第三話 男は諦めが肝心。

 やっと足の痺れが取れて、ティナは女の子座りをしている。

 最初から無理しないでそうやって座っていればいいものを。

 だがちょっと待て。

 俺の腹を背もたれにして座ってるぞ、こいつ。

 ただな、エアコンが効いてて、こういうちょっとした触れ合いって忘れてたよな。

 いいもんだな。

 それにティナって、ちょっといい匂いがする。

 何ていうんだろう。

 香水とかはつけてないみたいだけど。

 男とは違うっていうか。

 そんな風に俺が悦に浸っているとき。

 急にティナが振り向いたから。

 QTFだ。

 目が合ってしまった。

「なぁ、武士」

「ん?」

「あたい、臭くないか?」

「いいや、別に。どうかしたか?」

「あのな、できれば湯あみをしたいんだが」

「あぁ、そういえば昨日風呂入ってないもんな」

「……実は四日前から」

「おいっ! 若い女の子がしれじゃ駄目だろうが。ちょっと待ってろ、今準備するから」

「……すまない」

「いいって」

 ティナは俺の腹からちょっと離れてくれる。

 俺は立ち上がって風呂へ行こうとしたが。

「そういやティナ」

「なんだ?」

「お前さん、着替え持ってないだろう? 俺のでもいいか?」

「あー、うん。助かる」

 サイズ大丈夫かな?

 俺は新品のボクサーパンツを袋から出す。

 まだ袖を通していない白いタンクトップ。

 腰を紐で絞めるタイプのハーフパンツを用意して、脱衣所へ持っていった。

 浴槽がついていない風呂場だったから、簡易的なバスタブは通販で買った。

 まるで映画にでも出てきそうな湯をためるだけのバスタブ。

 普段は使わないが、冬場だけはどうしても温まるために使っていた。

 俺が寝そべっても大丈夫なサイズ。

 まぁ、足はちょっと出るけどな。

 シャワーヘッドの真下に設置してあるから、軽く洗う。

 男じゃないんだから必要かと思って湯を張ってやる。

 腕を突っ込んでみた。

 うん適温だな。

「おーい、ティナ。使い方わかんないだろう? 教えるからこっち来てくれ」

「わかった」

 背中にティナの気配を感じた。

「それでな、これをこう下げるとお湯が出る。それで、こっちが身体を洗うやつな。こっちは頭を洗うやつ。わかるか?」

 俺は後ろを向いた。

 ちょっ。

 ティナさん。

 すっぽんぽんじゃ、ありませんか?

 こういう人を昔は『トランジスタグラマー』と言うんだっけ?

 その昔、小さくて高機能なトランジスタが生まれた時代。

 小柄で均整の取れた体つきの女性に対して使われていたらしい。

 それもビスチェで押さえつけていたのか、かなりたわわだ。

 いや、見てないぞ。

 その下に金髪の茂みがあっただなんて。

 いやいやいや。

 そんな悠長なことを言ってる場合か!

「おいっ! ちょっと待て」

 俺は慌てて後ろを向いた。

「どうかしたのか?」

「どうかしたのかって。ティナ、お前。裸じゃないか」

「武士。風呂に入るのに、服を着て入るのか?」

「いや、そうじゃなくてだな」

「あたいは気にしないぞ? いつも侍女が洗ってくれてたからな」

「どこのお姫様だよ……。とにかく、このスポンジにこうつけて、泡を立てるだけだから」

「難しいな。武士が洗ってくれたらいいのに」

「いやいやいや。それ、おかしいだろう?」

「そうか? 武士はあたいの婚約者だろう?」

「その件は風呂から上がったら話し合おうな……。外に着替えあるから」

「……冷たいなぁ。洗えるかな……」

「知らんわっ! やってできないことはない。頑張れ」

 俺は急いで風呂を出た。

 テーブルにあるスポーツドリンクを一気飲み。

 ……ふぅ。

 一息ついた。

 しっかしまぁ。

 おっでれぇた。

 一瞬だけだったけど、綺麗な身体だったな。

 いやいやいや。

 煩悩退散。

 それよりも再度確認だ。

 俺はゴミ箱を確認した。

 うん。

 間違いなくやってないな。

 てことはキスだけ。

 それもな、俺からじゃないぞ?

