第5話 《ウォークライ・フラッグス》

アイリーンの周囲に突き立った4本の光の槍は、長さ約3メートル。地面とは反対側の先端から四角形の帯が伸びていき、横幅は約2メートル、縦幅もその半分くらいまで広がった。

やがて、帯だったものは光の粒子の本流を受けてはためく旗となり、地面に突き立つ槍は旗を支える竿の役目を果たす。


ノイエがアイリーンのために創造したスキルは《ウォークライ・フラッグス》。

フラッグは、1本ずつが異なるバフ効果を有しており、アイリーンが対象としてターゲットした物・場所・人を中心に、特定範囲に存在する味方(とアイリーンが認識する人間)に様々な恩恵を与える。

アイリーンが顕現させた4本のフラッグの効果は、もちろんノイエも把握している。


ファースト・フラッグ《カリスト》。

味方の知覚を鋭敏にし、敵の気配や動作の起こりを捉えやすくなる。

人間は、何かをしようとするとき、その直前に必ずと言っていいほど予備動作というものが存在する。

通常であれば、その予備動作を捉えることは極めて困難であるが、《カリスト》によって感覚が研ぎ澄まされることにより、相対する敵の筋肉の強張り、視線の動き、重心の移動などを感じ取れるようになる。

その結果、相手の動きに合わせた行動が取りやすく、カウンターを合わせたり、いわゆる後の先を取ったりすることが可能となる。


セカンド・フラッグ《ガニメデ》。

味方の痛覚を鈍らせる。デメリットはあるものの、得られる恩恵の方が圧倒的に大きい。

すなわち、一般的に戦闘中にダメージを負うと、どんなに優れた戦士でも痛みによる集中力の低下や負傷による動作の制限などが生まれ、戦闘力が大きく損なわれる。

しかし、《ガニメデ》による痛覚鈍化は、ダメージを受けることによる戦闘力の低下を最小限に抑えることができ、継戦力も大きく向上する。


サード・フラッグ《エウロパ》。

味方同士の連携の強化に大きなアドバンテージを得る。

《カリスト》が知覚の鋭敏化による敵の行動予測を可能にするものであるのに対し、《エウロパ》は自己の認識力の向上により、味方の動きや意図を汲み取りながら戦うことができる。

味方同士の連携はより強固なものとなり、互いの長所を高め、弱点を補うことで、生存率が大幅に向上する。


そして、フォース・フラッグ《イオ》。

精神は肉体を凌駕する、などという言葉があるとおり、同じフィジカルであってもその時々のメンタルの状態によって、発揮できる力は大きく異なる。

《イオ》は、味方を鼓舞することにより『自分たちはやれる』という自信を与え、己の能力を限界まで引き出せる状態を作り出す。


アイリーンは、部隊の要となるメンバーを次々とターゲットし、これら4つのフラッグを展開していく。

ターゲットされたメンバーの足元に古代のものと思しき文字と円が幾重にも重なり、やがてバフの効果範囲まで外周円が広がりきる。

部隊のメンバーも、今までに何度も経験したバフの効果に興奮を隠せない様子だった。


《ウォークライ・フラッグス》が正常に発動したことを確認すると、アイリーンはホッと安堵の息を漏らした。

表情もスキルを顕現させるために集中していたときより、幾分和らいでいる。


ノイエも、部隊に大小4つの円が展開されたことを確認すると、改めてルムドフの門に意識を集中する。

門は既に完全に開け放たれていたが、そこから敵の騎兵が突撃してくるでもなく、あるいはメッセンジャーとして誰かが出てくるでもなかった。


と、そのときだった。

門の辺りが一瞬モヤのようなものに包まれたかと思うと、そこから幾条かの影のようなものが飛び出したように見えた。

その黒い影は、後ろに長い尾を引き、くねくねと奇妙に進路を変更しながら、街を半包囲している3つの傭兵団目指して移動する。

しかし、全く尋常ではなかった。それが人間なのかどうかも判別できなかったが、移動する速度が常軌を逸していた。騎兵など比較にならないほど早い、早すぎる。

影たちは、傭兵団の中に飛び込むと、たちまちその場にいた兵たちから絶叫や怒号が上がり、部隊は一気に混乱した。


【ノイエ。もはや一刻の猶予もありません。直ちにあれから逃げなさい!】


オフィーリアが悲鳴じみた声を上げる。

ノイエは、ようやくオフィーリアの警告が正しかったことを知る。

あれは違う。

正体すらわからないが、あんなものとまともにやりあってはいけない。


ただ、ノイエは仲間を…いや、アイリーンを残して逃げることなど出来なかった。

そして、アイリーンも仲間を残して自分だけが助かろうなどとは考えてもいなかった。


しかし、それでもノイエは言わずにはいられない。

「団長!ここは僕に任せて、貴方だけでも…」

ノイエがそこまで口にしたとき。

そして、ノイエの声にアイリーンが振り向いたとき。


アイリーンが天に掲げていた右手が宙を舞った。

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