第四話 料理と中二病。

 とりあえず、知識上のすり合わせはある程度終わった。

 俺が漫画やラノベ、他の作品から知ったもの。

 異世界にあるような設定も含め、それは実際に存在するものがあるらしい。

 魔法があるくらいだ。

 何があってももう驚かない、と思うぞ。

「しっかしまぁ。そんな漫画みたいな話。あるもんだなぁ。ティナ、いや、ティナ姉さんって呼ばなきゃ駄目か?」

「やめてよ。ひとつしか違わないんだから」

「わかった。あのさ、ティナ」

「んー?」

 ティナは俺の足の間。

 お腹に寄っかかるのが気に入ったらしい。

 俺の肩口に顔を振り向かせ、こっちを見てくる。

 こら、キスするぞ。

 こんちくしょう。

 きっとこいつは嫌がらないだろうな。

 負けた気がするからやらないけど。

「お前さ、北極から歩いてきたとか言わないよな?」

「違うよ。んー、今風が吹いてる方角からかな。そっちにね、洞窟があったんだ。そこから来たんだよ」

「風というと、南風。南の洞窟って言ったら、玉泉洞か?」

「名前までは知らない」

「さいですか」

「上からね、でれーって沢山の細い岩が垂れてた。珍しいねあれ」

 ティナが言うのは間違いなく鍾乳洞。

 あの辺りにあるのといえば、玉泉洞で間違いないだろう。

「ティナ。お前よくそんなとこから出てきて、騒がれなかったな?」

「んっとね、みんなエルフみたいな真っ白い顔してて、わけのわからない言葉使ってるから。ちょっと怖くて隠ぺいの魔法使ってた」

「そんなもんまであるのかよ」


 そんなときだった。

 ティナの方。

 きっと彼女のお腹から『きゅるる』と可愛らしい音が聞こえた。

「「あ」」

 ティナはちょっと頬を染めてこっちを見た。

 笑顔で。

「おなかすいた」

「はいはい。髪も拭けたし、ちょっと待ってろな。ティナ。お前さん、好き嫌いあるか?」

「ううん。ないよ」

「じゃ、さっさと作っちまうわ」

 俺はティナの脇に手を入れてひょいと持ち上げる。

 思ったよりも軽いんだな。

 流石女の子。

 いや、お姉さん、か。

 なんとも複雑な心境だよな。

 これで俺より年上なんて、ずるいよ。

「武士、料理できるの?」

「おう。得意だぞ」

「嘘っ。やたっ。未来の旦那様が料理得意とか……」

「その話はまた後な」

「えーっ。ずるい」

「あははは」

 俺はティナを軽くあしらってキッチンへ向かう。

 冷蔵庫を覗いた。

 部屋こっちの冷蔵庫にはそれほど食材は入っていない。

 卵は、あるな。

 牛乳も大丈夫。

 パンも四枚切りのがまだ開けてない。

 よし、あれ作るか。

 ガラス製の耐熱ボウルに卵を二個割る。

 慣れた人なら片手でほいとやるんだろうが、俺はきちんと両手で割る。

 細かい殻が入るのが嫌なんだよな。

 ここに砂糖を少々。

 あまり入れると俺が食べられなくなる。

 よく攪拌して、混ざりあったら宮〇牛乳を入れる。

 こっちで売ってる牛乳では一番好きな銘柄だったりするんだよな。

 滑らかになったところで、パンを半分に切って浸す。

 ラップで蓋をしたら電子レンジで一分加熱。

 その間にケトルに水屋で買った水を入れる。

 沖縄では浄水器を使うか、水屋で水を買うのが一般的。

 水道の水がね、うまくないんだ。

 これはあっちにいたときも同じだった。

 あっちではカルキがきつすぎて、浄水器がないと駄目だった。

 だから俺は近所に水屋があるから、そこを使わせてもらっている。

 IHコンロにケトルをかけておく。

 スープは手抜きでいいか。

 業務用でも美味いものを買ってあるから。

 スープ用の小さい持ち手の二か所あるカップを二つ用意。

 そこにスープの顆粒を入れておく。

 ポタージュスープなんだが、ここに隠し味で鳥ガラスープの素を少し入れる。

 これが結構美味いんだよな。

 チン。

 お、レンジが鳴った。

 あちちち。

 いい感じにパンが吸ってくれたな。

 これをフライパンを加熱してバターをころり。

 バターが溶けたら弱火。

 換気扇を回して準備おっけ。

 適当にパンを並べて蓋をする。

