第3話 コード:オフィーリア

さて、新興都市改め要塞都市と化したルムドフに対し、王国の正規軍ではなく3つの傭兵団が半包囲していることについては、いささか説明を要する。

王国の首都であるアストベルグは、王国の、そして大陸のほぼ中央に位置しており、正規軍の半数以上は王都に集中している。他国との国境付近にある街や砦にはそせぞれ一定数の兵士が駐留しているが、大陸の北西から南部にかけて走るシギル山脈は天然の防壁と化していることもあり、山脈沿いに配置される兵力は、その他の場所と比較すると少なめである。

少数で山を越えるのならばともかく、大部隊を山越えさせるのは不可能に近い。

ただ、これは逆もまた然りであり、山向こうに位置するルムドフに対し、王国軍の進軍は遅々として進んでおらず、海路も船で大軍を動かしたことのない王国にとっては不安要素が多い。

そこで、白羽の矢が立ったのが、もともと大陸南東部を拠点とする2つの傭兵団と、別の戦場での仕事を終えて、この近くを移動中だった紅の雫というわけだった。


そのような背景もあり、今回の雇い主である王国から我々3傭兵団が受けているオーダーは2つ。

1つ目は、王国軍の主力部隊が到着するまで都市を包囲し、ルムドフの兵力をその場に釘付けにしておくと。

2つ目は、可能な限り敵に打撃を与えて戦力を削ること。

相手、つまり領主の戦略目的がどこに置かれているのかによって色々な戦闘・戦術パターンを想定していたものの、籠城とは一見して下策にみえる。

篭城は、援軍の到着が期待できるなど、時間の経過によって有利な展開が望める場合に採られる戦術であるが、今回の場合は、時間が経てば経つほど王国軍主力の到着が迫るだけであり、ルムドフ側のメリットはほとんど感じられない。

現状、相手が門を固く閉ざして街から出てこないのであれば、敵を損耗させるという第二の目的は達成できないが、それよりも優先事項である敵兵力の釘付けに関しては、今の状態を維持するだけで達成できそうである。


つまり、先程ノイエがうたた寝をしてしまったのも、このまま変化がなければ今回の仕事はそれで達成されるという思いが、つい気を緩ませてしまった結果だった。

しかし、戦場に絶対などありはしない。

ノイエは、改めて気を引き締めてルムドフの街、そして紅の雫の布陣に変化や綻びがないか警戒を再開する。


直後、籠城していた街の門がゆっくりと開き始める様子が目に飛び込んだ。

呆然とその様子を見守るノイエとアイリーン。

いや、ルムドフを取り囲む全ての傭兵がその場に佇んで、動くことも声を発することもできずにいた。


しかし、ノイエにとって、驚きはこれだけでは終わらなかった。


【ノイエ、聞こえますか?返事をしてください。】


耳から聞こえてくるのではなく、頭の中に直接呼びかけてくる声の主に、ノイエは心当たりがあった。

ただ、ノイエの知る声の主は機械的・事務的で、感情など持ち合わせていないような存在だった。

しかし、今の声の様子は明らかに不安や焦りの感情がうかがえる。


『随分久しぶりだね。あの力の説明をしてくれた後、僕からの呼び掛けには一切応じてくれなかったから、もう消えてしまったのかと思ったよ。

ところで、少し慌てている様子だけど、どうしたんだい?実は、これから少し忙しくなるかもしれないんだ。』


ノイエは言葉を声に出すことなく、言葉をイメージすることで声の主に応じる。


【それどころではありません。今すぐこの場所から離れてください。あの街から、最大の速度で。】


『一体どういうことなんだ?いま僕たちはこの街を包囲していなければならないんだ。王国軍がこの場に到着するまでね。』


ノイエは、6割方開かれた門から注意を逸らさないまま、声の主との対話を続けた。


『そもそも、君は何者なんだ?あの力の説明をしてくれたことには感謝しているけど、今はこの場所から離れることはできないんだ。』


【私は、貴方が顕現させた《スキルクリエイト》のナビゲートシステムである、コード:オフィーリア。

詳しく説明している時間はありません。今すぐこの場から離脱してください。】

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