三章 Beautiful Fighter
第13話 理由は後からついてくる①
麓から城までの標高はおよそ350m。
山道はなだらかな傾斜の坂道が続き、要所要所で曲がりくねっていた。
伯爵と初対面を果たした日、まだ夜も明けないうちに麓まで下りていき、夜明けと共に坂を駆け上がる。目指すは白亜の古城。遅くと昼過ぎまでには到着しなければならない、らしい。
とはいえ、運動経験のないミアに最初からできる筈もなく、走る時間より休憩時間を取る方が確実に長く。朦朧とする意識を奮い立たせ、疲労と空腹に耐えて最終地点に到着した時にはすっかり日が暮れていた。
走り込みが終わり、午後からは筋力向上訓練の筈が当然間に合わず。次の日はかつて味わったことのない全身筋肉痛に襲われる。それでも毎日走り込まなければならない。
何より辛かったのは、走り込みと筋力向上訓練の時間を意図的にルーイとずらされたこと。ルーイは午前に訓練を、午後に走り込みとミアとは逆だった。
『
ノーマンの言葉はごもっとも。人に甘えてばかりいた分、重みがグッと増す。
吸血鬼城を追放された。
血を吸わないなら人間と同じように暮らせると思った。でも現実は違う。
どちらの道にも行けないミアに残された、たった一つの抜け道。茨が敷き詰められ、一歩迷えば切り立った崖に出てしまう危険な道。だけど突き進む以外、最善が見つからないなら切り開くしかない。
そうやって、生きるためにガムシャラに切り開いてきたけど。
三年経た今、時々、この道をひた走り続けるために他の理由が欲しくなっていた。
(1)
スタンとアードラ、二人の噂をしたお蔭か、15分どころか10分以内で軍用輸送トラックは到着した。
「あーあ、もったいなぁ。あれ、西の大陸で発売されたばかりの世界最速大型自動二輪じゃん??」
未だ気絶する標的を軽々と担ぎ上げ、ブルネットの癖毛を掻き乱すアードラは黒焦げの鉄塊と化した大型二輪車に目をくれる。
「すっかり廃車にしちゃってさ。これ、売り飛ばせば結構な金になったのに。
「アードラ、その辺にしておけ。お前の金勘定算段の基準なんか知ったことか。金について抜かすなら、賞金首は死なすより生け捕りにした方が賞金の額は跳ね上がる。ロザーナ達はそちらを……」
「単純に殺すのが怖いとか、良心咎めるってだけじゃない??あと捕縛までにちょっと時間かかりすぎ。こいつ、B級以下の違法薬物売人でしょ。その程度ならもうちょっと早く捕縛……、いった!脚蹴らないでくれる??」
スタッズを巻いたエンジニアブーツの爪先でげしげし蹴りを入れてくるスタンを、アードラはうんざりと見下ろす。スタンの脚が離れると、自らの軍用ブーツについた汚れをぱっぱっと払う。
「スタン、ロザーナ絡むとすぐ怒るし神経過敏気味になるよね……、だから、蹴るなって」
「お前もう黙れ。とっととそいつをトラックに押し込んでこい」
鈍色の長い前髪の下、スタンは額に何本か青筋を浮かべ、
「僕は本当のこと言ったまでだけど。にしても、よく、この旧式大型二輪で追いつめられたね、エンジンイカれてない??ロザーナのことだからメーター振り切れる寸前までぶっ飛ばしたんじゃない??」
「ちょっと危ないかなぁ、とは思ったけどなんとか持ちこたえてくれたし、たぶん大丈夫っ!」
ぐっと親指を立て、ニカッといい笑顔を決めるロザーナに、ミアは「たぶんじゃないよ……」と力無く呟き、スタンは頭を抱える。アードラは口笛を吹いて面白がりつつ、一旦トラックへ戻っていく。
ロザーナの『たぶん』は六割方あてにならない。おそらく修理が必要になるかもしれない。
ノーマンへの言い訳、もとい、釈明をどうすべきかを今から考えねば。
「とりあえず、アードラがここに戻ってきたら、俺と二人で賞金首の大型二輪とお前達が乗ってた軍用二輪をトラックに運び込む。ロザーナと小娘は先にトラックの中で待ってろ」
「あの、お手伝いしなくてもいいん、です……」
「いらん。特にお前みたいな小柄な奴に運べるものか。足手まといだ」
アードラの毒舌は誰にでも平等な分聞き流せるが、確実にスタンはミア(とルーイ)限定で冷たい。
(渋々だが)賞金稼ぎとして、ロザーナの相棒として一応は認めてくれているが、やはり彼はちょっと怖いし苦手だ。
というか、身長ならこの三年で一〇㎝伸びた。確かに一六〇㎝にも満たないが、スタンだって男性の中じゃ小柄な部類じゃない!