 キッチンタイマーを五分にセット。

 スタート。

 今のうちに、冷蔵庫からレタスときゅうりを出してさっと洗う。

 レタスを適当に千切って、きゅうりを斜めに薄切り。

 ボウルを洗ってからもう一つ出してそこに野菜を突っ込む。

 業〇スーパーで買った、ノンオイルドレッシング。

 これも結構いける。

 適当に合えて、ラップをして冷蔵庫に入れておく。

 ピピピピ。

 タイマーが鳴った。

 蓋をあけてパンをひっくり返して、また蓋をする。

 もう五分にしてスタート。

「武士ー」

「んー?」

「いい匂い。おなかすいた」

「はいはい。もうすぐできるからさ」

「うんっ」

 ティナはお姫様|(かもしれない)だから、ナイフとフォークを。

 俺は箸で十分。

 皿を二枚用意して、シュンシュンと鳴るケトルからお湯をスープに。

 キッチンタイマーが鳴る。

 直前に止める。

 数字を睨んでたからできるようなもの。

 よし、勝った。

 俺って小せぇ……。

 大皿にフレンチトーストを乗せてできあがり。

「よし、ティナ。テーブルの上にある布巾で上を拭いてくれー」

「これかな? よし、これくらいならできるんだからねっ」

 威張るなって。

 自慢にならんから。

「ティナ、お前、甘いの好きか?」

「うんっ。大好き」

「そっか、ならこれでいいな」

 俺は戸棚から封を開けてないメープルシロップを持ってくる。

 俺はティナの前に紙ナプキンを置き、ナイフとフォークを置いてやる。

 スープを置いてサラダを取り分ける。

 ティナはそれを見ると、手を組んで何やらぶつぶつと呟いている。

 もしかしたらお祈りなのかもしれないな。

 お姫様というのは本当なのかもな。

 見た目のやんちゃさからは思えないほど、しっかりと教育されているのかもしれない。

「先にスープとサラダからな。それ熱いから火傷すんなよ?」

「わかってるよ。子供じゃないんだから。あちっ……」

「ほーら、言わんこっちゃない」

 ティナはカップを両手で持つ、いわゆる『赤ちゃん飲み』でゆっくりと冷ましながら飲み始めた。

「ふーっ、ふーっ。んく。……ふぅっ。おいしっ」

「そっか」

 小さな皿にフレンチトーストを二つ置く。

 メープルシロップの封を切って、上からだばーっとたっぷりかける。

「うわぁ……。甘い匂い。おいしそ」

「ほら、食べてみな?」

「うんっ」

 ティナはナイフとフォークを慣れた手つきで使っている。

 日常的に使わないとこれほど綺麗な所作にはならんだろうな。

 その可愛らしい口に、小さく切ったフレンチトーストを一口頬張る。

 咀嚼した途端、目を力いっぱい瞑った。

「んーっ。甘くて、しっとりほっこり。おいし……」

「それはよかった。作った甲斐があるってもんだな」

「うんっ。しあわせ」

 俺は甘いものは嫌いじゃないが、朝飯に甘いものはちょっとな。

 だからシロップはなし。

 箸で小さく千切って、口に放り込む。

 ん。

 まぁまぁだね。

 いつの間にか食べ終わっていたティナが、こっちをじーっと見ている。

「おかわり、いるか?」

「うんっ」

「まだあるからいっぱい食べてくれよ」

「ありがと」

 これだけ嬉しそうに、美味しそうに食べてくれるティナを見ていると、ここ十年以上味わったことのない充実感が俺の中に沸いてくるのだ。

 ひとりじゃないっていいもんだな。

「ごちそうさまっ。美味しかったぁ……。武士ってほんとにお料理上手なんだねっ」

「ありがとな。お粗末さん」

 俺は一枚のパンを切った二枚だけ。

 ティナは三枚分を全部平らげてしまう。

 それどころか、サラダも全部食べてくれた。

 嬉しいよな。

 ホントに。

 こうして俺の作った料理をお客さん以外の人が食べてくれるなんて、久しくなかったから。

 いいもんだよな。


 ▼


 ティナは文字がまだ読めないようだが、俺を通して言葉を覚えたらしい。

 テレビを楽しそうに見ていることからそれがわかるんだよな。

 俺は食器を洗って(ティナ姫じゃまだできないだろうから)からティナの隣に座った。

