第二話 見ちゃったものは信じるしかあんめぇ?
そして現在に至るんだが、まずは状況を整理しよう。
ここ数年は童貞だった。
だが、俺はずぶの童貞じゃない。
自分が致してしまったかくらいは認識できる。
こっちに来てからは特定の女性と交際していないし。
この部屋には避妊具すらないぞ。
もし致してしまっていたら、大変なことだ。
目の前にいる彼女に悟られないように。
確認しなきゃならないな。
そうだ、トイレだ。
「悪い。ちょっと漏れそうなんだ」
「それはいけないな。さぁ、済ませてくるといい」
彼女は俺の上からどいてくれた。
「助かる」
俺はトイレに逃げ込んで鍵を閉めた。
まず、パンツはいてる。
上から覗き込む。
うん、やってないな。
これは流石にわかる。
俺は魔法使いでも賢者でもないんだからな。
多分、あくまでも状況証拠でしかないけど。
いや、彼女が事後に綺麗にしてくれたとか。
ないないない。
てか、最近、朝元気なくなってたのに。
年だからって諦め半分だったけど。
これはどういうこっちゃ?
ギンギンじゃあーりませんか。
とりあえず、落ち着いて用をたした。
もちろん、元の大きさになった。
うん、朝立ちだな。
実に久しいぞ、息子よ。
さてと。
これからどうしよう?
このまま籠城していても、事態は変わらない。
俺はとにかく諦めてトイレから出た。
リビング(といっても古いから板の間の台所にカーペットを敷いてあるだけ)に戻ると、彼女はこっちを向いてまるで犬が尻尾を振っているかのように嬉しそうに俺を見ていた。
彼女は滑らかな革製のビスチェに同じ素材のショートパンツ。
なんつー引き締まった身体をしているんだろう。
うっすらと腹筋が割れてるじゃないか。
靴はこれも革製なのか?
編み上げのサンダルのような……。
「ちょっと待て!」
「どうした?」
「ここは土足厳禁。靴脱いでくれよ」
「あぁ、すまない。慣れてないものだからな……」
彼女はその場でいそいそとサンダルを脱ぎ始めていた。
「てか普通、寝るときくらいは靴脱がないのか?」
「いや、ベッドがなかったから……」
「そういうものか。それはすまなんだ」
俺はベッドというものがあまり好きじゃない。
日本人は畳に布団じゃないとなっ!
ということは、欧米のような靴を部屋まで穿いてる。
ベッドの上だけ靴を脱ぐ習慣があるってことだよな。
彼女の靴を玄関に置き、軽く掃除をしてから(もちろん箒でな)冷蔵庫に向かった。
よかったよ、昨夜が雨じゃなくて。
冷蔵庫を開けてスポーツドリンクの二リッターペットボトルを出す。
俺はコップに氷を入れてスポーツドリンクを満たし、一気に飲み干した。
うん、酒飲んだ次の朝はこれが一番だな。
といっても毎日飲んでるから、毎日なんだけどな。
すると、彼女は俺の方をじーっと見ていた。
「ん? 飲む?」
こくこくと頷く彼女。
俺は新しいコップに氷を入れてそれを満たして彼女に渡した。
彼女は俺が飲んだように、一気に喉を鳴らして飲み干した。
「ぷぁっ。うそっ、冷たい。氷? その箱、魔道具なのか?」
魔道具ときたもんだ。
なんだその、ラノベみたいな言い回しは。
「あのなぁ。これは冷蔵庫。電気で、……って。お前さんのとこは電気ないのか?」
「ん。氷室ならある」
「どんな田舎だよ……」
俺はペットボトルを持ったまま、座卓替わりの布団のない家具調こたつの前に座った。
「ほれ? おかわりいるだろう?」
「ん」
両手でコップを差し出してくる。
か、可愛いじゃねぇか。
並々についでやると、彼女は美味しそうに喉を鳴らして飲み始めた。
さて。
俺は彼女に向って正座をする。
すると彼女も俺の真似をして正座をするのだが、慣れてないのかちょっと辛そうにも見えた。
それでも俺のことを真っすぐ見つめてくれる。
俺はひとつため息をついて。
「あのな、質問なんだが」
「何?」
こてんと首を傾げる。
彼女のくるくる巻き毛、ツインテールもどきの房が揺れた。
それ卑怯だぞ。
狙ってやってるとしか思えないって。
「俺、やってないよな? パンツ穿いてるし。さっきトイレで確認したし、な」
「やってないって?」
それ以上俺に言わせるってか?
仕方ねぇ。
「その、なんだ。男と女がな、その。裸でだな」
「あぁ、子づくりか。やってないぞ」
「そんなストレートに」
「あたい、これでもまだ生娘だぞ?」
美少女に笑顔で『生娘』なんて言われたら、おじさん困っちゃうじゃねぇか……。
「だったらさ、『初めてだった』って『責任取れ』ってどういうことだ?」
すると彼女は頬を赤く染め始める。
ちょっと崩れた正座をしている小麦色の太ももに両手を差し込んで、俯いてもじもじし始めた。
この子狙ってやってるんじゃなのかもしれない。
これが素だとしたら、どれだけ純粋なんだよ。
いや、めっちゃ可愛いんだけどさ。
彼女はぼそっと呟くように。
「……あ、あのな」
「お、おう」
俺まで緊張してきちゃったじゃねぇか……。
「あたいの家ではな」
「おう」
「口づけしたらな」
あぁ、さっきのことね。
「その人と結婚しなきゃならないんだ」
ちょっ。
なんだその設定。
「は? どんだけお嬢様なんだよ?」
彼女は反射的に俺の腹を殴った。
ちょっと待て。
正座した状態でだぞ?