標的の大型自動二輪の残骸がある方へ、すたすた歩いていくスタンの後ろ姿に向かって心中でイーッ!と歯をむき出す。
心中に留めているのは決して怖いからじゃない。スタンと仲良しなロザーナを困らせたくないから、などと思っていると、急に立ち止まって振り返ってきた。
「あぁ、それから」
スタンは、何を言われるのかとドキドキするミアからロザーナへ視線を移し――、移しかけて、なぜかさっと逸らした。
よく見ると、肩まで不揃いに伸びた髪から覗く耳たぶが赤い。ミアに負けじと肌が白いせいで赤みがよく目立つ。
「その……、いい加減、前のファスナーを上げてくれないか……」
「あっ、忘れてたぁ!」
ロザーナがライダーススーツのファスナーを首元まで引き上げると、スタンは再び大型二輪の残骸に向かってすたすた歩きだす。
「さっ!あたし達もトラックに戻ろ??」
「う、うん!」
「どしたの??」
「あ、えっとねぇ......」
ロザーナがミアの左腕を掴んだ時、ミアはつい顔を歪める。
怪訝そうに見つめてくるロザーナに、離された左手をおそるおそる差し出す。
(2)
捕縛した賞金首を警察へ受け渡し、諸々の手続きを済ませ、住処に帰った時には夜が明けていた。
シャワーで汗や埃を洗い流し、イェルクの医務室兼作業場へ向かう。火傷痕は水ぶくれとなり、潰れかけている。
先に火傷の手当てをしてからシャワーを浴びるべきだったかも。でも、身体が汗臭く汚れたままなのがどうしても我慢ならない。
なんだかんだと年頃の女子だし。利き手じゃないから、片手だけでも何とか髪や身体洗えたし。
仕事用のホルターネックタンクトップと膝丈袴キュロットから、赤×黒タータンチェックの着物と袴スカートに着替えたかったし。
窓から差し込む朝日が絢爛豪華な頭上の照度類、高級絨毯を明るく照らす。目を眇めて廊下を歩きながら、イェルクはちゃんと起きてるだろうかと、一抹の不安が擡げてくる。
彼は朝に弱い。軍隊時代で一番辛かったのは早い起床時間及び早朝訓練だったという。
仕事に関してはまだいい。早朝だろうと真夜中だろうと問題なくこなしてくれる。寝起きの機嫌が悪いタイプでもない。ただ、なんというか――
医務室の扉を叩く。返ってきた声は思いの外しゃんとしている。
以前早朝に訪れたときはたっぷり15秒は間を置いたのち、普段の半分の声量だったが。
「失礼しまーす」
「おぉ、おはよう!」
「今朝はちゃんと着替えたんですね」
二つ続きの部屋のうち、医療器具、簡易ベッドなどが並び、消毒薬の臭いが染みついた手前の部屋にイェルクはいた。壁際の机の前に立ち、いつも通り、きちんと白の着流しに紫の羽織を着用していた。
そう、前回早朝の医務室で診てもらった時のイェルクときたら。
白い着流しの襟元はぐっちゃぐっちゃに乱れ、着流しの下に穿いてる筈の黒いパンツとロングブーツを穿かずに裸足で、機械義足が『こんにちは』していた。
おまけに無精髭は延び放題、暗めの金髪も寝癖でボサボサ、眼帯もなしと、身嗜みの概念をすっかり放棄した姿に、ミアは激しくドン引きしたものだった。
とどめに『実は遅くまで娼館にいた』と恥ずかしげもなく告げられ、『治療拒否していいですかっ?!』と朝っぱらから盛大に叫ぶ羽目になるなど、なんか散々だった。
「実は君たちが戻って早々、スタンに叩き起こされた。君が医務室に寄るだろうから、その前に身だしなみなり何なり整えておけ。だらしない格好で仕事するな、ときつく釘をさされてな!」
「え、スタンさんが?!」
「『軽い火傷でも手当てが悪いと後が長引く。万が一、お前のだらしない姿、言動のせいで頑なに治療拒否されたら困る』と気にしてたぞ??」
俄に信じられず、戸口でぽかんと突っ立ってると、「早く入りなさい」と手招きされる。
イェルクの前に置かれたパイプ椅子に座り、左手を突き出す。
「これくらいの大きさの水ぶくれなら破らない方がいいが……。どちらの指もほとんど破れかけているから、皮を除去しよう!」
体液が沁み込み、ぶよぶよの皮をピンセットでめくる。少し痛いのと、じくじくした傷痕が気持ち悪くて思わず鼻先を顰める。
除去した皮、使い終わったピンセットを膿盆に放ると、イェルクは化膿止めの軟膏を塗った油紙をミアの指に貼り、その上から清潔なガーゼを包帯を短く巻く。
「今日はこれでいいだろう。また明日、いつでもいいからガーゼ交換しにきてくれ!」
「は、はい!」
「あぁ、そうだ。この後、少し時間あるかい!?」
「えーっと、今日は訓練もないし、たぶん大丈夫??でも、なんで??」
ミアの疑問にイェルクは隣室、彼のもう一つの仕事部屋にちらっと視線を送る。
「
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