「ほらほら、武士。あの女、多分エルフだよ。髪型で隠してるけど、あそこ、耳が見えてる」

 確かに言われてみれば違和感を感じる。

「本当かよ……。結構有名な大御所女優だぞ」

 大河ドラマなどでも知られている、あまりテレビを見ない俺でもしってる人だ。

 それも俺が小さいころから活躍してるんだが、いつまでも若々しいと言われてはいたが、まさかエルフだったとは……。

「じょゆう? よくわかんないけど、昔こっちに移住したのがいるって聞いてるよ。エルフも、あたいたちドワーフもね」

「そうなんだ。俺たちじゃ気づかないわな。ところでティナ」

「ん?」

 ティナは画面に夢中らしく、こっちを振り向かない。

「お前さ、何しにこっちに来たんだ?」

「迷った」

 は?

「あほかっ!」

「えへへ。だってさ、洞窟で二日くらい迷子になっちゃって、食料も底をついちゃってね」

「もしかして、あの串焼きが?」

「うん。久しぶりに食べたごはん。いやー、美味しかったよ」

「お前なぁ、何日も食べなくて、それですぐ酒飲んで大丈夫だったのか?」

「お酒は別腹」

「……さすがドワーフとでも言うのか」

「誉めないでよ」

「誉めてないって……」

 ティナは俺の足の間に入ってくる。

 背中を俺の腹にもたれかかって俺を見上げた。

「それでね、外に出たときね。変な動く箱に乗る人がいたから、こっそり乗ってみたんだ。あれ、凄いな! 馬がいなくても動く馬車だったんだな!」

 車をそう捉えるか。

 確かに車の馬力というのは馬から来てるって聞いたこともあるし。

 あながち間違っちゃいないけど。

「それで国際通りまで来たってことか」

「よくわかんないんだけどね。お腹がすいてて寝た方が楽だから寝ちゃった。起きたら人がいっぱいいたんだよ」

「なるほどなぁ。あの辺りは観光客が泊まるホテルもあるし」

 おそらくは、ロイヤルオリオンホテル辺りで車が停まったんだろう。

「それでたまたま俺を見かけたってことか?」

「うん。白い人がいっぱいいた。武士だけ色が違うからすぐにわかったよ。同属だと思って、ふらふらっとついて行っちゃった。そしたらあんなにいい匂いのところに」

 腹が減った状態で、屋台村から出る匂いは殺人的だろうな。

「しっかし。お前、隠ぺいとか言ったっけ? それで見つからないなら、食べ物とか食えただろう?」

「あたいはそんな真似しない。そんなみっともないことをするくらいなら飢えて死ぬ方を選ぶ」

 そこはしっかりと教育されてるってことか。

 律儀というか、なんというか。

「俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

「んー、わかんない。武士がいたんだからいいじゃないさ。これはもう運命だよ」

 そこまで言ってくれるのは嬉しいんだけどね。

 ただ、それを認めたら負けになる。

 それだけ俺もティナのことを気に入ってるんだろうな……。

「あーはいはい。あの串焼き旨かっただろう?」

「うん。でもね、さっき作ってくれたのも美味しかったよ」

「ありがとな。そう言ってもらえるのが俺は嬉しいよ」

 背中を預けて身体を捻って、俺を見ているティナ。

 そんな彼女に俺は違和感を感じた。

「おい。ティナ」

「ん?」

「お前、右目どうしたんだ?」

 俺から見て左側。

 ティナの右目が金色の左目と違って、まるで俺たち日本人みたいな、くすんだとび色になっている。

 ティナは身体を反転させて俺にすり寄るようにして。

「ほら、武士だって同じでしょ?」

「は?」

「武士の右目、あたいの色になってるよ」

「ちょっと待て」

 俺はティナの両脇に手を入れ、ひょいと持ち上げてどかした。

 うん、軽いな。

 いや、それどころじゃない。

 慌てて洗面所に駆け込んだ。

 鏡に映した俺の顔。

 右目が金色になっていた。

「な」

 ありえないだろう。

 オッドアイとか、どこの中二病だよ?

「なんっじゃこりゃぁああああっ!」

 もしここがレオパ〇ス21だったら、両側から『壁ドン』されていただろうな。

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