ズドンという強い衝撃と共に、俺の身体が後方に一回転するほど吹っ飛んだ。
あれ?
衝撃の割にはそれほど痛くない。
俺は不思議に思いながら体を起こして彼女の前に戻った。
「おいおい、何するんだよ?」
「お」
「お?」
「お嬢様で悪いかっ! それにちょっと違うし」
お嬢様であることを肯定しつつ、ちょっと違うとおっしゃる。
それってどこのご令嬢だよ。
「あぁ、からかうつもりはなかったんだ。すまんな」
「仕方ないだろう? 言葉を紡げなかったんだ。こうするしかなかったんだよ」
「えっ? どういうこっちゃ?」
「魔法だよ、魔法」
魔法……、だと?
「あのなぁ。そんな漫画やラノベみたいなものあるわけないじゃないか。冗談にしちゃ、性質がわる──」
「嘘なんて言ってない」
彼女は至って真剣な表情をしている。
そういえば、俺、彼女と会話ができてるよな?
「証拠を見せてやる」
そう言うと彼女は右手の手のひらを上にし目を瞑る。
ぶつぶつと何やら呟いて、唇が止まる。
彼女のは瞼を上げ、金色の瞳が見えた瞬間。
彼女の手のひらには小さな炎の球体が浮かび上がっていた。
「ほほぉ。よくできた手品だな……」
俺はその炎に手を伸ばす。
マジックなどで灯した火は、熱くないと知っていたから。
すると。
『ジッ』っという音と共に激痛が指先に走った。
「あぢっ!」
そのとき、俺の右手の指先が。
まるで煮えたぎった油に突っ込んでしまったときのように、水膨れが破裂した状態になっていた。
そう、俺は指先に大火傷を負っていたんだ。
彼女は慌てた。
「──馬鹿っ! な、何やってんだよ」
彼女は膝立ちになると、俺の手を両手で握った。
焼けただれた指に口づけをすると、さっきのように何かを呟いている。
あれ?
なんだこれ?
徐々にだけど。
痛みがひいていく。
それどころか。
まるでビデオの逆転再生のように。
ケロイド状になっていた、指先の傷が復元されていくんだ。
やべぇ。
これ、本当に魔法なのかよ?
俺は自分の目を疑った。
「ラピュ〇は本当にあったんだ……」
「何だそれ?」
「いや、驚いたときのお約束。……忘れてくれ」
ネタが滑ったなんて、言ってほしくない。
ただ、本当に驚いた。
だから誤魔化したくなったんだよな。
「こ、これで信じるか?」
「あぁ。この目で見ちまったんだ。信じるほかにないだろよ」
「よかった……」
俺の手を握った彼女は、目元に少し涙を浮かべていた。
俺は左手の親指の先でそれを拭ってやる。
あとから考えたら気障な仕草かもしれんが、俺はそのときそうしたかったんだろうな。
「あのな。あたいは、お前と言葉を交わしたかった。昨日の酒と肉は本当に美味しかった。そのお礼、まだ言えてなかったし……」
「あぁ。キャバのお姉ちゃんに奢ることを考えたら、安いもんだったよ」
「きゃば?」
「いやこっちの話。忘れてくれ」
通じるわけないよな。
しかし、どこから来たんだこの子は。
電気がないとか、南の小国とかか?
俺は生きていくのに精いっぱいだったから、そう言うのは疎いんだよな。
「そういやお前さん。名前は何て言うんだ? いつまでもお前さんって呼ぶのは嫌だろう?」
「あたいか? あたいは、ティナグレイブアリエッタ・フレイア・メルムランスって──」
「なげぇよっ!」
思わず突っ込んじまった。
彼女はきょとんとした顔で、首を傾げている。
いや、可愛いって。
もういいから。
「ティナでいいよ。お前は?」
「俺か? 俺は本郷武士。あだ名は『一号』だ」
「短い名前なんだな。ほんごうたけし、でいいのか?」
『一号』はスルーかよ。
いや、滑るよりはマシだけどな……。
「いや、名前は武士。本郷は姓だよ」
「な」
「な?」
「なんとっ! お前、じゃない。貴方は貴族だったのですね?」
ティナは無理に丁寧な言葉遣いになってしまった。
こいつ、何を勘違いしてるんだ?
……そういや、ラノベとかの設定に苗字があるのは貴族とか、そんなのがあったっけ?
おかしいって。
そんな漫画みたいな。
いや、ちょっと待て。
さっきの炎は本物だった。
それに俺の傷を治したあれも。
いや、俺もしかしたら夢見てんじゃねぇの?
俺は自分の太腿をつねってみた。
痛い。
当たり前だよな。
さっきの怪我も痛かったんだ。
夢で痛みを感じるなんてありえない。
「あのな。俺は貴族でも何でもないぞ?」
「いえいえ。普通、家名を持っている人は貴族か大商家くらいしか」
なんだ、その設定は。
だが、ティナの表情は俺を担いでいるようなものではない。
真剣そのものだ。
「俺はな、若いときに両親が死んじまってな、親父とお袋が生きてたときもそんな大層な生活はしてなかったぞ。生粋の庶民だと思う」
「そうなんだ?」
「あぁ」
「損した」
「は?」
「丁寧な言葉って疲れるんだぞ」
「そんなことを言われてもなぁ……」
今ティナは俺の膝の上にもたれている。
「ところでティナ、お前何してるんだ?」
「足……、しびれた」
「無理しなくてもいいのに」
ティナの足は、慣れない正座で痺れたようだった。
「たけし、でいいのか?」
「武士、な。真ん中がちょっと下がる」
「……武士」
「そうそう」
こうして自己紹介がやっと終わったんだ。
それよりもティナは足の痺れがかなりきついらしく。
うんうんと唸っていた。
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