第12話 三年後

 真夜中の高速道路アウトバーンは都市部ならいざ知らず、山間部寄りの場合午前零時を過ぎると、走行する車がほとんど見当たらなくなる。

 午前一時を過ぎた今現在、運送用トラックの姿ですら一台も見当たらない。にも拘わらず、耳を劈く爆発的な排気音が辺り一帯に鳴り渡っていた。


 音の正体は猛スピードで走行する一台の大型自動二輪車。その後方にもう一台、サイドカー付き軍用自動二輪車が続いている。

 元々が車通りが少ないせいか、雑な舗装で車体の揺れも激しい。爆音に余分な振動が加わり、残響の喧しさに拍車をかける。


 縮まりそうで縮まらない、自動二輪車二台の距離。

 大型二輪に跨がるノーヘルメットの男が更にスピードを上げる。その際、後続の軍用二輪車を振り返り、手をひらひらと振ってみせた。

 男は軍用二輪車を操縦するロザーナを、サイドカーに座り固定させた狙撃銃ライフルの照準を合わせるミアをうら若き少女達だからと舐めきっている。

 二人は安い挑発に乗る筈もなく柳に風と受け流す。ただし、こちらもまたスピードを静かに上げる。


 ロザーナは片手で黒革のライダーススーツのジッパーを胸元までさっと引き下げる。豊かな胸元が垣間見え、男の鼻の下が伸びる。

 次の瞬間、ロザーナは胸元に隠し持っていたかんしゃく玉を男に投げつけた。爆発が発生するまでのほんの数秒の間を狙い、ミアは大型二輪の後輪へと三発撃ち込む。


 標的の大型二輪が閃光に包まれる。急ブレーキを踏む音、悲鳴。

 地面とタイヤが激しく擦れ合い、火花が散る音と混ざり合う。


 ミアは安全ベルトを外し、左右の肘かけに両手をついて立ち上がる。

 頬に、全身にぶつかってくる風が額の真ん中で分けた長い前髪を乱す。後ろ髪はとっくの昔にばっさり切ったので首筋がスース―と寒い。

 風の勢いによろめきながら、今度は床を蹴り、闇夜へ跳躍した。


 ホルターネックの黒いタンクトップの背中から蝙蝠の羽根が瞬時に現れる。

 膝丈の袴キュロットの裾を翻し、宙返りを一回転。低空飛行しながら、キィッ、キィッと大きく高く啼く。

 閃光にやられないよう目を瞑る。音波が当たった場所――、閃光の中、標的がいる位置、現在の状態を聴覚で探る。


 横倒しになった大型二輪の下敷きにはなっていない。転倒直前で放り出されたらしい。

 さすがに大怪我は負ってるけど多少は動けるようだし、命に別状はなさそう。

 ホッとする反面、気も引き締まる。多少は動けるということは反撃される可能性も高い。


 目を閉じたまま閃光の中へ飛び込む。

 三車線ある高速道路の二車線目と三車線目の境目、標的は転がっていた。頭をうまく庇ったらしく意識も残っている。

 気配を感じるだけである程度応戦できるのか、倒れながらもミア同様、目を閉じて銃を構えていた。

 ミアが持つの効果を発揮させるには相手の有効射程内に入らなければならない。


 飛び回って攪乱させる??ううん、その前に閃光が薄れてしまう。

 でも、物音のみでミアの動きを察しているとしたら??男がトリガーを引く前に先制攻撃するしかない。


 自分にできる??やるしかないんじゃない。


 光の靄が薄れつつあるのも構わず、標的に向かって突進、間合いを一気に詰める。

 相手がトリガーを引くより早く、ミアは左手人差し指に嵌めた金属製指輪型銃リングガンを構え、側面を強く素早く親指で引っ掻く。

 側面と一体化していたぺダルに似た形のトリガーを倒す。力を込めて親指でぐっと押さえる。


 パァン!と乾いた銃声が轟く。


 発砲直後の熱を指に感じる。超簡易的な散弾銃なので殺傷能力は皆無。

 だが、身動きを完全に奪うのに使うだけならば充分に有効。標的の手から銃が滑り落ち、元からの大怪我の痛みと共に悶え苦しんでいる。

 だけど、閃光に満ちていた視界は開き始めている。標的の意識を奪うまでは油断大敵。


 ほら、悶えながらもこちらを睨みつける目を見て。憎悪と畏れで混乱しきった、あの目を。

 仕事でロザーナと組み始めて約一年半。自分のを使って任務遂行する度、何度あの目、化け物を見る目と出会ってきたか。


 最初は酷く傷ついたし、任務が終わるごとに毎回、力を使うのはこれっきりにしようかと悩んだ。

 無駄に思い悩んだだけで、結局、未だに有効活用しているが。


 あと少し標的に近づけば顔面蹴りつけるなり、手刀落とすなりして意識を奪う。

 そうすれば任務完了だし、あの目からも――


「え」


 ミアの横を風のように擦り抜ける影。その影からはほのかに白檀サンダルウッドの香りがした。

 影はミアより先に標的の前まであっという間に到着、次いで、ガツッと鈍い音が耳に届く。


「……もう!今回こそ私がとどめ刺そう意識奪うと思ったのにっ」

「ごめんねぇ、ついつい癖で突っ走っちゃったぁ」


 ヘルメットを脱ぎ、長い黒髪を靡かせるロザーナに、気絶した標的の傍までくるなり、ミアは文句が飛び出る。

 でもね、文句言いつつ本当は分かってる。ロザーナが倒した標的にミアを『化け物』と言わせないためだってこと。


 一人神妙に感傷に耽りかけて気を取り直す。腰のホルスターから銃を抜き取り、満天の星空へ銃口を向ける。

 作戦成功の合図、居場所を報せる合図と、それぞれ色の違う照明弾二発を夜空へ撃ち放す。

 アードラが照明弾に気づき次第、15分以内でスタンが運転する輸送用トラックが到着する。あとは、男をトラックへ運び込むだけ。


「二人とも早く来ないかなぁ、早く住処に帰ってシャワー浴びたい」

「薄着の私でも暑いのに、ロザーナなんてもっと暑い格好だもんねぇ……」

「二人の噂しまくればすぐ来てくれたりして??呼ぶよりそしれっていうじゃなぁい??」


 手足を拘束しても未だ気絶する標的を道路に転がしたまま、二人は男達の到着を大人しく待ち続けた。

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