 まぁ、あれこれ考えても仕方ない。


 物的証拠や状況証拠から、ティナと致してはいなかったということが証明された。

 もちろん俺の中でだけだがな。

 もし、ティナが俺の息子を綺麗に掃除してしまっていたとしたら。

 なんてことはないだろう。

 本人も『生娘』だと言っていた。

 彼女を尊重するべきだろうな。

 しかし、おかしいんだよな。

 朝立ちもそうだったけど、ティナの裸を見て息子がおっきしてしまっている。

 こんなこと見られたらどうしようもない。

 煩悩退散。

 そうだ素数を数えよう。

 二、三、五、七、十一……。

「武士ーっ」

「はいはい。って……」

 煩悩は消し切れていなかった。

「何で身体拭けばいいの?」

「あー、ごめん。忘れてた。ちょっと待って……、待てっ! 出てくるな、女だろうが。ちょっとは恥じらいってものをだな」

「いつもは侍女が拭いてくれたんだよ。別に怒らなくてもいいじゃないか。あたいは見られても平気だぞ?」

「いや、俺が平気じゃないから。お願いします。ごめんなさい。戻ってドアを閉めてください」

「我儘だなぁ……」

「どっちがだよ」

 これ、本当にかなりのお嬢様らしいぞ。

 えぇいめんどくさい。

 新品のスポーツタオルを出して、脱衣所のドアをそーっと開ける。

 ティナが風呂場に戻ってるのを確認して、さっと置いて逃げるように戻ってきた。


 暫くすると脱衣所のドアが開いた。

「武士ー」

「はいはい」

 ちゃんと俺が用意した服を着てくれているようだ。

 ちょっと胸のあたりが小さく二か所ほど盛り上がっているのは見ないことにする。

 あれは目に毒だ。

 ティナは俺の前にペタンと座り込んだ。

 振り向いて笑顔でこう言いやがった。

「髪、拭いて」

 ずるいわ。

 ほんと、そんな笑顔で言われたら断れないじゃないか。

「……ったく。どこのお姫様だよ」

「メルムランスだけど?」

「家名が国名かよっ!」

 ついツッコミを入れてしまった。

 なるほどな、小国のお姫様だったらしい。

 どうりで世間知らずというか、羞恥心がないというか。

「偉いんだよ、これでもね」

「あー、はいはい。ティナ姫様。動くなよー?」

「うんっ」

 仕方なくティナの髪を優しく拭うように拭いてやった。

 しかしまぁ。

 ほんとにアスリートみたいな身体つきだな。

 引き締まった感じで、柔らかな筋肉がしっかりとついている。

 それでいて首筋も綺麗で、襟足も可愛らしい。

 こいつ。

 濡れて伸びたからか、髪、長いんだな。

 俺はティナの髪を拭きながら、ある違和感に気づいた。

 彼女の耳が、ちょっと俺たちよりも長いことを。

 まるでアニメで見るような、そんな耳の形。

「ティナ」

「んー?」

「お前、耳。長いんだな?」

「エルフほどじゃないよ」

「はい?」

「だから、エルフほどじゃないよって言ったんだけど」

「な、なんだそれ?」

 ティナの声に合わせて、ちょっとだけ耳が動いていた。

「知らない? 耳がもっと長くてね。皮膚の色が病的に白くて。嫌味しか言わない、草しか食べない種族」

「エルフが実在するのか? それならお前はダークエルフだとか言わないよな?」

「エルフなんかと一緒にしないでよ。あたいはね、ドワーフ」

「は? あの筋骨隆々で髭もじゃの?」

 ティナの顎と口元には髭がない。

 それよりも、エルフが実在するような言い方だった。

 俺、夢でも見てるのか?

「あのね、女は違うんだよ。武士だって同族でしょ? こっちに移住して何世代も経ったみたいな感じだったけど。だから言葉も通じないし、魔法も知らなかったんだよね?」

 どういうことだ?

 俺がドワーフだって?

