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スーパーであれこれと奈々から指示を受けて晩御飯を買って帰ると、時刻は午後七時を回っていた。一時間以上も買い物していたことになる。
ちゃぶ台の上のチョコレートの箱をよけ、買ってきたおかずを並べてテレビをつけた。ドラマをやっていたので、何気なく見ることにした。
「あなたの、そういう優柔不断な所が嫌いなの」
テレビの中の女性が言った。泰樹は、ぎくりとして口に運ぼうとしていた箸を止めた。つい最近聞いたのと同じ台詞だ。言い方はずいぶん違うけれども。
「何だよ、知ってただろ。付き合う前は優しいところが好きって言ったくせに」
「結局、表と裏が違うだけで、同じだってことに気付いたわ」
耳が痛い。思わずチャンネルを変え、クイズ番組にした。やっぱりまだ、思い出したくないのかもしれない。
別れた彼女は高校のクラスメイトだった。彼女と付き合いだしたのは卒業する直前のことだった。
そういえば、大学に入学して再会した頃は奈々にも彼氏がいたが、二人は間もなく別れた。その日のことを泰樹はよく覚えている。
四月の中旬だというのに、少し肌寒い日だった。大学の五限が終わって下宿に帰ると、扉の前で奈々が泣いていた。ぎょっとした。彼女が泣いている姿は見たことが無かったからだ――九年のあいだ、一度も。泰樹は掛ける言葉が思いつかず、
「なあ、寒いだろ。中に入った方がいいよ」
と遠慮がちに言った。奈々は背を向けたまま首を振った。
「どうして」
「だって、部屋の中には、あの人から貰った物がたくさんあるんだもの」
その声はあまりにも弱々しく、彼女に似つかわしくないものだった。状況は察したが、どうすればいいか分からず泰樹は困った。
「じゃあ僕んちに入って暖まるのでもいいからさ。こたつ、まだしまってないし」
「何言ってんのよ、人の部屋に入れなんて」
「だって風邪引くだろ」
「私のことはほっといて。早く自分の部屋に入りなさい」
そう言われても、このまま放っておくのは無理だ。泰樹は思い切って言った。
「馬鹿いうなよ。じゃあ、僕が君の部屋を片付けるから、そのあいだ玄関で待ってればいい」
奈々がその提案を受け入れるとは思っていなかったが、いつになく強い語気で言ったからだろうか、彼女は弱々しく頷き、扉を開けた。泰樹は戸惑いつつも、自分が言いだしたことだからと、遠慮しながらも入ることにした。
中は想像通りの小奇麗な部屋だった。台所の横を抜けて扉を開けた部屋は玄関と同じく整頓されていて、自分の部屋とは比べ物にならないほどだった――足の踏み場もない部屋と比べるほうがおかしいが。
付き合っている女性がいるのに別の女性の部屋に入っているという奇妙な感覚のまま、部屋を見渡した。
あった。衣装ケースの上に写真立てと、おそらく彼氏から貰ったと思われるアクセサリーが飾られていた。写真に写っている彼氏は、爽やかなスポーツマンといった雰囲気だ。お似合いだ、と思う。でも、何かうまくいかないことがあったのだろう。ひとまずその写真立てを伏せたが、アクセサリーをどうしようかと悩んだ。威勢よく片付けるとは言ったものの、泰樹は昔から片付けが苦手である。物が捨てられないのだ。まして、他の人が大切にしていた物を、望まない場所に置いてよいものだろうか。うっかり目にしてしまうかもしれない。何か箱に詰めようにも、段ボールもお菓子の空き箱も見当たらない。結局、食器が入っている
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