱねていた、かもしれない。

 酔いに任せてのどうとでもなれ精神があったからこそ、誘われるがまま白亜の古城へ赴いたのだから。


 まさか、そこで生きる屍から脱することになるとは。














 医務室が消毒液臭くも清潔を保たれているなら、作業部屋は鉄と油臭く、床や作業台などがなんとなくベタベタする。

 医務室との境から一歩作業部屋へ足を踏み入れた途端、靴裏にべちゃり、何かが付着する感触。


 作業台の傍ら、二脚あるパイプ椅子の内一つに座るようイェルクに勧められる。座面にクッションが敷いてあるか、盗み見で確認してから腰を下ろす。さすがにクッションは汚れていない。


 机上に例の指輪型銃リングガンをそっと置く。イェルクはと言うと、壁際の本棚から数冊本を取り出していた。


指輪型銃リングガンは本来護身用の代物。殺傷能力はないにせよ、通常の物より威力を引き上げるのはやはり無理がある、か!指輪の大きさというか銃身の箇所を箱形、例えばマッチ箱くらいの大きさに変えれば使用者への負担は減る……が、他の武器が扱いづらい。あと、単純に邪魔だな!」

「そう、そうなんですっ!だったら軽量タイプの自動拳銃の方がいい、とは思うんです、思うんですけど……」

「けど??」

「…………」


 膝の上で両手を拡げる。指先が少し黒ずんでいる。掌の皮は厚みが増し、あちこちに潰れたマメの痕。


 三年前まで皿や銀器類より重い物なんて持ったことなかったのが嘘みたいだ。

 それでもまだ自分は足りない。全然足りない。ロザーナ達ほど動けないし、判断も迅速じゃない。

 銃だって、固定台があってようやく照準ぶらさず撃てるようになったくらいだし。


「さては命中精度を気にしているようだな!君の役割は空中で賞金首を撹乱し、動きを封じること。とどめはロザーナがさす……、というのが、君たち二人のやり方なんだろう??」

「は、はい、でも……」

「うん??」


 イェルクの力強い眼差しに気圧されそう。気を抜くと目を逸らしたくなってしまう。

 だめだめ、言いたいことはちゃんと言わなきゃ。十五歳はもう大人なんだし!

 笑ってやり過ごす癖はこの三年で少しずつ直してきた、つもり。でも。

 やっぱり、未だに自分の言葉で、自分の思いを伝えるのは正直緊張してしまう……。


「た、たとえば……、ホント、たとえばの話、ですよ??もしも、万が一ロザーナが怪我とかで動けなくなった場合、私が賞金首捕縛しないといけないじゃないですか?!命中精度がそんなによくない銃だったら……、取り逃がしちゃったり、最悪、二人とも返り討ちされる可能性だってありえる……かも……」

「うん、可能性は充分有り得るだろう!最悪を想定して動けるようにしたい訳だな??」

「は、はいっ!あっ、もちろん、自分がもっと命中精度上げられるよう、もっと射撃訓練するのが一番大事なんですけどっ。なんていうか、今の連携の仕方に慣れすぎちゃうと想定外の事態が起きた場合、ロザーナはいいとして、私、絶対、パニック起こしちゃいそうで……。だから、動きを封じるだけじゃなくて……」

「とどめもさせるようにしたい、と??」


 イェルクは腕に抱えた分厚い本数冊を、作業台に積むと上から順にぱらぱら頁をめくった。一冊目、二冊目、三冊目……と読み流し、四冊目に入り、途中で頁をめくる手を止める。

 そして、とある銃についての写真付き説明文をミアに見せてくれた。


「うーん、そうだな……。ちょっと前時代的な代物だが、こいつを改良してみようか。馬上や船上の揺れが激しい場所で使われていたし、空中で動き回りながらでも使いやすいかもしれない。ただ、前填式装填なのが少々気になるというか……」


 うーん、うーん……と唸りながら、イェルクはしばらく本とにらめっこしていた。


 こういう間がどうしようもなく苦手だ。

 的を得た助言ができるのに越したことはないけれど、実際は的外れなことしか言えない気がする。

 かと言って、大人しく黙ったままでいるだけでいいのか。

 どうしてこう、自分は場に適した言葉を口にし、行動を取れないのか。


 やだな、だから沈黙ってきらい。だいきらい。


「……ア、ミア??ミア!」

「ひゃん!?」


 自分自身でぎゅぎゅっと締めつけていた胸の奥から、心臓が飛び出てくるかと思った。

 相当にマヌケかつ情けない悲鳴には一切触れず(それはそれで余計恥ずかしい)、イェルクはにぃっと笑いかけてきた。


「いいことを思いついたっ!」

「いいこと??」

「発射威力は大したことないが、連発すれば標的の戦意を喪失させられる、あの弾だよ」

「??」

「山中での実戦想定訓練で使う……、お、その顔だとわかったみたいだな!」


 満足げにしきりに頷くイェルクとは反対に、ミアは顔中を嫌悪に歪めている。

 を何発も浴びせられたら――、想像だけで強烈な吐き気で倒れたくなってしまう。吸血鬼はおろか人間だって到底我慢ならない。

 現に訓練中、他の仲間達――、精鋭と呼ばれる彼らですら、あれを浴びせられたくないがために死に物狂いで山中を駆けずり回るくらいだ。


「大丈夫!あれは標的に当たって初めてから、使用者のミアへの被害は一切ない。安心しなさい!!」

「……じゃないと私が死んじゃいます、精神的に」

「撃ったあとも、ミアの嗅覚と精神が死なないよう更なる改良加えるつもりでいる」

「……お願いします……」


 朝食の時間が近づいているのに、『思い出し気分の悪さ』で食欲が全然湧いてこない。

 訓練はないし、いっそのこと朝食抜いてひと眠りしてこようかしら。話もひと段落ついたし。


 そう思って、椅子から腰を浮かせた時だった。

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