 そんなわけないじゃないか。

「……俺、人間だけど」

「えっ? だってその肌と、その髪。髭だって……」

 確かに俺は、年取って髪が寂しくなったし。

 額も広くなってきたから誤魔化すつもりで金髪にしてた。

 髭も違和感がないようにブリーチしてるからな。

 俺はシャツの袖をめくってティナに見せる。

「ほら、日焼けだって」

 そこには白い肌と褐色の肌が切れなグラデーションを作っていた。

 ティナはそれを見て、がっくりと肩を落とした。

「ほんとだ。ちょっと白い……」

 俺は落ち込んでいたティナが少し愛おしく思ってしまった。

 手櫛でゆっくりと髪を梳いてやった。

「違ったんだ……。同属だと思ったから。それに優しそうだったし」

「まぁその、なんだ」

「だってさ、あたい。婚姻の口づけもしちゃったんだ。もう結婚できないんだよ? やっぱり責任とってもらわないと」

「俺が悪いわけじゃないだろうに……」

 しかし、こんな可愛い子に『責任取って』なんて言われたら、二つ返事で了解してしまうだろう。

 『婚姻の口づけ』の意味はわかんないけど、彼女なりに理由があるのかもしれないし。

 ただ俺はロリコンじゃない。

 こんな幼気いたいけな少女に手を出すほど、飢えちゃいないんだからな。

「ティナ。あのさ、俺みたいな四十二歳のおっさんに言うことじゃないだろう?」

「……なーんだ。あたいより年下だったんだ」

「へ?」

 俺が、年下……、だと?

「だってあたい、四十三歳だよ?」

「へ?」

 俺は耳を疑った。

 こんな少女が四十三歳とか。

 どんな合法ロリ。

 いやロリBBAだよ。

 口が裂けても言えないけどな。


 ▼


「仕方ない。俺とティナでは知ってることが違うらしいな」

「そうだね」

 知識のすり合わせというか、ディスカッションのようなことを始めたんだ。

 俺が知ってることをまず言う。

 次にティナが突っ込めるところを突っ込んでいく。

 そんな感じに。

 例えば、俺が知るエルフというのは物語の中に出てきて、耳が長く、森に住み、精霊の力を借りて魔法を使役するみたいな。

 いわゆる、ラノベや漫画、アニメや映画など。

 ドワーフだって俺が思ってることと、違うかもしれない。

 と思ったんだが、俺が知ってる知識は大方当たってるようだった。

 俺はノートPCを起動して、ネットに繋いだ。

「何これ? 面白いっ」

「こらこら、画面は触るなよ。これをこうしてな。うん、これがエルフ。これがドワーフだな」

「うんうん、この厭味ったらしいエルフそっくりだね。『私たちはう〇こしません』みたいな潔癖っぷりが滲み出てるよね」

「こら、女の子がそんなことを言うんじゃありません」

「あははは。武士はあたいを女の子扱いしてくれるんだね?」

「そりゃそうだよ。こんなに可愛いんだから」

「……あたい、可愛いんだ……」

「しまった……」

 お互いに顔を赤くしてしまう。

 やべ、墓穴掘ったわ……。

 この状況、どこの中学生カップルだよ。

 状況打開するしかあんめ。

「ほら、これがこの国、日本っていうんだ」

 俺はGo〇gleEar〇hを立ち上げて、地球儀の上の日本をカーソルで指した。

 すると。

「あ、あたいも習った。これね、ここ」

「ん? 北極か?」

「ここに穴があってね、あたいたちの世界に繋がってるんだ」

 ちょっと待て。

 それってフィクションの『地球空洞説』じゃないか。

 ティナが言うには、この地球は内殻世界と外殻世界というのがあり。

 それぞれ違う世界として子供たちには教えられている。

 こっちとあっちで、不可侵条約が結ばれていて、それを知っているのは各王族や政府機関だけなんだそうだ。

「おい、もしそれが本当なら、俺なんかに喋っちゃって大丈夫なのか?」

「ん? だって、あたいの旦那様になるんでしょ?」

「あのなぁ……」

 俺はティナに現状を詳しく言って聞かせる。

 この国にティナの国籍はないし、ティナの国には俺の国籍がないはずだと。

「こくせき?」

「ないのか?」

「知らない」

「むー、こりゃ何て説明したらいいんだ……」

 俺はとりあえず、諦めた。

 男は諦めが肝心だからだ。

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